三。泥船からの脱出
リーマの調教により、ダニエル君は不健全な男の子からすっかり普通の健全な男の子になりました。
時折、リーマを怯えた目で見ているのですが、それは自業自得なので諦めてもらいましょう。
ダニエル君は、リーマの仕事着(死んだ目をしたクマの着ぐるみを着てメイドの格好をしている)に文句を言っていたのですが、リーマはもちろんスルー。
私とセバスチャンもスルー。
確かにメイドとして仕事をするのにあの姿は不気味ですが、案外すぐ慣れるものですよ。ああいうものだと思いさえすれば。
私はというと、相変わらず図書館に籠もる日々が続いています。
貴族の淑女教育はしないのかって?
美幼女な姉を構いたおすお父様とお母様とその他たちにほっておかれて、暇を持て余していた私は、セバスチャンとリーマによる共同作業でその淑女教育を徹底的に仕込まれて、もう必要がないのです。
ですので、この年で図書館に籠もることが可能なのです。
そこで最近、私は美中年な小父様とお友だちになりました。
彼は、リチャード・アース公爵様。
悪役令嬢ネイラ・アースのお父様です。
ネイラ・アースは、婚約者であるベン・ジュピター第二王子様が、ヒロインを愛してしまってそれが原因で嫉妬する。
そして、ヒロインに幼稚でくだらなすぎる嫌がらせを数々する残念令嬢。
ヒロインへの嫌がらせが残念すぎて、他のライバルたちと違って断罪まで行かない。
私は、何もしなくても断罪されたのに!
なんなんですか、この扱いの差!
マジで、ヒドイ!
そういえば、お父様とお母様に会ったのはいつでしたっけ?
最近、全く会ってなかったりするなーと思ってセバスチャンに訊いてみました。
もう、これって『会う』ではなく『遭う』でいいのではないかと思っている今日この頃。
「セバスチャン、私がお父様とお母様と遭ったのはいつ頃でした?」
「そうですね。ヴァージニアお嬢様とお遭いした時以来でしょうか...」
思った以上に、お父様とお母様に私は遭っていなかったようです。
美幼女な姉のワガママに振り回されている両親なので、これからも遭わなければいいなと思ってしまったのは不謹慎でしょうか?
もうすぐ、私の五歳の誕生日。
いつものように、両親に無視されるかと思っていたら呼び出しがありました。
「お久しぶりです。お父様、お母様。ご用件はなんでしょうか?」
とっとと用件を話して早く済ませろやという感じで言ってしまいました。
こんなことをしているうちに、図書館に籠もる時間が減ってします。
無駄な時間は極力なくしたいのに!
私の苛立ちに全く気付かない両親は、
「そうだ。もうすぐ、お前の誕生日だろう。何か欲しいものを言いなさい」
「じゃあ、今すぐ縁を切ってください」
「はぁ?」
もう耳が遠くなってしまったのですか、お父様?
そんな年でないのに、悲しいことです。
セバスチャン、リーマ、笑いを堪えた顔をしないでください。
気付かれますよ?
ダニエル君、なに驚いた表情をしているんですか?
ワガママな姉がいるという没落フラグありの泥船から、今すぐに脱出したいと思うのは当然でしょう。
自己防衛ですよ、自 己 防 衛 !
いざとなれば、人間、自分が一番かわいいのですよ!
そこへ颯爽と、リチャード・アース公爵様登場。
リチャード・アース公爵様が来たことに、驚くお父様とお母様。
リーマに運ばれ、私とダニエル君は強制退場。
それにしても、リーマ。
その姿で、無言の威圧を発しないでください。
私はともかく、ダニエル君が今やだ慣れなくて、顔を青褪めさせています。
お父様とお母様と話をつけたリチャード・アース公爵様は、セバスチャンとリーマを伴って、私とダニエル君を自分のお屋敷に連れ帰りました。