(19)
「一年生の時、歓迎遠足があったでしょ。まだその頃は体の調子もそんなに酷くなかったし、出来るだけ他の人と同じように普通にしたいって気持ちもあったから私も参加したんだよ。でも、ほら、元々、運動とかやってなかったし体力が無かったんだよね。だから帰りは駄目になってさ……」
そこまで聞いて俺はある出来事を思い出した。
中学校に入学して時間を置かずに催された歓迎遠足。その帰りのことだ。
全部で八つあるクラスの八番目に振り分けられた俺は行列の最後尾をノロノロと歩いていた。同じクラスに小学校からの友人は皆無で、まだ軽口を叩きながら一緒に歩くような友人も無い俺は一人で集団から距離を置いていた。
道程の三分の一程度を歩いた頃だったと思う。
明らかに様子がおかしい女子二人が路肩をとぼとぼと歩いているのが視界に入った。どうやら、一方が一方の肩を抱いて補助しながら歩いているようだ。
何事だろうと目を向けると、肩を貸していると思しき奴は同じ小学校に通っていた美原だった。この時、奴とは別のクラスになっていたのだが、俺の姿を認めると知り合いの誼みとばかりに「手伝え」と言ってきた。過去、俺は美原と親しかったことなど無かった筈なのだが、もちろんそんな不人情なことは言わない。どうやら彼女は持ち前の委員長気質で、一人で歩くのが困難になった同級生を手助けしたのだが、手に余る状況になってしまったということのようだった。実際、もう一人の少女の足取りは相当重そうに見えた。
俺が女子に肩を貸すというわけにもいかないので、美原ともう一人の少女の荷物を請け負ってやった。
行列の殿には、腹が出た中年の教頭とやたらとスタイルの良い女教師が歩いていた。彼らは本来、何かあった時に生徒を救済するという役目を担っている筈なのだが、この時は「仲間同士で困難を乗り越える若人を暖かく見守っている」的な空気感を醸し出して俺たちに手を貸そうとはしない。というか、むしろ積極的には関わりたくないと二人の世界を満喫している風情だ。
(こいつら絶対不倫してるな)とその時は思ったものである。
まあ、それでもこちら側から「何とかしろ」と要請すれば、何とかしてくれたのだろうと今にして思うが、まだ入学したての俺と美原は中学校の水に馴れていないこともあり教師との距離感を測りかねていた。だから声をかけていいのか躊躇したのだ。
次第に美原は消耗し、さすがに無理だと諦めたのだろう。唐突に「あんたが背負いなさいよ」と宣った。
(女子を背負う? この俺が?)
そう思ったものの状況は逼迫しているし、さすがにこの状況で「嫌だ」と無情なことは言えなかった。
だから俺は背負った。
小学校を卒業したばかりとはいえ女子の発育は早い。背中に当たる胸の感触に俺は多いに焦った。もしあれが綾だったというなら、俺はその時、既に綾のバストとコンタクトしていたことになるわけだ。
(確かにアレも豊かな感触だったな)
しかし、いくら背負ったのが華奢な女子だからといって、力が抜けた人間は相当に重い。小学校を卒業したばかりの非力な少年に背負えるほど成長著しい女子の身体は軽くないのである。そもそも俺だって遠足で消耗していたし。
五分もしないうちに俺は限界を感じた。まだ半分ほど道程は残っている。そのままでは絶対に学校に辿り着くのは無理だと思われた。
で、一計を案じた。
一旦、そこら辺の雑居ビルにでも身を隠し、後ろの教師達をやり過ごしてからバスに乗ってしまおうと。
幸いなことに二人の教師は自分達の世界を満喫中で、こちらには大きな関心を払っていない。
美原は躊躇している風であったが、このままではジリ貧になるのは目に見えていたので渋々と同意した。実際、背負っていた少女は口では「大丈夫」とか言いながら、ぐにゃりと身体は弛緩しきっていたもんな。
結果的にそれはうまくいった。バスに乗っている間は外から見られないようにずっと隠れていなければならなかったものの、行列をごぼう抜きにして圧巻の先頭ゴール。そのまま保健室に駆け込み、病気と思しき少女は保険医に連れられて病院へ。俺と美原は適当な時間を主人が居なくなった保健室で過ごし(言っとくがこの間、美原との間に特筆するようなことは何一つなかった)、やがて戻ってきた生徒達と何喰わぬ顔で合流したのだった。




