第七話 レジスタンス⑦
北部にある城塞。
名前もないその城塞にたどり着いた頃には、もう夕方だった。
「これじゃ、帰るのが夜になりますね……。だったら、一度帰って報告しておくべきだったでしょうか」
「別に。気にすることなんて無い」
「そりゃローズは気にしなくても良いかもしれませんけれど、僕は報告係という義務があるんですよ!」
「それより。来る」
何が――と言ったその刹那。
機械生命体が突如シロたちに襲いかかってきた。
「うわっ!」
シロはナイフを構えるも、間に合わない――。
しかし、その危機を救ったのは、既に刀を構えていたローズだった。
ローズは刀を振り下ろし、機械生命体を一刀両断した。
「はあはあ……た、助かりました、ローズ」
「少しは周囲を確認しておく事ね、シロ」
「あ、ああ。ありがとう。ローズ」
そうして、シロとローズは城塞の中へと入っていった。
◇◇◇
城塞の中は思ったよりも静かだった。誰か居るのでは無いかと思ったか、意外にも誰一人として存在しなかった(機械生命体を『一人』と位置づけるかどうかはまた別として)。
「意外ですね。もっと機械生命体がうようよしていると思っていました」
「そえは我々の気のせいなだけなのかもしれない。もしかしたらもっと多くの機械生命体がどこかに紛れ込んでいる可能性も」
「捨てきれないけれど、でも、現に見つからない。もしかしたら降伏をしたのかも?」
「だとしたら良いのだけれど」
シロとローズはどんどん奥へと進んでいく。
城塞の奥深くに何があるのか、今の彼らには一切分からなかった。
◇◇◇
城塞の何処か。
国王と一人の機械人形が会話をしていた。
国王、といっても国が実際に存在する訳ではない。城塞を含む一部の地域を勝手に国としているだけで、その他誰もが認めている訳ではないのだ。
「機械人形よ。どうしてお前はここに来ているのだ! 我々の部隊はどうなった!」
「斬って、捨てた」
赤い油の滴る刀を右手に構えた『彼女』は、国王に一歩、また一歩と近づく。
「やめてくれ! その刀で、私を斬らないでくれ! 何が、何が望みだ!? 国か! 金か! それとも……燃料か?」
「いいえ。そのどれでもないわ」
そして。
思い切り、機械生命体の胸の部分をその刀で貫いた。
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいぎぎいぎぎいぎぎぎいぎぎいぎぎいいぎいぎいぎぎい……!」
悲鳴を上げた後、機械生命体は完全に行動を停止した。
「……呆気ない。ほんとうに、機械生命体は呆気ない」
「何だ。この有様は……」
その言葉を聞いて、彼女は振り返る。
そこに居たのは、シロとローズだった。
国王から刀を引き抜き、鞘に仕舞う。
「お前は、いったい何者だ!」
気づいたシロが、彼女に問いかける。
一方、ローズはそれが何者であるか知っているようだった。
「ブラン…………。どうしてこんなところに…………」
彼女の白い髪が、月夜に照らされてほのかに光り輝く。
それを見てシロは――美しいと思ってしまった。
とても、とても美しいと思ってしまっていた。
だから、一瞬だけ行動が遅れてしまった。
「ブラン、って……。彼女のことを知っているの?」
「ローズ…………! これ以上、ここに居る理由は無い!」
そう言って。
ブランと呼ばれた彼女はそのまま窓を突き破り、どこかへ走り去っていった。
◇◇◇
「ねえ、ローズ」
帰り道。
探した結果、何も無いと判断された城塞を後にして。
シロとローズは、闇夜の道をただ歩いていたのだった。
「どうしたの。シロ」
「ブラン。彼女は伝説の機械人形。本来なら既に死んでいるはず。けれど彼女は生きていた。どうして……」
言葉を、歯切れの悪そうな感じに紡いでいくローズ。
それを聞いたシロはどこか堅苦しい感じで話を続けていく。
「ローズ。僕のデータベースにはブランと呼ばれる機械人形は存在しないよ。でも、どうして君は知っているの?」
「なぜなら。私は一度地球に降下したことがあるから」
「……それって……!」
「そして。私は生き残って帰ってきた。三百三十回目の地球降下作戦で」
三百三十回目。
つまり前回の地球降下作戦ということになる。
そこでローズはブランと出会った、ということになる。
さらに、ローズから情報を引き出しておきたい。シロはそう思った。
「ねえ、ローズ」
「着いたよ。レジスタンス基地」
レジスタンス基地に到着したことで、強引に話を打ち切られたシロ。
とにかく今回の状況を説明しなくてはなるまい。彼はそう考えると、深い溜息を吐くことしか出来ないのだった。
◇◇◇
「ブランと邂逅した、ですって……?」
ローズの言葉を聞いて、ノワールは驚愕する。
ローズは頷いて、さらに話を続ける。
「私は。一度彼女と出会っている。だから彼女もまた私のことを知っているはず。でもシロは知らない。だから彼女のことについて教えてあげて欲しい」
「……あなたから教えれば良いじゃない?」
「私から教えると。きっと感情が入ってしまう」
「…………面倒ね。新型の機械人形って」
あーあ、と深い溜息を吐いてノワールは窓から外を眺めた。
「あれは一年前、第三百三十回の地球降下作戦で起きた出来事よ」
そうして、彼女は語り出す。一年前に起きた、あの出来事を――。