VOL.05:5年後…(前編)
――これは、姉妹が5歳で峻佑と別れたあと、高校で再会するまでの空白の期間の一コマの話。
真野家が竹崎から松海に戻ってから5年の月日が流れ、ちひろやみちるは松海市立松海台小学校の4年生に、峻佑は竹崎市立竹崎第三小学校の同じく4年生になっていた。
いつものようにちひろとみちるが仲良く登校して4年1組の教室に入ると、にわかに教室が騒がしかった。
「松田くん、何かあったの?」
ちひろはランドセルを机に置くと、隣の席にいる男子に聞いてみた。
「ああ、真野さん。おはよ。あふ……なんか、今日このクラスに転入生が来るらしいよ。職員室に学級日誌を取りに行った夏目さんが、カッコいい男子を見て、先生に聞いたらそう言われたんだってさ」
松田は眠いのか欠伸をしながらも、今日の日直当番の夏目を指差して事情を話した。それを聞いてちひろとみちるが教室を見回すと、なるほど確かに騒がしいのは女子だけで、いつも騒がしい男子はむしろ冷めていた。
「へぇ……転入生か。どんな人なんだろ? まあ、いっか。ありがとね、松田くん」
みちるは眠そうにしながらも教えてくれた松田に礼を言い、松田は照れたのか顔を赤らめていた。
「そんなわけで、今日からこのクラスの仲間になる、九崎 翼くんだ。九崎くん、自己紹介をして」
朝のホームルームで担任の夕海が転入生を紹介し、自己紹介をするよう促すと、
「はい。ええと、九崎 翼です。ここに来る前は梅津市に住んでました。皆さん、よろしくお願いします。ついでですが、特技をひとつ。コレは、ぼくからのささやかなプレゼントです」
翼は簡単に自己紹介を済ませてお辞儀をすると、おもむろに右手を羽織っていた上着の中に入れて、すぐに出した。すると――
「な、なんだ!?」
「うわぁ〜!」
「きれーい!」
教室の中にバラの花が舞い、教室内は驚きと歓声に包まれた。
「喜んでもらえたみたいでよかった。わざわざ手品を仕込んだかいがあったかな。ところで先生、ぼくの席ってどこでしょう?」
翼は満足そうに頷くと、夕海に訊ねた。
「……っと、ついついバラに見入っていた。しかし、九崎くん。私も結構教師になって長いけど、転入初日にこんな派手なことやってくれたのはキミが初めてだよ。で、席だったね。九崎くんの席は……じゃあ、真野。真野ちひろの後ろにしよう。誰か、空き教室から机とイスを持ってきてやってくれ」
夕海はあんぐりと口を開けたままボーっとしていたが、ハッとしたように翼の席を決め、机とイスを運ぶよう頼むと、ホームルームを切り上げた。
机とイスが運ばれてくるまでの間、翼の周りには人だかりが形成され、
「ねえ、さっきの手品すごかったね。どうやったの?」
などと翼を質問責めにしていた。一方、それを少し離れたところから見ていたちひろとみちるは、
(お姉ちゃん、いまさっき九崎くんがやったのって……)
(うん。手品だなんてごまかしていたけど、あたしたちの目は騙せない。あれは――魔法ね)
会話が周囲に聞こえないように、テレパシーを使って話していた2人。ちひろが話しながら、翼が本当に魔法使いなのか確かめようと、魔法使いなら自然に身の回りに展開させているはずの防御障壁の有無を調べるため、消しゴムのカケラをひとかけら、翼に向けて弾丸のごとく射出した。と、
――パシィッ!
消しゴムのカケラは、翼の頭に当たる寸前のところで粉々に弾け飛び、消滅した。
(えっ!?)
ちひろは驚いて声をあげかけたが、すんでのところでこらえた。翼が振り向かないところを見ると、どうやら気づかなかったらしい。授業開始のチャイムがなる中、ちひろとみちるはどうやって翼から話を聞き出そうかと考えをめぐらすのだった。
給食後のお昼休み、相変わらず人だかりの出来ている翼の周囲。それまでは遠巻きに様子を見ているだけだった姉妹だったが、ここで動いた。
「九崎くん、一応、私学級委員だし、軽くこの学校の中を案内しようか?」
学級委員を務めているみちるが人垣の中に突撃して翼の目の前に出ると、他のクラスメートを押しのけながらそう提案した。
「なんだよ真野妹。いきなり突っ込んでくるなって。九崎くんの手品が見えないだろうが」
最前列にいた男子がみちるに文句をつけながら押し返そうとする。その言葉にみちるが翼の方を見ると、翼は朝の自己紹介で見せたものとはまた違う“手品”をやってみせていた。だが、ひと段落ついたところで出したものをすべてしまうと、立ち上がった。
「えっと、真野さん……だっけ? 案内、してくれるの?」
どうやら翼はみちるたちに案内してもらうために、“手品”を切り上げたらしかった。
「え、あ、うん。やっぱり、どこに何があるかくらいは知っておいた方がいいと思うから。じゃあ、私とお姉ちゃんについてきて」
みちるは頷くと、ちひろと一緒に翼を連れて教室を出た。教室の中では、さっき文句をつけてきた男子とかがブーイングを飛ばしていたが、みちるもちひろも聞こえないふりをしたのだった。
後編へ続く。