逆さ虹の森語り。
ここは静かな森。いいえ、静かだった森。
それはある日に、逆さに虹が掛かってしまったから。
そう、私が逆さに掛かったことで、
静かではなくなったみたい。
虹だというだけでも、注目の的なのに。
私だって、好きで逆さに掛かったんじゃない。
こんな姿だもの。
私を見て渡って指差して、
随分賑やかになったみたい。
これまで、聞きたくない事も沢山言われたわ。
それはそれは、沢山と。
でも、虹は虹なのね。
嬉しい事も沢山言われるの。
それはそれは嬉しいの。
私は自分が逆さに掛かった理由を知っているわ。
どうして逆さに掛かったかって、
それは大した理由じゃないの。
この森にはね、ドングリを投げ込むと、
願い事が叶う池があるの。
あの小さなクマの願い事で叶えられたのよ。
でももうあの子は居ないから、
理由を知っているのは私だけ。
もう随分と前に、あの子は居なくなったから。
あの子が向こうへ渡れて良かった。
ただそれだけの理由だけれども、
あの後ろ姿は今でも覚えているわ。
さらりと言い過ぎかも知れないけれど、
今は誰もそんな私の理由を知らない。
だから私には沢山の噂がある。
あんな事や、そんな事。
怖いものから、面白いものまでね。
根も葉もない物語ばかり。
仕方ないわね、
私はこの森の物では無いんだから。
でもね。
こんな虹でも、今では森の一部になれているの。
「逆さ虹の森」
ここはそう呼ばれるようになった。
私は、とても嬉しかった。
聞きたくない声も、掻き消された程に。
漸く認めてもらえたような気がしたの。
今では多くの動物が、
私を渡ってドングリ池へやって来る。
隣に掛かるのはオンボロ橋だもの。
大きな動物は渡れないから。
皆の願い事は様々ね。
聞きたくなくても聞こえちゃうのよ。
笑いを堪えるのも大変よ。
そういえばさっき、
私が逆さに掛かった理由を知りたいって
願い事をしていたキツネが居たわね。
ドングリなんて、滅多には見つからないのに。
食いしん坊のヘビが沢山食べちゃうし、
いたずら好きのリスが隠しちゃうから。
あらさっきのキツネは、
アライグマに頼まれたクマの代わりに来たのね。
あのアライグマはいつも怒りん坊、
怖がりなクマに代わってあげたのね。
お人好しなキツネさん。
何だか騒々しくなってきた。
私が逆さに掛かった理由を知って、
アライグマがクマに怒ってる。
ドングリ池の願い事で、
私を空へ掛け直して来いだって。
優しいけれども、
そんなに怒らなくてもいいじゃない。
そのクマさんは、
あの時のクマさんじゃないのに。
あらあら丁度いい時に現れちゃったわねリス。
そのドングリ取られちゃうんじゃないかしら。
ほら、やっぱり。
残念だけれどどんなに喚こうが、
返してもらえないと思うわよ。
だってそれが無いと、
物語が進まないもの。
だから諦めなさいって、
意外と静かになるのが早いわね。
みんなで池へ向かうみたいだけれど、
リスがずっと皆の様子を伺ってるわ。
なるほど、そういことなのね。
落ち着きが無さすぎるわよバレるわよ。
あら、お馴染みのイタズラね。
ああ、ドングリが。
あ、逃げた。
とっても小さく崖下の川に落ちた音が聞こえたわね。
どうしてバレなかったのかしら。
私が逆さに掛かっている事よりも不思議だわ。
後ろからリスに驚かされたキツネさんが、
崖からドングリを落としちゃった。
予想通り過ぎて、
私の方がビックリしたんじゃないかしら。
まあそれは怒るわね、アライグマ。
でも取られたものね、ドングリを。
気持ちは分かるわよリスくんの。
そこは広場ね、あらヘビね。
食いしん坊の登場ね。
それにずっと歌ってるコマドリも。
近くでドングリを見てないかって、
アライグマがみんなに聞いているけれど、
その根っこ広場では気を付けて。
嘘をつくと、後ろの根っこに捕まっちゃう。
ああ、ああ見事に捕まったわねヘビとリス。
その膨れたお腹は、
隠せないんじゃないかしらヘビさん。
あなたは知っていたでしょうコマドリちゃん。
厄介事に、関わりたくないのも分かるけれど。
ドングリを隠した場所を話しても、
離して貰えなかったわねリスくん。
残念ね。
最後の一つだったのね。
それは隠しちゃうわよね。
泣きだしちゃうよねそうだよね。
ええ、そんなリスを置いて行くの?
サラっとみんな動き出したけれど、
それで良いのあなたたち。
歌ってる場合じゃないわよコマドリちゃん。
眠ろうとするなんて環境を受け入れ過ぎよ。
さすがヘビね、柔軟ね。
怖がりなクマさんは、
やっぱり二匹が気になるわよね。
ああでもやっぱり行っちゃうわよね。
そうよねアライグマが怒っているもの怖いもの。
あっ、という間に辿り着いたのねドングリと。
キツネとクマにアライグマ。
やっぱりお人好しねキツネさん。
根っこ広場で捕まった二匹を助けたいなんて。
でもそれは、
ドングリでお願いしないと
叶わないんじゃないかしら。
あらそれは理解しているのね偉いわね。
当然怒るわよねアライグマ。
私はそのドングリで叶えられる願い事で、
どうしてあなたがそんなにも私を掛け直したいのかを知りたいわ。
それにどうでもいいけれども、
怒っているからアライグマなのかしら。
そして怖がってどうしていいか分からずに、
怯えているからあなたがクマなのね。
もうそんな感じで良いんじゃないかしら。
ああ、ダメよ逃げないとキツネさん。
圧倒的に力不足よアライグマもクマだから。
あなたじゃ到底適わない。
それこそドングリでお願いしなきゃ。
まあでもこんな時、
普段は怖がりなクマさんが、
キツネを守りに入るのが名場面。
さあ今よ、今こそよ。
クマさんの頑張るところなの。
あれ、あれれ、怖がったままなのクマさん。
あなたいつも怖がってばかりで、
キツネさんが助けてくれてるでしょ。
恩返しのチャンスなのよクマさん。
そして意外と逃げ回るわねキツネさん。
アライグマも疲れてきてる。
ヘビはともかく、
抜け出そうとし過ぎたリスは
殆ど根っこになっちゃってる。
息出来てるのかしら。
ほらクマさん、今出て行ってくれないと、
よく分からない物語になっちゃうよとか
思い始めた途端のヒーロー見参ね。
いいの、いいのよ少し焦っただけなのよ。
いざとなれば、
私がなんとか出来ちゃう事にすればいいんだし。
あら、いつの間にのされちゃったのアライグマ。
クマさんめっちゃ強いのね。
ああ、もうドングリも投げ入れちゃったのね見逃した。
願い事も声が揃ってなくてよく聞き取れなかったけれども、あの二匹は離して貰えたみたいね。
それに今こそ歌ってあげた方が良いと思うのコマドリちゃん。
はあ、なんだか良い場面ばかりを省かれた気もするし、あなた達帰って行くのも早いわね。
こういう最後の場面って、
みんなで歌を歌って仲直りする、
みたいな演出になるんじゃないかしら。
あなた達まるで初詣からの帰りみたいよ。
それに見掛け倒しねオンボロ橋も。
全然落ちる気配が無いじゃない。
クマさんですら渡れるんじゃないかしら。
私本当にここで掛かってて良いのかな。
まあでも去り際の、
逆さに掛かった虹も良いってアライグマ。
怒りん坊がそれを言うのは、
常習の反則だけれど良いものね。
まだもう少し、
逆さに掛かったままで居ましょうか。
願い事が無くたって、
ドングリが見つからなくたって、
また私を渡ってくれるのかしら。
この先誰かが掛け直そうとしたその時に、
このままで居たいと思う事もあるのでしょう。
でもそれはその時にならないと分からない。
今は、もう少しこのままで。
まだもうしばらく、この逆さ虹の森のまま。
また誰かの願い事が叶う、その時にまで。