(14)
扉が開いたということは中へ入れということだろう。
そう理解した俺は、やっと人一人が通れる程度に開いた金属製の分厚いドアをすり抜けて室内へ入った。
低いモーター音が微かに聞こえるのみで静かだ。
部屋は暗く、LEDと思しき光が側面に点在している。正面には何かの物体があるのだが、暗くてその正体が解らない。解らないものに近付くのは躊躇われる。
慎重に一歩を踏み出した。するとその瞬間、正面に光が灯った。室内灯では無くモヤっとした薄暗い緑色の光だった。
俺は焦点を合わせるために目を細めてその光を見た。
それは円柱状の馬鹿でかい物体だった。まるで巨大なメスシリンダーのような容器状のものに薄緑色の液体が入っている。その液体に光が当たりぼんやりと周囲が明るくなったのだ。
液体には時々、小さな気泡が下から湧き上がっている。
そして液体を見上げた瞬間、俺は腰を抜かすほどに驚愕した。
なんと裸の人間が立った状態で浮いていたのだ。
浮いていたというよりも「漬け込んでいる」という状態に近い。頭のてっぺんから足の先まで身体の全部が液体に浸っている。
ざっと見た所、若い女性のようだった。
女性だというのは真っ裸だから分かるのだが、それが誰であるかは判断しかねた。目を閉じているというのが理由の一つ。もう一つの理由は毛髪がなく……つまりスキンヘッドだったからだ。そんな姿で居られたら、たとえそれがお袋だったとしても見分けがつかないに違いない。
一見すると「樹脂のようなもので固められた一糸まとわぬ人間の標本」のようだ。しかしよく注意を凝らして見ると、わずかではあるものの身体が揺れているのが分かる。つまり女性の肉体が液体の中に浮いている状態なのだ。
SF映画などでよく見るシーンのようにも思うが、まさかこんなものを実際に目の当たりにするとは考えてもみなかった。
見た目は実物大の人間の標本なのだから、かなり不気味である。
「な、なんだよ、これ」
訳の解らない衝動で俺の声は震えていた。
その時、スマホに着信した。万が一を考えて着信音はゼロ設定にしておいたが、バイブの振動音ですらその場では大音量で響いたように思え、俺はギクリとなった。
確認すると綾を騙る人物からの電話だった。何故メールから音声に切り替えたのかを不審に思いつつも俺は電話に出た。
「簡単に言えばコールドスリープってことになるのかな。身体が氷結しないギリギリの温度で保たれてるんだよ。そうやって身体の生理活動を出来るだけ止めているんだって。本当に凍らせちゃうと細胞が死んじゃうからさ。死なない程度に冷やしてるってことだね」
流暢に電話の声が話す。
俺は(これは何だ?)と言いかけて止めた。それでは質問が違う。この場合、「これは誰だ?」が正解だ。
「分からないかな? 恥ずかしいからよく見てとは言い難いんだけど、きちんと見て欲しい。それは正真正銘の三日月綾だから」
俺が質問する前に見透かしたように電話の声が言う。
まるで夢でも見ているようだな、と俺は思った。




