おい、それたぶん幽霊じゃないぞ
同志Aの思念体は消え去った。
結局、一切の攻撃をしてこなかったな。
フォムスと戦った直後だし、僕たちを始末するなら絶好のチャンスだったのに。
それでも同志Aはなにもせず、むしろ《ヒント》を授けて消えた。
「同志A……なんで……」
奴の消えた空間を、レイはいつまでも眺めていた。
彼女にとっては命の恩人のごとき存在なんだろう。
「レイ……その、大丈夫か」
「うん。ちょっとモヤモヤするけど……考えてもわからないし。いまは目の前のことに集中しなくちゃね」
「そっか。……ほんと、大きくなったな」
「えへへ。ありがと」
レイは甘えたような笑顔を浮かべる。
そして僕の手を自身の頬に当てるや、「よし、充電完了!」と表情を切り替えた。
「それでアリオス。これからどうしよっか。同志Aはレイファー兄様の私室を目指せって言ってたけど……」
「うーん。それなんだよな……」
同志Aの言葉を全面的に信頼するわけにはいくまい。
あいつはあくまでアルセウス救済党の構成員。
つまり敵だ。
「まずは王室に行くのはどうかな。陛下の御身も心配だし」
「――いえ。それには及びません」
ふいに聞こえてきた声に、僕は目を見開く。
この声。まさか……
「アリオス・マクバ殿。勇姿は見させていただきました。素晴らしい活躍でしたね」
現代国王――ユーフェス・シア・アルセウス。
ここアルセウス王国における絶対の権力者が、僕たちに歩み寄ってきていた。
「へ、陛下……!?」
「お父様……!?」
慌てて僕たちは跪くが、
「いえいえ、構いませんよ」
と制された。
ユーフェス・シア・アルセウス。
柔和そうな顔立ちの、気品漂う男性だった。もう歳を重ねていることもあり、腰は若干折り曲がっていたが、それでも圧倒的なる知性の高さを感じさせた。
「い、いけません! お父様、お身体に触ります!」
エアリアル第一王女が慌てて国王に走り寄る。
そんな彼女を、国王は優しく諭した。
「ふふ、いいのです。――夢に出てきたのですよ。我がご先祖様……オルガント初代国王様が」
え。
もしかしてオルガントの差し金ってことか。
「《この時間、この場所に護衛をつけず屋上庭園に来い》と言われましてね。取るに足らない夢かと思いましたが、もしかして本当に皆様にお会いできるとは。死期が近いと幽霊が見える……その話は本当だったわけですね」
「いえ……たぶんそういうわけではないと思います」
頬を掻きながら苦笑する僕。
「そのオルガント陛下は、きっと幽霊ではなく本物かと」
「本物? どういうことですか?」
「はい、それが……」
少々迷ったが、僕はこれまでの経緯を話すことにした。
元マクバ家の人間として、ユーフェスの義理堅い性格はよく知っている。隠し事をする必要はないと思ったからだ。
まあ、ダドリーには聞かれてしまうけど……また厄介なことしそうになったら今度こそぶっ飛ばせばいい。
そしてすべての話を終えたとき、ダドリー、エアリアル、ユーフェスのみなが一様に驚いた顔をしていた。
「マクバ流の創始者と知り合いって……。そりゃ俺が勝てるわけないじゃんか」
とため息をつくのはダドリー。
「ええ。話のスケールが大きすぎてついていけません」
と呆れかえるのがエアリアル。
「私こそ、アリオス殿に跪く必要がある気がしてきました……」
と爆弾発言をするのがユーフェス。
「いやいや、皆様。そんなに恐縮しないでください。僕なんてただの身よりのない男でしかないですから」
「いえ。あなたは素晴らしい剣士様ですよ。アリオス殿」
ユーフェスはそう言いながらにこりと笑うと、数秒後には一転して表情を改めた。
「……レイファーの暗躍には私も薄々気づいていました。しかしもう、止めることはできません。彼の手腕は、親である私以上です」
「陛下……」
でも、たしかにそうかもしれない。
アルセウス救済党が王城を本拠地とし、そして第19師団がレイファーに取り込まれている時点で、なんとなく察していたことだ。
レイファーは、王族のなかでも相当に大きな力を持っている。
現代国王たるユーフェスでさえ、簡単には諫められないほどに。
「――であればこそ」
ユーフェスはレイに目を向けた。
「レイミラ・リィ・アルセウス。この事件を解決した暁には、あなたに国王の座を継いでいただこうと思っています」
「えっ……!?」
大きく目を見開くレイ。
「で、ででで、でも、エアリアル姉様や、他の王族もいるのに……!」
「ううん。私じゃ駄目よ」
自嘲気味に笑うエアリアル。
「これでも、私なりにレイファーの異変を感じ取って阻止しようとしたけど……止められなかった。あまつさえ、フォムスに剣を向けられてしまう始末」
そして真っ直ぐにレイを見据える。
「でも、あなたは違う。私よりずっと頭が回るし……なにより、こうしていまも諦めずに行動し続けている」
「で、でも……」
「ふふ、あまり思い詰める必要はありませんよ」
そう言いながら、ユーフェスは再び苦笑を浮かべる。
「実は、オルガント陛下に一番強く言われたのがこの件なんです。レイミラを次期国王にしてほしい、でなければ針千本飲ますと」
「は、針千本って……」
思わずため息をつく僕。
いかにも初代国王が言いそうな言葉だな。
ユーフェスはふっと苦笑をおさめ、続けて言った。
「……まあ、それはともかくとして、私もレイミラが一番次の国王にふさわしいと思っています。あなたの実母は正妃ではありませんが……それは取るに足らぬ問題」
そしてレイの頬に手を添えるや、慈しみ深い笑顔を浮かべた。
「なにより私は信じたいのです。大事なのはずば抜けた知略だけじゃない……正しき心も重要であると」
「お父様……」
「そして――アリオス殿」
国王の瞳が僕に据えられた。
「非常に身勝手なお願いであることは重々承知していますが……これからもレイミラをどうかお願いしたいと思います。マクバ家の伝統はレイファーによって消されてしまいましたが……」
「はい。もちろんです」
僕は改めて、国王ユーフェスに頭を下げた。
「それが昔からの夢でした。レイミラ王女殿下を守るために、僕も全力をかけます」
「ア、アリオス……もう」
頬を赤らめてうつむくレイ。
だが数秒後には、決意のこもった瞳で国王を見据えた。
「……わかりました。私に務まるかは不安ですが、この事件が解決した際には――アルセウスの未来を背負いたいと思います」
「ふふ……ありがとうございます」
ユーフェスが微笑みを浮かべた――その瞬間。
「む……!」
ある予感を感じ取った僕は、はっと背後を振り返る。
この気配。まさか……!
「アリオス。来たみてえだな」
ダドリーも同様の気配を感じ取ったらしく、険しい目で僕と同じ方向を睨んでいる。
「ど、どうかしましたか?」
不安そうに目を細めるユーフェスに向けて、僕は厳かに告げた。
「騒ぎを聞きつけて、第19師団がやってきたそうです。しかもかなりの数ですね」
ここにはレイのみならず、ユーフェスやエアリアルもいる。
王族を傷つけないためにも、ここは死守せねばなるまい……!
そうして剣を構えた僕とダドリーに、ユーフェスは冷静きわまる声で言った。
「お二人とも、剣を納めてください。――ここは、私が出ます」
「なっ……!?」
ぎょっと目を見開くダドリー。
「おいおいなに言ってんだ爺さん! 危険だから下がってな!」
国王に対してあまりにも不躾な態度だが、ユーフェスは気にするふうでもなく続ける。
「……レイファーも第19師団も、元はアルセウス王国を愛する自国民。私を攻撃する理由がどこにありましょう」
「私も出ます!」
エアリアル第一王女もユーフェスの隣に並ぶ。
「私とお父様で兵士たちを引き留めます! あなたたちは先へ行ってください! 私たちじゃどうすることもできなかったレイファーを、止めてあげてください!!」
「お、お父様……。お姉様も……!」
レイが潤んだ瞳で家族を見つめる。
「アリオス殿。これを」
ふと、ユーフェスが一本の鍵を渡してきた。
「レイファーの私室を開ける鍵です。彼の部屋は防御魔法が幾重にも貼られていますので、普通に入るのは困難です」
「ありがとうございます……!」
これはかなり助かった。
防御魔法を破るのは簡単だが、王城を壊したくはないし、なにより他の王族にも被害が及ぶ可能性があるからな。
「さあ、行ってください! この国の未来は――あなたたちに託します!!」
そう声を張り上げるユーフェスに、僕は敬意を込めて礼をした。
「必ずレイファーを止めてきます! あなたたちも……どうかご無事で!!」
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
さっき編集さんから原稿を返していただきましたが、真っ赤っぴです(ノシ 'ω')ノシ バンバン
こりゃやばい(ノシ 'ω')ノシ バンバン
今後とも面白い作品を届けたいと思いますので、ぜひブックマークや評価で応援していただければと思います。
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