偽物の悪役令嬢
フロシア王国では王太子の誕生日パーティーが始まっていた。
主役であるフロシア王国第一王位継承者 ロナードはサロンの手前の部屋で自分の恋人マリアを待っていた。
マリアと共にパーティーが最高潮に達したときに会場に入るためだ。
「ああ、遂にアムネシアと婚約破棄が出来る。」
ロナードはクククと笑った。
ロナードにはアムネシアという婚約者がいる。公爵令嬢であり、幼なじみではあったが成長するにつれその派手派手しい服装や高飛車な言動が増し、うんざりしていた。
さらに、1年程前から学園で自分と親しくなったマリアを虐め、あろうことか強盗にマリアを襲わせようとしたのだ。
なんとかマリアを助け出せたが盗賊どもには逃げられた。
「覚えておくが良い。私の可愛いマリアにした非道な仕打ち、私が目にものを見せてくれる。」
ロナードが拳を握ったその時、扉がコンコンとノックされた。
「マリア!! 」
この時、頭がマリア一色であったロナードは普段必ずやっている警戒をすっかり忘れて扉を開けた。
「マリ……ア、アムネシア!?」
そこには金髪碧眼のアムネシアが立っていた。
「ご機嫌よう、ロナード様。」
アムネシアはロナードに大輪の薔薇の様な笑みを浮かべた。
ロナードは総毛立った。
「な、何故この部屋が。」
「何故ロナード様がこの部屋にいるのが分かったかと? ふふ、マリア様にお聞きしましたのよ。」
「貴様、さては無理矢理マリアに吐かせたな! マリアはどこだ!?」
アムネシアは人差し指をロナードの唇にあて、シーっとジェスチャーした。
「ロナード様、私と来ていただければ幸いです。もしそうしてくれなければ、マリア様の命は保証致しません。」
「わ、分かった。ただしマリアに何かあれば貴様とて無事ではすまんぞ。」
「ええ、ロナード様が来てくだされば問題ございません。さぁ、参りましょう。」
アムネシアは優雅に廊下を歩き出した。
パーティーが始まって暫く経つこの時間。パーティーの主役以外殆ど会場の外の廊下に人気はない。
時折通りかかる騎士やメイド達は王子とその婚約者が歩いているだけの普通の光景に疑問を抱くことは無い。
やがて二人は庭園にある人気の無い一角に着いた。
周りは背の高い薔薇のアーチで囲まれている。
「おい、アムネシア。マリアは何処だ? 」
アムネシアはロナードの後ろを指差した。
「あちらです。」
ロナードは背後を振り返ったが、薔薇のアーチが続いているだけでその先にも特に何もなかった。
「おい、誰もいな。」
チクリッ
ロナードの首に何かが突き刺さった。
「痛っ!? 」
前を見るとアムネシアが、なんと、この状況であくびをしていた。
あくびが終わると首にチクッと刺さっていたものをアムネシアは回ってひょいっと取った。
アムネシアの手に持ったものを見ると、それは小さな針だった。
「きさっま、まさか、嫉妬に狂って。」
ロナードはアムネシアに掴み掛かろうとしたが体が急に動かなくなっていく。
「ど、毒、か? 」
「せいかーい。いやいや、毒だって気づくよりも早く別の何かに気づくべきだったね。恋人ピンチでホイホイ付いてくるとか、あんた、本当にこの国の王太子? それにしても若いっていいねー。恋に夢中になれるお年頃ってやつ? あたいにはそんな年頃も暇もなかったよ。良い御身分だな。」
あまりにも急に砕けた口調になったアムネシアにロナードは驚きを隠せない。
「アム、ネシア?」
アムネシアは自らの頭を掴んで長い金の頭髪を取った。
その下から燃えるように赤い短髪が現れた。
「ああ、あたいはアムネシアじゃないよ。ていうか、3ヶ月も前からすり替わってるのに誰も気づかないって、あんたもアムネシアの周りもどうなってるの? 普通気づくだろ? まぁ、気づかなかったからあたい達にとって都合は良かったけど。ねぇー、みんなー。」
アムネシアもといアムネシアの偽物は自分の背後を振り返って言った。
すると、薔薇のアーチの出口の側からわらわらと人影が現れた。
「き、貴様らは、は!?」
その人影達の顔を見てロナードは目を丸くした。
数日前、マリアを誘拐しようとし、取り逃がした盗賊達だった。
「どう、言う、こと、、だ。」
ロナードの意識が薄れていく。
偽のアムネシアがニヤリと笑った。
「あんたを誘拐するためだよ。それが目的さ。じゃ、連れていくか。」
「へい、頭! 」
盗賊達は大きな袋に意識を失ったロナードを入れた。
冷たい水が顔に掛けられロナードは目覚めた。
「おはようさーーん。」
目覚めると手足は縄で拘束され、牢屋のような鉄格子の中に入れられていた。
目の前にはバケツを持ったあのアムネシアに変装していた赤毛の女がいた。
「貴様、この私にこのような事をしてタダですむと思っているのか!? 」
「そりゃそんくらいの覚悟が無きゃ、あたいもこんな綿密なことしないよ。」
赤毛の女はカラカラと笑った。
「何が目的で私をこんなとこに閉じ込めた!? 」
「解放してもらいたい人がいてね。」
「は? 」
「あたいの兄貴、前の頭領さ。」
「盗賊の頭領だと!? ふざけるな!! そんな悪人を解放させるなど、父上が許すと思うか?」
「なんにも知らないんだね。箱入り坊や。むしろあんたの後ろにいる姫さんはあたいの言った事で直ぐに事を理解した。あんたよりも余程利口な人だよ勿体ないねぇ。」
背後を振り返ると牢屋の端に三角座りをしたシンプルで清潔なワンピースを着た美少女がいた。
「君は?」
赤毛の女が言った。
「あんたさあ、ちょっとその言い方は無いんじゃない? 元婚約者の顔も覚えてないとか、ほんっと最低。」
「なん、だと? まさか!」
金髪碧眼の美少女はスッと立ち上がり美しいカーテシーをした。
「お久しゅうございます。ロナード様。アムネシアでございます。」
サラリッとアムネシアのストレートヘアーが流れた。
「アムネシア? 本当にアムネシアなのか? 私の知っているアムネシアはもっと派手で巻き巻きな。」
「嘗てはそういった格好をしておりました。正確には義理の母にそうするように言われて行っておりました。」
「義理の母? アムネシア、君の母上は義理だったのか? 」
アムネシアの本当の美しさにボーッと鼻を伸ばしていたロナードは背後からの赤毛の女のおい!っと言った声にギクリとした。
「聞くところはそこじゃ無いだろ鈍感! 何でその義理の母がアムネシアにそんな格好をさせたのかってとこをさっさと聞けや! アムネシアの義理の母はな、アムネシアをあんたの婚約者から引きずり下ろして、代わりにマリアを添えるつもりだったんだよ!」
「マリアって、何でマリアがそこで出てくるんだ! マリアは男爵家出身だぞ? 」
「あんた、もっと自分で調べようよ。マリアはアムネシアの義理の母の隠し子なんだよ。だからマリアは男爵家に養子に出されたんだ。因みにこの情報社交界じゃ、わりと簡単に手に入ったぞ。」
「だ、だとしてもだ。マリアは何も悪くない! 」
「普通、婚約者のいる奴に色目使う奴って悪いと思うけどねー。てか、身分の低い方って高い方に声かけちゃ駄目なんでしょ? だからあんたの周りには今までマリアみたいな奴がいなかった。」
「だから、だからって、マリアは純真無垢なんだ! 身分とかそんな下らない事に囚われれたりしない! 私の孤独を誰よりも分かってくれた。」
「でもマリアって子、学園の他の生徒、例えば宰相の息子のハーバーや騎士団長の息子のキース、公爵家の息子のヘンリー、司祭長の息子のデュースとかとも仲良しだよね。とても純真無垢とは思えないなぁ。打算たっぷり含んでるでしょ。」
「そいつらは単なる友達だ。」
「でもキスとかしてたよ?」
「嘘をつくな!! 」
振り絞るようにロナードは叫んだ。その顔は怒りで燃えていた。
対してアムネシアは湖畔の様な静かな瞳でその光景を見ていた。
赤毛の女は牢屋の側の机に置いていた手帳を取り、開いて読み上げた。
「いやいや、本当だよ。宰相の息子とは学園の図書館で、騎士団長の息子とは学園の噴水の側で、公爵家の息子とは学園の一番高い木の根本で、司祭長の息子とは放課後の教室で、あ、因みに言い忘れていたけど、学園の保健室の先生でイケメンのトワイライト先生っているじゃん? そいつとは保健室のベッドで、えーっとキスだけじゃなくて服を脱ぎ合」
「止めろおおおおおおおお! 分かった、分かったからもう止めてくれ。」
読み上げていた赤毛の女の顔が牢屋に向く頃にはロナードの顔は涙で濡れ、悲壮感漂っていた。
「ああ、ごめんごめん。畳み掛け過ぎたね。」
パタンッと手帳を閉じる。
暫く咽び泣いていたロナードに、アムネシアはため息を吐いて懐からハンカチを取り出し、ロナードに渡した。
「ロナード様、どうぞお使いください。」
「あ、ありがとう。アムネシア。」
「ロナード様、ここを出たら、二人で婚約破棄しましょう。」
まるでここを出たら二人で結婚しようという感じに言われたロナードは頷き、首を傾けた。
「そうだな、ここを出たら、今なんと? 」
「婚約破棄しましょう。」
「アムネシア! 確かに私が悪かった。マリアに騙されて君を蔑ろにしてしまった。でもこれからはちゃんと。」
「この3ヶ月に私は賭けていましたの。ロナード様が偽物の私だと気付いて下されば、マリア様のことは水に流そうと。でも、あなた様は気づかなかった。調べも、疑うこと一つ……しなかった。」
ツーーッとアムネシアの瞳から涙が一滴落ちた。
「アムネシア、その、私が、ああ、どうしたら。」
オロオロするロナードを見て赤毛の女はため息を付いた。
その時牢屋の側の階段からドタドタと足音が下りてきた。
「頭ーー! 遂にやりましたぜー!」
階段を下りてきたのは盗賊の一人の大柄な男だった。
「フィリクス兄さんが解放されたの? 」
「そうですよ! 遂に解放されやした! 今フィリクス様がこの隠れ家まで到着しやした! 」
「よっしゃあああああ!!! あ、じゃあこの二人も解放だね。さぁ、二人とも王宮まで運ぶよ! 皆、手伝って!」
牢屋の鍵が開けられわらわらと人が入ってくる。
ロナードの縄は解かれた。
アムネシアは赤毛の女に素直に従って歩く。ロナードも背後の盗賊達に見守られながら続いた。
途中目隠しをされ、馬車に乗らされ揺られること一時間以上。
急に馬車が止まり、一緒に乗っていた盗賊達が降りるのが分かる。
残されたロナードが目隠しされたまま待っていると
「ロナード王子ーー!!!! 」
という叫び声と共に馬車の扉の方からバキッと音がして、目隠しが取られた。
目の前には王宮の騎士団長がいた。向かいに座ったアムネシアも見えた。
馬車の扉は無くなり、無惨な穴になっていた。
~6年後~
一連の誘拐事件は国民の不安を煽るとして極秘にされた。
赤毛の女はターニャという名前で兄のフィリクスは行商人であったと判明した。
盗賊だと思っていた集団は行商人の一行で、今回の事とマリア誘拐事件以外は特に犯罪などやっていなかったそうだ。
フィリクスは男女問わずモテる美貌の青年だった。
国王に謁見した際、そのあまりの美貌に国王が囲おうとしたのがなんと、事の発端らしいとアムネシアから聞いた。
アムネシアは私でも知らなかった父上の、邪な趣味を普段から見抜いていたそうだ。
結局私、ロナードはアムネシアに土下座して婚約を頼み込んだ。
アムネシアは最後、「仕方がないですね。」と言って婚約してくれた。
アムネシアの言うことにはこれから先絶対に逆らわないと誓約書を書き、私達は結婚した。
今は穏やかに、早々に引退を決意した父上に代わって、私がアムネシアと共にフロシア王国を治めている。
「あなた、お茶になさいませんか?」
アムネシア王妃の言葉にロナード国王は執務室の机から立ち上がった。
「父上ー! 今日のクッキー僕が作ったんだよ。」
扉から走りよってきた息子のアンドリュー王子が元気一杯にロナードの袖にすがり付く。
「分かった。今行く。」
扉を出て廊下を歩き、息子の手を繋いでバルコニーへと向かう。
アムネシアも向かおうとした時、アムネシアの後ろでティーセットを運んでいた赤毛のメイドが小さく呟いた。
「計画通りですね、アムネシア様。」
アムネシアは振り返った。
「また何かあれば仰ってください。我が商会はどんなご依頼も受け付けます。」
アムネシアは幸せそうに、ふふっといたずらっ子の様な笑みを浮かべ、家族の待つバルコニーへ向かった。