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(12)

 一回目のコールで綾が出た。いや、(綾の名を語る誰か)というべきか。

「……行ったんだよね、私の家に」

 こちらが口を開く前に、静かな口調で電話の声が話す。

(私の家だと?)

「行ったさ、三日月の家に」

 俺は冷めた口調で言った。

 しかしどうして、こいつは俺が綾の家に行ったことを知っているのだろう? まるで監視でもされているみたいじゃないか。

(ストーカー)という単語が頭に浮かんで少しひるんだが、何とか気持ちを奮い立たせて俺は言った。

「お前は一体誰なんだ!?」

 そんな問い掛けにも相手は少しも動じない。

「三日月綾」

 感情を押さえた声だった。逆にそれが凄みを感じさせて、さらに俺を怯ませた。何というか、けれん味が少しも無いのである。ハッタリをかますような作為的なものは微塵も感じられない。

 あくまで自分が三日月綾だと。

 自然に――。

 透明に――。

 三日月綾であることを信じて疑わない。まるで精神を病んでいるかのようである。

 こんな状況で「嘘をつけ!」となじったところで、相手の感情は揺るがないだろう。

 俺は冷静を得るために、一旦大きく深呼吸をしてから言った。

「だとしたらあの位牌は何だ? 三日月のお袋さんが俺を担いでいるとでも言うのか?」

 ともすればそれらの情景を思い出して感情的になってしまいそうだったが、俺は勤めて冷静に言った。論理的に相手を問い詰める必要性を感じたからだ。

 電話の声が答えた。

「ママは知らないから」

(知らない?)

「何をだ?」

 まさか「自分が生きていることを」とでも言うのだろうか?

 事故や災害で行方不明にでもなっているのならばともかく、病院で最期を迎えたのなら(知る)も(知らない)も無いではないか。

 俺は得体の知れない何かに戦慄した。

 まるで恋愛小説が途中からサイコスリラーにすり替わったかのようだった。

 ヤツは故人の名をかたるだけでは飽き足らず、家族設定までを自分の都合に合わせて語り始めたのだ。

(狂ってる)と思った。

 俺はこんな奴と二ヶ月間も電話をしていたというのか――。

 こんな奴に二ヶ月間も淡い恋心を抱いていたというのか――。

 恐れと怒りが混じった感情が押し寄せてきて俺は押し黙った。

 しばしの沈黙が続いた後、声を発したのはヤツの方だった。

「今夜十一時。大学病院に来て」

「は?」

 真意が解らずに俺は戸惑った。だが相手は構わずに続ける。

「門の前でいい。着いたらメールする。きっと来てね」

 そこで電話は切れてしまった。俺の返事を待たずにわざと切ったようだった。

 しかしどうして病院なのだろう?

 まさか入院しているとでも言うのか?

(いや、問題はそこでは無い)直感的に俺はそう思った。

 電話の声は、俺が門の前に着いたら「メールする」と言ったのだ。要するに俺が門の前に着いたことが相手には解る仕組みになっているということである。

 こうなるともう(ストーカーに襲われる絵面)しか俺には思い浮かばなかった。

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