(5)
翌日、綾から写真が送信されてきた。
見て驚いた。
以前に比べるとまるで別人だったからだ。
色白だった顔はメイクのせいもあるのか健康的に見えた。ストレートだった黒髪はスパイラルで毛先はベージュっぽくグラデーションが入っている。
要するに派手になっていたのだ。
造形は確かに綾なのだが、同じ人物とは思えない程に印象が変わってしまっていた。高校デビューとかするようなタイプだとも思えないのだが。
しかし俺が注目したのは別にあった。
一緒にエレキギターが写っていたのである。綾がギターを持って……というよりも肩からぶら下げて、両手を腰を当てて首を少し傾けて、という何だかアイドル的なポーズをしていた。
(こいつギターなんかやってたのか?)
しかもこのギターってミュージックマスターじゃないのか!?
コピーモデルの可能性もあるので拡大表示にしてギターヘッドの文字を確認してみる。
するとそこにはハッキリと英語で『Musicmaster』と書かれてあった。
速攻で電話するとコールを三回待たずに綾が出た。
俺は言った。
「まさか、ヴィンテージとはね」
「え? なにそれ?」
「おいおい、まさか知らずに買ったのかよ」
「あ、えーと、お父さんに買ってもらったんだよ」
「ははあ、なるほど。親父さんの趣味か」
「このギターがどうかしたの?」
不安そうな声で尋ねる綾。
「それって三十年以上も前に製造終了してるんだよ。つまり、現存するものは全てヴィンテージってこと」
「う、うそ!? 高いの?」
「ヴィンテージの中ではそれほどでも無いけど軽く二、三十万は……いや、金額の問題ではなく、初心者なのにヴィンテージってところが引っかかるというか……」
「何か間違った選択だったのかな?」
困った様子で綾が言う。
初心者のくせにヴィンテージなんか使いやがって、というのが本音なのだが「間違った選択か?」と尋ねられれば、そこは正直に答えるまでだ。
「いや、むしろド真ん中ストライク」
「どういう意味?」
「ショートスケールだから女の子でも弾きやすいし、余計なものが付いてないから基礎を鍛えるにはバッチリだ。すごくいい選択だと思うよ」
女子や子どもは手が小さいから、ショートスケールの方が弾き易いのである。
「そうなんだ、良かった」
受話器越しに安心したような声。
「でも、同じようなギターは他にもあるのに、敢えてヴィンテージってところが凄いよな。俺なんか普通のストラトだもん」
「えっと……ストラトって何かな?」
「お前、ストラトも知らずにギターやってんのかよ!」
正しくはストラトキャスター。類似品も含めて恐らく世界で最も売れているギターの型である。要するに「珍しくない普通の」という意味で通っている。常識だ。
「だって、ギターってどれも同じように見えるじゃない」
「もういい……。お前に説教しようとした俺が馬鹿だった」
脱力しながら俺は言った。
綾は自分が持っているギターの価値など知らないのだろう。きっと知ろうともしてないし、そんなことには興味も無いのだろう。演奏するのに楽器の値打ちなんて大した意味はないもんな。むしろ俺みたいにヴィンテージがどうだこうだと言っている方が演奏者としては不純かもしれない。
ちょっと反省。
「で? どうしてギターなんか持ってるんだ?」
「えっと、まあ、何となく」
「何となく?」
「いや、バンドとかやってみたいなぁーとか」
「お前、そんな趣味あったの?」
「登間利君もギター弾いてるでしょ」
確かに俺はギターを弾いていた。
でも、しかし……。
「どうしてそんなこと知ってるんだよ? 大っぴらに話したことは無かった筈だけど」
「え? ええ? いや、みんな知ってたよ」
「ウソだぁ」
俺はそんなに有名人じゃない。
「ほ、本当だよ。みんなってのは大げさだけど、それなりには知られてたよ」
なんだか慌ててるし、ホントかね?
「やだなぁー、こんなんで嘘付く意味ないってば。学園祭で演奏しないのかな、とかも言われてたんだから」
いやいや、それこそウソだろ。
俺の演奏を期待する奴なんか皆無だった筈だ。
「ま、いいや。別に隠してる訳じゃないし」
釈然としないものを感じながらも、俺はそれ以上は追求しなかった。
こんなことで言い合っても不毛だしな。
「で、どんな曲やってるの?」
彼女に聞いてみた。
「え? 曲?」
「ああ、まだそこまで弾けるわけじゃないんだな」
「うん、まあ。正直言うと全く弾けないんだ。飾ってるだけ」
「ギターが泣くよ。ヴィンテージなのに」
「ははは、難しくて無理ですぅ」
楽器に限った話ではないが何をやるにしても最初から出来るものではないし、ある程度の練習は必要だろう。スポーツでもゲームでも最初から上手い奴なんか居ないのだ。
「それはそうだけどさ」と綾。
「どうすればいいかも分からないんだもん。指の動かし方さえ分からないって感じ」
「教則本くらい買えよ」
半ば呆れる。ちなみに俺自身は楽器というものは常時手元にあっていじっていれば何となく弾けるようになるもんだと思っている。実際、俺はピアノやギター、ドラムにトランペットと、習ってはいないがハッタリがかませる程度には奏でることができる。
「登間利君が教えてくれたら嬉しいのにな」
無邪気に綾が言った。それを聞いて俺の動悸が少し高まったような気がした。
以前の綾はそんな風にオープンな物言いはしなかったのではないか? もっとも普段が病弱無口キャラだったから喋っている所を想像するのも難しいのではあるが。
それでも、以前に比べるとずいぶんと明るくなったのは間違いない。
何か心境的な変化でもあったのだろうか?
「教えてやってもいいけど……ってお前、どこに住んでるの?」
「……残念。九州なんだ」
「そりゃまた遠い所へ」
都内の私立に移ったとばかり思っていたので意外に思った。九州ということは、少なくとも進学対策での引っ越しでは無さそうだ。家庭の事情という理由は本当だったのかもしれないな。しかし、それにしても九州とは遠方だ。高校生の立場ではおいそれと出向いていける所ではない。
少し寂しいと思った。いや、別に会いに行こうとかそういうんじゃないけどさ。
「本当に残念。登間利君に教えてもらいたかったな」
また、ドキっとするようなことを言う。
やはり綾は変わってしまったのかもしれない。
もちろんそれが悪い事だとは、その時の俺は思わなかった。




