朝の匂い(前)
厳寒の二月。
春まだ遠い日の朝
障子越しの明りに浮かび上がる
_____雪桜
凍えた女の心が舞うが如くに
「もう 行くの?」
「ああ… 君はまだ寝てていいよ、」
微睡みの中 目覚めると雪が降っていた、
遠乗りをするときは
前の晩から準備万端整えて
夜明け前から出ていった。
寝床の暖かい誘惑と
わたしの温もりさえも振り切るように
厳冬の季節…
乾いた東京の夜明け前は匂いが乏しい。
コンクリートの匂い。
錆びかけの鉄の匂い。
凍てついた土の匂い。
足踏みしたいような寒さの中で
バイクのエンジンを温めはじめる、
排気ガスの匂いを嗅ぎながら
ヘルメットをかぶり
グローブをはめて、
冷たいシートにまたがる。
乾いた埃っぽい匂いの中を走り、
都心を抜ける頃、
東の空が白み始める。
山影が見えてくる。
やがて山あいの道に差し掛かる頃
陽が昇り
山裾に広がる小さな集落が金色こんじきに輝く…
空は青さを増し
明けの明星も見えなくなったころ
曲がりくねった道を走りながら感じる朝の匂い
それは 冬枯れの山野の匂いに混ざって
陽の光をうけ息を吹き返した生命の匂い
遥かむかし、
仲間のために懸けた命を繋ぐ
細いリボンを手繰りよせるように
走らずにはいられない。
そのことを、
本当はもうちゃんと知っている
自分に少し悲しくなる…
あの人は幸福で、同時に少し不幸でもあるのだろう…
わたしは微笑んで、彼の体温で心地よく温められた その中で、
窓の向こうに降る雪を見ている。