おい、こんなことがあるのか
「ここは……」
銀色の二枚扉の先。
そこはなんとも不思議な空間だった。
ずっと一本道の通路が続いているのだが……心なしか、妙に暖かいのだ。
壁面のあちこちが銀色に輝き、どこか神々しさを漂わせている。無機質だった地下通路とは、なにもかもが違う。
――そして、肌に感じる慈しみ深い暖かさ。
「ア、アリオス様……なんでしょうか、ここ……」
僕の腕にすがりつきながら、エムがぽつりと呟く。
「初めての場所なのに、なぜか安心します……なんでだろう……」
「ああ……。なぜだろうな」
初代国王オルガント。
初代剣聖ファルアス。
女神ディエス。
この三者が、きたる時代に備えて作り上げてくれた秘密通路。いかなる仕掛けが施されているのか、さっきの戦闘による疲労が一気に回復した。
「激しい戦闘になるのを予想して……回復の仕組みまでつくってくれていたのか……」
なんという至れりつくせり。
改めて、神や先祖たちの突き抜けっぷりが窺える。
「アリオス。もう少しで出口みたいね」
やや先を行くレイが、目を細めながら告げた。王族としての責任を感じているのか、案内係を買ってくれているわけだ。
「了解」
僕はこくりと頷き、警戒レベルを引き上げる。
「……ちなみに、どこに出るかわかるか? 王城の大まかな構造なら、僕にもわかるけど……」
「……ちょっと待って。えっと……」
レイは目を凝らし、遠くを見据える。
そして数秒後、眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「……すごい。屋上庭園に繋がってるよ、これ……」
「え……」
屋上庭園って、マジか。
王城のほぼ最奥に位置する場所じゃないか。
そこからすこし進めば、皇室に辿り着くことができる。むろん、レイファー第一王子の私室も近い。
王城はかなり広いので、一階から侵入するとなるとかなり苦労するはずだが……これでだいぶ楽になるな。
さしものレイファーも、いきなり僕らがここを訪れるとは思いもしないだろう。警備は手薄なはずだ。
……だが一方で、それだけ重要な場所であるだけに、幹部が警戒を張っている可能性はある。どの道、油断はできない。
と。
「やめなさい! あなた、誰に刃を向けているかわかってるの!?」
「承知していますよ。しかしながら、これも我が使命。わかっていただきたい」
ふいに出口から、言い争いの声が聞こえてきた。
一方の声は聞き覚えがある。
以前ラスタール村にやってきた第19師団のトップ――フォムス・スダノール。
そしてもうひとりは、まさか。
自然とレイと目線が合う。
なにかの偶然か、彼女も僕と同じことを考えていたようだ。
「レイ。この声は……!?」
「間違いない……! お姉様だわ!!」
お姉様。
――すなわち、エアリアル・リア・アルセウス第一王女。
その優秀さから、次期国王の有力候補となっている。
「でも、なんで……!? どうしてフォムスが、お姉様を……!」
「……たぶん、レイファー殿下の陰謀だろう」
僕は自分でも意外なほど冷静なトーンで言った。
「この機会に、邪魔な次期国王を潰そうとしているんだ。ちょうど侵入者が王城を攻めてきているところだしね。後からいくらでも隠蔽できる」
「あ……!!」
……まったくどこまでも抜け目ない男である。呆れてしまうほどだ。
「アリオス、お願い……! お姉様を助けて……!」
すがるように腕を掴んでくるレイ。
「わかってるさ。――ちょっと、行ってくる」
僕はレイとエムに微笑みかけると、表情を切り替え、全力で疾駆する。二人を置いていってしまう形になるが、この際、仕方ないだろう。
ほどなくして秘密通路の出口が見えてきた。
想像通り、フォムスがエアリアルに剣を突きつけている構図だった。
エアリアルは腰が抜けてしまったようだな。一歩も動けない様子だ。
「ふふ。エアリアル王女殿下。レイファー殿下のためにも、あなたには死んでいただきますよ」
「やだ、死にたくないッ――!!」
「おおおおおおおっ!!」
僕は全力で疾駆し、両者の間に入り込む。
ガキン! と。
フォムスが振り下ろした剣を、僕はなんとか受け止めた。
「な……!」
ぎょっと目を見開くフォムス。
「き、貴様は……! どうしてここに……ッ!」
「決まっているだろう。王族に刃向かう逆賊を始末しにきた」
「ぎ、逆賊だと……!」
スキル《チートコード操作》発動。
――攻撃力アップ(小)。
「おおおおっ!」
「くぬっ……!」
僕は雄叫びをあげて剣を振り払うと、フォムスは呆気なく後退した。いままでの敵はほとんど吹き飛んでいったが、さすがは師団長を務めるだけあって、かろうじて踏みとどまったらしい。
「あ、ありえない……! 貴様はどこまで我々を翻弄すれば気が済むのだっ、アリオス・マクバァァァァァア!!」
目を剥いて叫びじゃくるフォムスを放っておいて、僕はエアリアル第一王女に手を差し伸べる。
「王女殿下。お怪我はありませんか」
「え、ええ……。ありがとうございます。えっと、あなたはまさか……」
「はい。お久しぶりですね。不肖アリオス・マクバ――全力で王女殿下を守らせていただきます」
「アリオス……ずいぶん頼もしくなられましたね……」
そう言って頬を赤らめる第一王女に頷くや、僕は改めてフォムスに向き直る。
――敵はフォムスだけじゃないようだな。
他にも数名、凄腕の兵士が集っている。
しかも全員、フォムスに匹敵するレベルの実力か。王族殺しはリスクが高いので、万一に備えて多めに人を配置しているのかもな。
だが、関係ない。
――全員、倒すまでだ。
「お姉様……!」
「レイミラ……。レイミラなの!?」
他方では、レイたち姉妹が久々の再会を遂げているところだった。
彼女たちを守るためにも、ここは負けていられない。
そうして気を引き締め直した、その瞬間だった。
「オラオラオラオラオラァァァア!! どけどけどけぃ!」
……僕も感動(?)の再会をすることになったようだ。
「ここで会ったが100年目ぇ! アリオス・マクバ! 今度こそてめぇをぶっ殺してやんぜ!」
「……ほんと、空気が読めないなおまえは……」
どこからやってきたのか、元剣聖候補のダドリー・クレイスまでもが姿を現した。
前回といい今回といい、良い場面で邪魔をしてくるよな。
しかも本当に腕を磨いてきたようだ。前回とは風格が段違いである。
「ハッハー! 構えろアリオス! 今度こそぶっ殺してやるぜ!」
「……いや、いまそれどころじゃないんだが……」
「おいおい。そんなに怖がるなよ。いくら俺様が強くなったってなぁ!」
いやいや、別に怖がってませんが。
と。
いままで憎々しげに場を見守っていたフォムスが、ふいに口元を歪めた。
「ふ、誰かと思えば《操り人形》のダドリー・クレイスではないか。ご機嫌よう。毎晩毎晩、寒い夜空の下で寝ているようだな?」
「…………あ?」
ダドリーの尖った視線がフォムスに向けられる。
「君のことはこちらでも調べさせてもらっててね。ダドリー・クレイス。心ない親に捨てられ孤児に。どうだ、リオン殿との家族ごっこは楽しかったかな? 家族の幸せを味わうのが、貴様の夢であったそうだな」
「…………」
「レイファー殿下も喜んでいたよ。家族愛に飢えた孤児は、思いがけずマクバ家の評判を落としてくれた。……なにもかもが、私たちの目論見通りに進んだわけだ」
……なるほど。
マクバ家に住み始めたダドリーは横暴の限りを尽くしていたようだが、あれは寂しさの裏返し。
家族に捨てられ、誰にも愛されなかった寂しさが、ああいう形で現れてしまった。
そしてそれはレイファーにとって好都合だったわけだ。
結果的にレイは僕と田舎で暮らすことになった。それによって、政敵がまたひとり減ったのだから……
「……アリオス。予定変更だ」
ダドリーは剣の切っ先を、今度はフォムスに向ける。
「先にこいつからぶっ殺す。許さねえ。こいつだけは……!」
ダドリーは泣いていた。
悔しかったのかもしれない。自分のコンプレックスを深く抉られたことが。
「ふふ、はははは! 愚か者どもめが! 私を殺すだと!? 誉れ高き第19師団を――たった二人の剣士ごときが倒せると思うなよ!!」
フォムスの合図と同時、他の兵士たちが戦闘の構えを取る。
「は……ははは……」
僕は思わず乾いた笑いを浮かべてしまった。
――まさか、こいつとともに戦う日が来ようとは。
まったく思いも寄らなかったぞ。
「ダドリー。気をつけろよ。あいつらは強敵だ」
「うっせえ! 俺は絶対勝つ! だからおまえも負けるなよ! 絶対だからな!!」
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
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