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『思い人』シリーズ

思い人:『影』

作者: 微風シオン

 出会いと別れが巡る季節、春――。

桜が舞い散るこの季節は様々な人にとって特別なものである。

春の象徴である桜の木の下に、一人の女性が佇んでいた。


「遅いなー、聡さん」


彼女の名は加藤優里かとう ゆうり。今年で大学生活も中盤に入り、季節と同じく彼女にも春が巡ってきた。彼女は青い服と白いシフォンスカートを履いており、今は桜の木の下でその思い人を待っている。手に持っているバスケットの中には手作りのサンドイッチが入っている。今日は聡と公園で一緒に花見をしようと約束をしていた。

しかし、その聡という人物は一向に姿を現さない。

気づけば時刻は午後四時、優里は諦めて帰る事にした。


「あーあ、来なかったな。聡さん」


深くため息をつきながら歩く帰り道。その足取りは重く、彼女は聡に連絡をする。

だが、コールはなるものの、本人からの応答はない。


「どうして出ないんだろ、聡さん」


聡との通話が繋がらず、受話器を下ろして前方を見ると――。


「な、なによあれ」


 優里の視界に映った光景は彼女にとって残酷な現実であった。

聡が他の女と手を組んで歩いていたのだ。

心の底から沸騰する湯のように、怒りが沸き上がった優里は彼の見える位置で再び電話をかける。

しかし、彼は応答するどころか電話が来ていると知りながら無視したのだ。

この態度に堪忍袋の緒が切れた優里は、彼に浮気の証拠を突きつけてやろうと探偵事務所へ足を運んだ。


「あのーすいません」


「いらっしゃい」


椅子に座っているのは探偵の神原修一かんばら しゅういちという人物だった。

彼は町でも有名な私立探偵で、これまで依頼された事は必ずこなしている人物だ。

スーツ姿でベテランという雰囲気を漂わせている。

優里は神原に今日の約束を反故にされた事を説明し、一緒に歩いていた女の事を調べて浮気の証拠を掴んでほしいという依頼をした。探偵に対する依頼料は安いものではなかったが、金には代えられないという理由から即刻口座から支払った。


「これで一安心ね」


『あとは探偵からの連絡を待つのみ』

そう安心した優里はその日の夜、安眠を取る事が出来た――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


次の日、優里は大学の帰りに探偵事務所を訪れた。

神原は撮影した写真を机の上に並べて優里に現状を報告する。


「とりあえず、分かった事は不倫相手の名前と君の彼とどんな関係かって事だね」


そういうと一枚の写真を取り出し、優里に見せた。

その写真は大学内で二人が手を繋いでいる写真だった。

それを見て、優里は神原に問いただす。


「待ってください、あの女って私達と同じ大学なんですか」


「調べた限りではそうだね。彼女の名前は川上由香かわうえ ゆか、大学2年でどうやら付き合っているのは去年の秋かららしい」


「去年の秋って私と付き合い始める前からじゃないですか!」


優里は聡の不倫相手は自分だったのかと深く絶望した。

聡が自分をずっと騙していたのかと。


「失礼します!」


優里は探偵事務所を飛び出した。

そして、聡に電話をかける。


「なんで、出ないのよ。もう!」


その場にしゃがみ込んで、涙があふれる。

もう彼とは別れよう、優里は家に帰った後も涙が止まらなかった。

涙も声も枯れて、彼女はそれでも泣き続けた――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


次の日の朝――

優里は探偵からの連絡があって家を飛び出した。

聡の不倫相手が何者かによって殺害されたというのだ。


その現場となったアパートでは警察の捜査が既に始まっており、立ち入ることは出来なかった。

聡はその現場に姿はなく、優里は家に戻って昨夜の事件について調べた。

ネットの記事によれば『被害者となった女性はナイフのような物で刺された跡がある』ナイフは急所を外れていたが、『死因は出血多量』で恋人を逃がす形で身代わりになったのだろうという記事も記されていた。


「これって、聡さんも襲われたって事よね。一体誰が」


聡が襲われたという事なら少なくとも犯人の顔を見ているはず、そう考えた優里は犯人を突き止めようと行動を開始した――。


「すいません、聡さん。いますか」


やって来たのは殺人現場の近くにある警察署。今聡は事情聴取を受けている最中だという。

警察はもうすぐ事情聴取は終わるからそこで待っているようにと優里を引き留めた。

それから数十分後、聡は事情聴取が終わって優里の前に現れる。


「聡さん、よかった無事で」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


だが、優里の顔を見た聡は警察署内で悲鳴を上げた――。

その顔には血の気がなく、ものすごく青ざめたような顔で叫び続けてその場に倒れ込んだ。


「どうしたの、聡さん」


「来るな!」


優里を突き飛ばすと、彼女のバッグから『血まみれのナイフ』が転がった。

そのナイフの転がる音は周りの注目を集め、同時に衝撃の事実を物語っている――。

震える人差し指を前に出し、聡は優里を指さして――


「そいつが、由香を……。川上由香を殺したんです」


その言葉に優里は起き上がってその場で大きな声で高笑いをする。

それはもう、純粋な恋ではない。ただの殺人犯だ。


「殺すに決まってるじゃない、裏切り者……!私はあなたを愛してたのに」


「何が愛だ、この着信履歴を見ろ!お前は僕のストーカーなんだ。僕の彼女は由香だけだ」


まるで燃えるゴミの日に人の命を捨てたという言い方をする

その言葉を聞いて、状況を理解した一人の刑事は優里の身柄確保へと移った。

由香は抵抗する事無く、身柄を拘束された。

彼女が捕まって警察署の窓を見ると、そこから桜の木が見える。

春は出会いと別れの季節。

出会いは『彼女の妄想』、別れは現実だ――。







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