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(3)

 とはいうものの、俺と綾とが取り立てて仲が良かったということはない。

 会話らしい会話をしたことも無く、むしろ寂しい間柄だったと言うべきだろう。俺は密かに彼女の魅力に気付いてはいたが、自分から名乗りを挙げて落としにかかるような積極的な人間では無かったし、綾から俺に何かアプローチがあるなんてことは万に一つも有り得ない。

 三年生になっても同じクラスになれた、という小さな幸運ラッキーはあったものの、特筆すべきエピソードも無いまま彼女は夏休みの間に家庭の都合とやらで引っ越してしまったのだ。

 転校するには三年生の夏休みというのは随分と中途半端な時期である。それに関しては進学を見据えて一貫校へ編入したのではないかという穿うがった見方が多勢を占めていた。実際、綾の成績は上位だったし有り得ない話では無い。

 が、それにしてもあまりに急だったので釈然としないものはあった。

 片想いとはいかないまでも気になる存在の女の子が突然目の前から消えたのだから、その時は少しセンチメンタルな気分になったものさ。

 まあそんな訳で俺の中学時代を彩る存在として三日月綾は忘れ得ない人物なのだ。

 しかしながらそれは俺の個人的な思い出である。

 綾からすれば、俺なんぞは大多数のクラスメートの一人という存在でしか無いだろう。むしろ俺のことなんか憶えていないと言われた方がまだ納得できる。

 俺と綾の間にはそんな希薄な関係しか無かった筈なのだ。

 だから彼女から突然メールが来た、なんてことは簡単に信じることは出来なかった。

 そもそも綾はどうして俺のアドレスを知っているのだ?

 送られて来たのはショートメールだから、電話番号さえ分かれば送信することはできる。しかしそれにしたって番号を知ってることに合点がいかない。俺がスマホを持ち始めたのは高校に進学したこの春からなのだ。

 いくつもの疑問が交差して、なんだかサジを投げたい気分になった。

 しかし無視するのも気が引ける。

 散々考えた挙げ句に俺は返事を返すことにした。

 ただし用心深く慎重に、である。


『久しぶり。どうしたの急に?』

 この当たりさわりの無い、たった一行の文章を送信するのに半日を費やしてしまった。

 まったく俺はどこまで石橋を叩くつもりなのだろう。

 それに対して返事は電光石火の早業だった。

 なんと俺がメールを送信してから三十秒足らずで返事が戻ってきたのだ。

 同じ石を打つにしても「石橋を叩く」のと「電光石火」では大きな違いである。

『嬉しい! 覚えててくれたんだ』

『特に用は無いんだけど最近どうしてるかなって』

 このショートメールにしてはそこそこに長い文章が連続で送られるまでが十数秒なのだ。いやいや、女子の方が文字入力が得意とはいえ、いくら何でも早過ぎる。

 まるで俺からメールが来るのを待ち構えていたみたいじゃないか。

(まさか、ね)

 やっぱり誰かに担がれているような居心地の悪さを感じてしまう。

『てか、ナゼ携帯番号を知ってるの?』

 謎を謎のままにしておくのも気が引けるので確認してみた。

『電話で家族の人に聞いたよ。お母様かな?』

 それはあまりにあっけなく解かれたミステリーだった。

 直球すぎて逆に盲点である。

 確かにウチの母ならば息子の携帯番号くらい、ホイホイと教えてしまうに違いない。

 我が家のセキュリティの甘さに舌打ちしつつも、綾本人である確率が高まったことに少し胸が踊った。もっともこの先、怪しいセミナーに誘われるなんてオチが付かないとも限らないわけだが。

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