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#3 始まり②


 静寂と闇に包まれていた世界にはやがて音と光が戻り,まるで何事も無かったかのように普段通りの町が姿を現した。


「まだ近くに他の奴がいるかもしれない。なるべく早く帰る事だ」

「あ……あ,あの!」


 それを確認してすぐに立ち去ろうとする青年を,佳奈は思わず呼び止めていた。


「…?」

「あの……えっと…」


 訝しげに振り返りつつも青年は次の言葉を待ってくれるが,呼び止めた佳奈の方が慌てている。

 反射的に呼び止めたのは良いが,何を話していいのか分からないのだった。


「…あ,ありがとう! 助けてくれて!」

「お,おう…」


 何とかお礼だけを絞り出すように叫ぶと,青年は驚きながらも小さく頷く。


「……」

「………」


 そして再び訪れる沈黙。

 言いたい事はたくさんあるはずなのに,言葉が出てこない。

 しばらくそんな状態が続き,さすがに気まずい空気が流れ出し始めた所で,青年は今度こそ佳奈の前から立ち去ろうとする。



 その時。



「――ッ?!」


 2人の耳に,遠くから聞こえて来た新しい悲鳴。

 青年はその声に反応してすぐに佳奈の目の前から消える。

 1人残された佳奈は,信じられないという顔で声のした方を見る。


 それは,良く知っている場所の方向。

 聞こえた悲鳴も,そのせいかどこか聴きなれた声のように感じる。


「嘘…だよね……」


 青年に続き,声のした方に走りだす。


「……お姉,ちゃん…」





 ――藤森舞は,自分の身に何が起こったのか全く分からなかった。

 それは,夕飯の買い物をするついでに帰りの遅い妹の様子でも見に行ってみようと思い家を出た,数分後の出来事。

 不意に周囲の外灯や民家の灯りが全て消えたと思った瞬間,突然体の自由を奪われた。

 驚いて見れば,自分を掴んでいるのは,人間の物とは到底思えないごつごつとした岩のような皮膚を持つ巨大な手だった。

 突然の出来事に悲鳴を上げる事も出来ないまま持ち上げられ,そこで初めて手の持ち主を見る。

 それは,3メートルを超えるであろう巨大な犬。

 人間のような手を背中から2本生やしている,犬の姿をした化物であった。

 そこでようやく理性が追い付いたのか,はっきりとした悲鳴が上がる。

 このまま握りつぶされるのか,それともあの大きな口の中に放り込まれるのか。

 どちらにせよ,自分はここで死ぬのだと直感する。


「あ,あぁ……」


 そんな舞の頭に浮かんでくるのは,たった一人の家族。

 10年前の事故で両親を失い、それからずっと2人で助け合って生きてきた,妹の笑顔だ。

 あの時,両親の墓前でずっと妹を守ると誓ったのに。


「……ごめんね…佳奈…」


 もちろん恐怖はある。

 でも,今はそれよりも妹を一人残して逝かなければならない事の悔しさの方が大きかった。


「お姉ちゃん…もう佳奈に会えそうに無いよ…」


 せめてもう一度だけ会いたくて、ゆっくりと目を閉じる。

 そうすれば、瞼の裏にはいつだってあの子の笑顔が―――


「――させない!!」


 そんな彼女の耳に,突然聞こえた声。

 驚いて目を開けると同時に,彼女の体は空中に投げ出された。


「えっ?……えっ?!」


 真っ先に目に入るのは,自分を包む光の粒子と,片手を失い苦しんでいる怪物。

 すぐにそのまま重力に任せて落下しようとする彼女の体は,ふわりと暖かい何かに包まれた。


「危なかったな」


 その正体は,黒いコートを纏った青年。

 投げ出された時はそれなりの高さがあったはずだが,青年は2人分の重さもまるで気にしないかのように優しく地面に降りる。


「大丈夫か?」

「あなた…は……?」


 青年はその質問に答えないままで彼女を下ろし,未だに苦しんでいる怪物に銃口を向け,躊躇いなく引き金を引く。

 放たれた弾丸は怪物の頭を正確に打ち抜き,怪物は光の粒子となって消えた。


「すぐにここを離れて帰れ。この周辺は何かおかしい」

「あ,はい……」


 青年の言葉に目を白黒させながら曖昧に頷く事しか出来ない舞。

 そんな彼女を残し,青年は黙って立ち去ろうとするが,遠くからもの凄い勢いで走ってくる人影を見つけ,その足を止める。


「あいつは…」


 その様子に,舞の方もその人影に気付く。


「佳奈……?」

「お姉ちゃーーーーーん!!!」


 向こうもこちらに気付いたのか,大声を上げながら更にスピードを上げ,勢いそのままに舞に飛びつく。


「はぁッ…はぁッ………やっぱり,お姉ちゃんだったんだ…」

「佳奈…」


 舞の胸に顔を埋めながら,無事を確認するようにぎゅっと体を抱きしめる佳奈。


「ごめんね。心配かけちゃって…」

「ううん。とにかく,お姉ちゃんが無事で良かった」


 そこで緊張の糸が切れたのか,佳奈は肩を震わせて嗚咽を漏らす。

 そんな妹の頭を優しく撫でながら,舞も静かに佳奈を抱きしめるのであった。


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