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#2 始まり①


「すっかり遅くなっちゃったな~」


 真っ暗な夜道を,近くの公立中学の制服を着た一人の少女が走っている。

 短くまとめられたポニーテールをなびかせながら軽快に走る彼女の名は,藤森佳奈。

 最近になって赴任してきた顧問が練習に熱を入れており,佳奈の所属する陸上部だけがこんな遅い時間まで学校に残っている。

 早くなれるのなら辛い練習も望む所と思ってはいるが,毎日こんな夜道を1人で帰らないといけないとなると,少し不安になってしまう。

 それに,普段から通い慣れた道だというのに,今日は何かが違う。

 いつもなら付いているはずの街灯に明かりは無く,車の音一つ聞こえない。


「う~…何か出てきそうだよ…」


 そう言ってから後悔してももう遅い。

 その独り言のせいで,前に見た映画の1シーンが頭の中に鮮明に蘇ってきてしまった。

 誰もいない真っ暗な夜道。

 どんなに走っても目の前に広がるのは闇だけ。

 そんな中,不意に聞こえた物音に驚き,恐る恐る近づいてみると―――


「―――はにゃーー!! な,無し無し! 今の無し!!」


 大声で叫びながらぶんぶんと頭を振る。


「佳奈は強い子だもん! あんな映画全然怖くないもん!!!」


 不思議な事に,叫んでみると少し恐怖感が薄れた。

 やはりしんと静まり返った場所より,自分の声でも何かが聞こえているというのは安心するのかもしれない。

 このまま大声を上げながら帰るのも一つの手かな,などと気を緩めた瞬間に,佳奈の耳は明らかに自分の声とは違う,かすかな音を捕まえてしまった。


「――ッ!!」


 そのまま気付かない振りをして走っていってしまえばいいものを,人間というのは何と愚かな生き物だろう。

 一度止まってしまった以上,佳奈はその音の正体を確認せずにはいられなくなってしまった。

 足音を忍ばせ,ゆっくりと音のした方に近づく。

 かすかにしか聞こえなかった音が,だんだんと形を持った声になってきた。


「……ダメよ…こんな所で…」

「いいじゃないか…誰もいやしないさ…」

「…………」


 佳奈は黙って回れ右をして,そそくさとその場を離れる。


「ま,現実にあんな怪物がいる訳ないか…」


 心の底から安心したような,でもどこか残念そうな声が漏れた。

 映画の中では,音のする方へ向かったヒロインはいきなり出てきた怪物に襲われ,間一髪の所で助けに入った主人公に救われた。

 その後はもちろん主人公とのロマンスが始まっていく訳だが,そんな話は 所詮フィクション。作り物に決まっている。

 そんな当たり前の事を再確認し,改めて帰路につこうとした佳奈だったが,しかし,そんな彼女の耳に今度は身を裂くような悲鳴が叩きつけられた。


「…嘘…だよね……?」


 震える体を励まし,ゆっくりと振り返る。


「ッ?!」


 その目に映った物を見て,佳奈は意識を手放しかける。

 そこにあった光景は五体をバラバラに引き裂かれた男性と、映画に出てきたような怪物に食べられていく女性。


 映画の中だけだと思っていた。

 こんな怪物が現実にいるなんて、誰に想像出来ただろう。

 信じられない光景を前に佳奈の足は竦み、もうそこから一歩も動けそうにない。

 まだ相手はこちらに気付いていない。

 今なら逃げられるかもしれないというのに,ガクガクと震える足はいう事を聞かなかった。


「あ…うぁ……」


 震えはやがて全身へと回り,その拍子に肩にかけていたバックが滑り落ちる。

 地面に落ちたバックは想像以上に大きな音を立てて,その音に気付いた目の前の怪物がゆっくりとこちらに視線を向けた。

 まるで血のように真っ赤な目に正面から睨まれ,そのあまりの恐怖に佳奈は現実から目を背けるようにきつく目を閉じる。

 そして―――


「――させるか!」

「えっ…?」


 目を閉じた佳奈に迫って来たのは,怪物の唸り声でも,鋭い爪の生えた巨大な手でもなかった。

 鋭い声と,ドラマでしか聞いた事のないような銃声。

 思いもよらない所から聞こえてきたその音に驚き目を開けてみると,自分と怪物の間に割り込むように立っていたのは見知らぬ人影。


 背丈は,自分に比べれば少し大きい。

 夏も近いというのに,黒く長いコートで全身を覆っている。

 しかし,何よりも佳奈の目を引いたのは右手に持っている真っ黒な見た事の無い形の物。

 先程の音からすると,恐らく銃なのだろう。

 その先端を真っ直ぐに怪物に向けながら,人影が口を開いた。


「…大丈夫か?」


 同時にほんの少しだけこちらに目を向けたのは,まだ少年のように少し甲高い声色とはまるでちぐはぐな印象を受ける大人びた青年。


「あ…」


 二人の視線が交錯したのはほんの一瞬。

 すぐに青年は怪物に視線を戻し,手にした銃の引き金を引く。

 放たれた弾丸は吸い込まれるように怪物の額へと消えていき,怪物は断末魔の声も上げられないまま光の粒子となって消えていった。

 その光が完全に消えたのを確認すると,青年は手にした銃を足につけたホルスターにしまい,改めてこちらに振り返る。


「……」


 綺麗に整ったその顔立ちは,明らかに日本人の物ではない。

 しかしその何よりも佳奈の視線を奪ったのは,闇夜の中で赤く輝いている両の眼だった。


「あ,あの……」

「………」


 佳奈の声が聞こえているのかいないのか,青年は何も言わずに静かに目を閉じる。

 再び目を開いた時には,もう先ほどまでの輝きは消え,吸い込まれそうな黒に変化していた。


「…あまり1人で出歩くな。この町には悪魔が多い」

「悪,魔…?」


 目の前の青年の言葉に首を傾げる佳奈。

 それもそのはず,いきなり悪魔なんて言われてもピンとはこない。

 それでも,佳奈はぞくりと体を震わせる。


「今のが,悪魔……」


 実際に目の前で見てしまった光景。

 今までは漫画やテレビの中だけに存在していたはずの物を,その恐怖を,今まさに体験してしまった。

 だから分かる。

目の前にいる青年の言っている事は,全て本当の事だと。

 今まで知らなかっただけで,自分のすぐ近くにはこんなに恐ろしい世界が広がっていたのだと。


「あ,あなたは,一体……」


 呆然としたまま,無意識に佳奈の口から洩れた問いに,青年はゆっくりと答える。


「…俺は悪魔殺エクソシストし。奴ら悪魔を,滅ぼす存在だ」





 同時刻,ある真っ暗な部屋の中で一人の男がテレビを見ていた。

 その画面に映し出されているのは,先ほどの青年と佳奈の姿だ。


悪魔殺エクソシストし…」


 映像を見ていた男は、小さく舌打ちをして荒々しくテレビの電源を落とした。


悪魔殺エクソシストし…ファントム……」


 闇に包まれた部屋の中で、男はもう一度呟いた。



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