(21)
「消える? どこへ?」
「どこだろ? まぁ、ともかく当初の目的は達成出来たしね」
「目的?」
「言ったでしょ。十年後、二十年後、誰かに思い出してもらえるようにって。実体の私は眠ったままだったけれど、コンピュータの私が代理でその願いを叶えたってわけだよ。だって電話の相手がコンピュータだよ? これほどインパクトのあるキャラクターも居ないでしょ? だからきっと登間利君、一生私のことを覚えててくれるよね?」
「それはまあ……」
むしろ忘れろと言われる方が無理だろう。
しかし何だか妙な話の流れになっている気がするのだが。
「消えるってのはどういう意味なんだ?」
「そのままの意味だよ。消えれば無くなるってことでしょ」
一体、何が無くなるというのだ?
何がどう無くなるというのだ?
コンピュータのデータが消えてしまうとか、そういうことなのか?
「実体も一緒だよ。コンピュータの私が消えたら生命維持は不可能になるんだからさ」
「はあ!?」
何を言い出すんだ、コイツは。
何故、そんなことをする必要がある?
(目的を達成した)って、たかが俺に存在を知らせただけでは無いか。治癒できる望みがあるのなら敢えて自ら命を断つ必要がどこにある?
「でもさ、このままだと登間利君が困っちゃうと思うんだよね」
「どういう意味だよ?」
「だって登間利君、今、本当はかなり困ってるのに、そんなこと言っちゃいけないって思ってるでしょ?」
「別に……そんなことは思ってないけど」
俺の言葉に力は無い。
「優しいね、登間利君は。例えそれが本心で無くてもそう言ってくれるのは嬉しいよ。だけどさ、私が存在する限り登間利君が罪悪感みたいなの背負わされたままになるのは駄目だよね」
「罪悪感?」
「ここまで大袈裟な話の一端を登間利君も背負わされたも同然だしさ。私の存在がきっと足枷になるもの」
少なくとも俺は足枷なんてことは思ってないし、そんなことは思い付きもしなかった。けれども彼女の言葉を真っ向から否定することは出来なかった。否定しても空々しい言い訳だと露呈するだけだろう。さっきも言ったように俺はそれほど器の大きな男ではなかった。
言葉に詰まると、畳み掛けるように彼女は言った。
「元々、私がこんな姿になったのは、いつか蘇生出来た時に登間利君と接するチャンスがあるかも……と考えたからだった。でも、それがいつになるのか分からない。私が蘇生するのは何十年も先の話なのかもしれない。ううん、もしかしたらこのままで終わってしまうかもしれないとコンピュータの私は考えてしまった。でもね、ネットに自由にアクセスできるようになると、街のそこここに設置してあるカメラとかセンサーで登間利君の姿を追うことが出来るようになったんだ。その時、私にはもう一つの道が出来たんだよ。身体は無いけど、目と耳はあるのと同じだった。メールだって出来るでしょ。私は登間利君に自分の想いを伝えようと考えた。なのに話せるようになって欲が出ちゃったんだ」
「欲?」
「もうちょっと、もうちょっとって。明日も登間利君と話すことが出来ると思ったらね。生身だった時には登間利君に声をかえるなんてとても出来なかったのに。でもさ、こんな状態になると開き直っちゃって意外に口が軽やかになるしさ。そうなると逆に今度は想いを伝えるとか結論めいたことが言えなくなって……」
「そうなのか?」
考えてみる。
例えば仲の良い異性の友達が居たとして、毎日楽しく過ごしている。しかしそれはあくまで友達としての付き合いだ。そんな相手に懸想したとして、その思いを簡単に伝えることが出来るだろうか?
有りがちな話ではあるが、自分がもしそうなったとして(躊躇なく相手に告白する)なんてことは出来そうにない。
綾の言ってることはそういうことなのだろう。
「本当、馬鹿だよね。告白したらピンポンダッシュみたいに行方不明になってインパクトを残すって筋書きだった筈なのに、明日、また明日って思ってるうちに二ヶ月も経っちゃった」




