表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

#1 出会い

「父さん…母さん…」


 まだ五歳程だと思われる少年が、全身傷だらけになりながら瓦礫の山から必死に這い出してくる。


「タクミ…ユイ…」


 小さな声に反応する声は,無い。

 少年にも何が起こったのか全く分からなかった。

 ほんの数分前までは普通の日常を過ごしていたはずなのに。

 久し振りに家族みんなが揃った休日。

 みんなでハイキングにでも行こうと楽しく出かけていたはずなのに。

 自分がトイレに行きたいと街を出る直前に車を止め,近くのコンビニに駆け込んだ瞬間だった。


 突然の轟音と共に世界は一変した。


「どこ行っちゃったんだよ…みんな…」


 ようやく瓦礫から抜け出した少年は,しかし,目の前に広がる光景にその瞳を絶望に染める。


 そこにあったのは,地獄だ。


 賑やかだった休日の街は消え去り,残っているのは各所から立ち上る炎と,周囲から聞こえる悲鳴。

 周辺にゴミのように転がっているのは、先ほどまで人だった物か。

 すぐ近くに停まっていたはずの,家族の乗った車もどこにも無く,どこにいったのかを探す事など,不可能だった。


「あ……?」


 その現実を認識した時,少年は体中から力が抜けていくのを感じた。

 まるで世界がスローモーションになったような感覚。

 自分もここで死ぬのだという確信を持ちながら、不思議と恐怖は無く,そこにあるのはたった一つの疑問だけ。


 ―――どうして,こんな事になったの…


「――それはね、この世界が間違っているからだよ」


 考えても分かる事のないはずのこの疑問は、しかし、少年の意識が途切れる瞬間に聞こえてきた声によって答えられたのだった。



「う…ん……」


 少年が目を覚ましたのは、見た事のないベッドの上。

 どれくらい眠っていたのかは分からなかったが,全身を覆っていた傷もほとんど塞がっており,もう痛みは無かった。


「おや,ようやく目を覚ましましたのですね」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは初老の男性。

 上から下まで真っ黒なスーツを身に付け,頭には長いシルクハットを被っている。


「気分はどうですか?」


 柔和な笑みを浮かべながら,手に持ったカップに温かい何かを注ぐ老人に少年は尋ねる。


「一体,何が起こったの? おじさんは誰?」


 カップを受け取りながら不安そうに口を開く少年に,老人は優しく答えた。


「おじさんはね、君の願いを叶えてあげる人だよ」


 そう言いながら,老人は机に置いてある本を開き,あるページを少年に見せる。


「ほら,ここに書いてある『ヘブンズゲート』を開ける事が出来れば,君の願いは叶う。もう一度家族に会えるし,また一緒に暮らせるよ」

「…本当に……?」

「もちろん。だから,一緒に開けよう。君が寝ている間に,もう準備は出来ているから」

「……うん!!」


 少年は目を輝かせて老人の手を取る。

 老人の言葉を信じ,希望に満ちた少年の目に,もう老人の顔は写っていなかった。


 老人の顔に浮かんだ歪んだ笑みは―――



「さぁ,それじゃあ始めましょうか」


 すぐに二人は家を離れ,森の中に向かった。

 しばらく進むと,老人が書いた不思議な模様が小さな光を放っていた。


「では,この本のこの部分を読んで下さい」

「うん! え~っと…」


 見たことのない文字だったが,隣に立つ老人が通訳してくれるのでそれと同じように言葉を紡ぐ。

 全てのページを読み終えると同時に,辺りは真っ白な光に包まれた。

 思わず目を閉じた少年が再びゆっくりと目を開けた時、目の前には巨大な門が現れていた。


「これが…ヘブンズゲート…?」

「そうだよ,おめでとう。これで君の願いはかなう。ほら,扉を開けよう」

「うん!!」


 少年にはもう何も見えていなかった。

 平和だった頃に戻れるという喜び,また家族に会えるという喜びだけが少年を動かしていた。

 そして少年は,迷う事なく門を開ける――――



「――この感じ…まさか!?」


 少年が門を開けるのと同時刻。

 二人がいる森のすぐ近くで一人の男が立ちあがった。

 真っ黒なコートに,美しい銀髪。

 その右目は大きな傷でふさがれており,服の隙間から覗く肌にもいくつもの傷痕が残っている。


「間に合わなかったってのか…」


 右足に取り付けられたホルスターから黒い装飾銃を引き抜きながら,男は森へと急いだ。



「こ,これは…何……?」


 門を開けた向こう側に広がっている光景に,少年は息を飲む。

 そこにあったのは,どこかで見た景色。

 そう,つい先日見たばかりの地獄がそこには広がっていた。


「なんで…こんな……」

「どうも,ありがとうございました」


 混乱している少年の後ろで老人が笑う。

 慌てて振り返った少年の目に映ったのは,まっすぐ自分に向けられた銃口。

 そしてその先にある,老人の歪んだ笑みだった。


「騙…したんだね…」

「騙してなどいませんよ。だって,死んでしまえば家族に会えるでしょう?」


 開け放たれた門の奥から,目に見えない何かが次々に出てくるのを背中で感じながら,少年は老人を睨む。

 その様子を見て,更に笑みを大きくしながら,老人はゆっくりと指に力を込める。


「さようなら。あなたのおかげで,また1つ計画が先に進みました」


 その言葉を聞き終わらない内に、一発の銃声が少年の耳を叩いた。


「…無事か? 小僧」

「……え?」


 少年には最初,何が起こったのか理解出来なかった。

 気が付けば,自分を殺そうと向けられていた銃は老人の手を離れ,宙を舞い,自分と老人の間に,真っ黒な壁が出来ていた。


「間一髪,ってとこか…」


 そう言いながら笑うのは、壁だと思っていた男。

 男は流れるような動作で右手に持った銃を老人に向けた。


「やっと見つけた…今日こそお前を殺す!」


 そのまま男は躊躇い無く引き金を引く。


「誰かと思えばあなたでしたか……悪魔殺エクソシストし,ファントム!」


 だが、銃弾が当たる直前に老人は煙のように消える。


『残念ですが、今のあなたではまだ私を殺せませんよ』


 後に残ったのは,森に響き渡る,不気味な老人の声だけ。


『デビルズゲートは開かれました。これからは貴方達が逃げ惑う番ですよ,悪魔殺エクソシストし…』


「……ちッ,逃げられたか」


 しばらく呆然としていた二人だが、ややあって男がため息と共に振り返る。


「…坊主、名は?」

「…セツナ・オールディス……」

「そうか…」


 男はゆっくりとセツナと名乗った少年に歩み寄り、その大きな手でぐしゃぐしゃと不器用に頭をなでた。


「怖かったろう。悪かったな、何もしてやれなくて…」


 手つきは乱暴だったがそこに確かな優しさを感じたセツナは,体を強張らせながらも逆らおうとはしない。

 しばらくして,男はセツナと目線を合わせ,真面目な顔で口を開く。


「…セツナ、いきなりでお前も混乱すると思うが、俺はお前にこれからを決めてもらわなくちゃいけない」

「これから…?」

「お前が望めば、俺はこれまで起こった全てを忘れさせてやる事が出来る。お前をまた違う場所で,違う家族と一緒に,今までと同じ日常を送れるようにしてやる」

「………」


 セツナは迷う。

 もちろん,こんな辛い記憶はすぐにでも無くしたい。

 普通の日常に戻れるのなら,戻りたい。


 でも,本当に忘れていいのだろうか。

 母を,父を,や弟を。

 そして今起こった出来事の全てを―――


「――それが嫌なら,俺と来い」

「えっ…?」

「全てを受け入れ,悪魔殺エクソシストしとして生きるんだ」


 男の目は真っ直ぐに自分を見ている。

 セツナもまた,男の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「僕は…」


 もう二度とあんな思いはしたくない,させたくない。


「僕は…戦いたい……」


 自分にそれが出来るかどうかは分からない。

 それでも,逃げたくは無かった。


「僕も…戦えるかな?」

「お前がそう望むなら,俺が戦い方を教えてやる」

「僕は…」


 セツナはゆっくりと手を伸ばす。


「僕のような人を作りたくない…」

「お前なら出来るさ,必ず」


 男は,そう言って伸ばされた手をしっかりと掴んだ。


「――俺は…アイツを許さない!」


 二人の道が繋がったこの瞬間、セツナという少年は日常を捨てた。

 これ以上,自分と同じように苦しむ人を出さない為に。

 苦しんでいる人を救う為に。


 そして、ここから十数年の時を経て物語は動き出す―――




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ