朝の匂い(後)
180度遮るものなく
見渡せる穏やかな海、
なだらかな稜線を連ねる島々、
さざ波に漂よいし夜光虫
夜の闇に堕つる星を拾う
「もう 行くの?」
「ああ…」
微睡みの中 目覚めると雨が降っていた。
「今度は いつ?」
と、
聞きたい言葉を「コクン」と飲み込む…
友人には、
「お互いに独り身なんだから 」
と言われるけれど………
寂しい過去を抱えた男と
辛つらい現実を抱えた女の間には、
細い一本のリボンが
よく似合うのかもしれない。
あなたに抱かれているときは
時が止まってしまえばいいのにと
祈るように願う わたし…
そんな気持ちを汲むように
狂おしいほどの
接吻くちづけをする あなた…
たとえそれが
どんなに唇を噛みしめた
恋であったとしても
「ふふふ♪(笑)」
泣き出してしまいそうな気持ちを
忍おし殺して笑う。
「ん?」
「、、、気をつけて…」
「ああ…」
「ありがとう♪」
「君も、」
「ん♪」
「あっ、」
「ん?」
「ううん、こんど、こんど話すわ。」
「(笑)ん、わかった♪」
つまらない話を先延ばしにする癖
まるで、”こんど”が、
来ないかのように。
別れ際に過よぎる寂しさが
彼女を不安にさせる
また、こんどと言いながら
哀しそうな顔をする。
「じゃあ、」
「ん、」
一歩 外に出る
波の音が心地いい
いつのまにか止んだ雨の代わりに
空が真っ赤に燃えていた。
恐いぐらいの朝焼けの海をひとしきり眺め
ヘルメットを被り
走り出す。
厳冬に為なりを潜めてた
さまざまな匂いが脳髄に響く
空と海が近い
波の調べは
呼吸のように止まることはなく
湿った潮風のべっとりとした
匂いにつつまれる。
それにバイクの排気ガスが加わる。
海岸線をフルスロットルで
右に左に駆け抜ける。
俺は、
なにから逃げているのか
死神に魅入られたように、
大自然の営みの中で
俺がどんなに
一喜一憂しようと
空のしたには変わることなく
海がある。
海岸線を抜ける頃
東の空が白み始める。
やがて、
潮の匂いはなくなり
都心の渇いた匂いの中を走り
コンクリートの埃っぽい匂いと
錆びかけた鉄の匂いに包まれる頃
陽が昇り。
空はグレーに薄く。
交差点の喧騒に身を晒しながら感じる
朝の匂い
「今年は暑くなりそうだな、、、」
蒸れたメットから流れる汗が塩辛い。
それは置いてきた
あいつの涙なのかもしれないと思った、
往く夏を刻む。