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 しかし疑問は残る。

 そもそも何故、綾は俺に連絡など寄越したのだろう?

 コンピュータそのものと化した綾にとっては電話会社のデータベースにアクセスして俺の電話番号を調べることくらいは造作なく出来そうではある。しかし動機は何だ?

 メールを送るにせよ電話をかけるにせよ、俺と綾には何の接点も無かった筈だ。一体全体、いつどこでどんなフラグが二人の間に立ったというのだろう?

 彼女が言った。

「自分が死ぬって解った時、人は一体何を考えると思う?」

「自分が死ぬ時?」

「ううん、死ぬ瞬間の話ではなくって、自分が死ぬって知った時のことだよ。例えば半年後にあなたは死んじゃいますって言われた時とかさ」

 それが綾自身の話であることは容易に想像できる。しかし俺自身がそのような状態になることは全く想像できなかった。

 強いて言うなら「死にたくない」と思うのではないだろうか?

 つまり自分が死ぬということを信じられないんじゃないかということだ。

 しかし彼女は違っていたらしい。考えてみれば長い期間に渡って闘病生活を送っていたのだからそれは当然のことなのかもしれない。

「半年前の私ってどんなだったと思う?」

 それは彼女が(世間的に)死ぬ間際の話ということだろうか?

「その時の私って体中に薬物を注入する管とかセンサーを取り付けられて、マスクから出る得体の知れない気体を吸わされて、半分は昏睡こんすいしたような状態に置かれてたんだよ。ああ、私このまま死んじゃうんだって。見た目はともかく死に方としては穏やかな方なんだろうなぁ……とか考えてたよ。苦痛もなく眠るように逝けそうだったしさ。それは幸運ラッキーなことかもしれないけど、そのまま死んだら私は何の為に生まれてきたんだろうって思ったよ。生きていた痕跡を何も残さないままでしょ。きっとママとかお父さんは私のことを憶えててくれると思う。でもさ、それ以外に私のことを憶えていてくれる人なんか居ないんだって思ったよ。十年後、二十年後、きっと私は誰からも思い出してもらえないんだろうって。皮肉な話だけど、自分が動けなくなった時に激しく後悔したんだよ。病気のことは解ってたのに、どうしてもっと違う生き方をしなかったんだろうって。世の中に自分の痕跡を残すとか大それたことは思わない。でも、誰かと意識を通じ合わせるとか、せめて誰かが私という存在をひょんなことからでも思い出してくれるような、そんなささやかな交流をどうして私は一切やってことなかったんだろうって。ううん、そんな抽象めいた話じゃない。そうだね、はっきり言うと私は登間利君から忘れられてしまうのが悲しかったんだ。いや、違う。登間利君に憶えてもらうことすら出来なかった自分が惨めだったんだ」

 一気にまくし立てた後で短い沈黙があった。

 俺は彼女の言葉を反芻はんすうした。

(俺に忘れられるのが悲しかった?)

(俺に憶えられていないのが惨めだった?)

 なぜ?

「……どうして俺なんだ?」

 ほとんど呟くような声だった。

 だって中学時代の俺たちの間にはどんな関係性も無かった筈じゃないか。

「多分、登間利君は憶えてないと思うけど……」

 彼女の声はあくまで澄んでいる。

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