プロローグ
かつて、まだ世界に人類が生まれていなかった頃、この地上は天使と悪魔という互いに表裏をなす二つの種族の争いによって混沌に包まれていた。
世界の支配権を握る為の、終わりの無い争い。
だが,そんな争いも,アダムとイブと呼ばれる2人の人間の誕生によりピリオドが打たれようとしていた。
2人の人間には全く力が無かった。それこそ、天使や悪魔から見れば虫けらのような存在だ。
しかし、自らの死と引き換えにしなければ新しい命を生み出す事の出来ない天使や悪魔と違い、一度の生の間にいくつもの新しい命を生み出す事が出来る人間の繁殖力は,彼らとは一線を画していた。
それを面白く思わない悪魔が疫病などを使って定期的に数を大きく減らすものの、それで繁殖が止まる訳では無い。むしろその逆、種の存続に怯えた人間は疫病に負けないよう、より多く、より強い子孫を残そうと考える様になってしまった。
やがて人間の数は二つの種族を上回り、世界の支配権が次第に人間へと移り変わろうとしていた頃、悪魔は天使にとある提案を持ちかけた。
「この世界は元来我々の物だったはずだ。あの人間とかいう下等な生物にこの世界を渡す訳にはいかない。今は力を合わせ、再び世界を我々の物としようではないか」
「…それは出来ない」
だが、天使達はそんな提案を一蹴する。
「なぜだ?!」
「もうこの世界は私達の物ではない。彼ら人間の物だ。私達は、潔く身を引くべきだ」
天使達は、自分達に無い物を持っている人間を評価していた。
そして爆発的に増え続ける彼等を見て、もう自分達の時代ではなくなったと結論付けたのだった。
「何を馬鹿な事を言っている! あんな下等生物に我等の世界を好きにさせてたまるものか!」
この瞬間から、人間の出現によって危うい均衡を保っていた悪魔と天使の関係は一気に激化する事になる。
人間を抹殺し、自らが再び世界の支配者となる事を目指す悪魔と、人間を守り、新たな世界の担い手となる事を願う天使。
そんな二つの種族による争いは、当の人間達には知らない所で始まり、静かに終焉を迎えた。
「天使共,これで勝ったと思うな! 人間は貴様達と違って完璧ではない。その心に潜む憎しみの心は,いつか必ず我々を呼び戻す。その時こそ,この世界を征服してくれる!」
その争いに勝利した天使達は、もうこの世界に悪魔の脅威が現れないようにと、『デビルズゲート』と名付けた門の奥に生き残った悪魔達を全て封印し,間違っても人間の手が及ばないようにと世界の奥深くへと隠した。
そして,世界の均衡を保つ為に自らも『ヘブンズゲート』と名付けた門の奥に封印するつもりだった。
「だがもし,本当に悪魔の言葉通り,この先人間が悪魔を呼び寄せてしまったら…」
しかし,悪魔の断末魔の叫びは,天使達を迷わせるには十分過ぎる内容だった。
一部の人間は邪悪な者もいるというのは,今まで彼等見守ってきた天使も知っている事だったからだ。
「……ならば,こうするのはどうだろう」
天使達は,邪悪な心を持たない一握りの人間を秘密裏に集め,彼らに力を与えた。
それが,自分の力の欠片をそれぞれの武器に宿した『神具』。
選ばれた人間にしか使えない神具を,いつか復活するかもしれない悪魔との戦いの切り札としたのだ。
こうして天使と悪魔の時代は終わり、人間が完全に世界を支配する時代が始まった。
――だが,天使も人間も最後まで気が付かなかった。
瀕死の重傷を負いながら,生き延びていた悪魔がいた事を。
多くの同胞の亡骸に埋もれながら,静かに憎しみの炎を燃やしている存在を。
そして時は過ぎ――