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4.崇拝者登場

4.崇拝者登場



 その日、遅い時間に帰宅すると、何か用事があるような顔で、母が玄関まで出迎えてくれた。



「来週のお見合い、延期になったから」


と、母は言った。



 例のお正月にするはずだったお見合いは、先方の都合で、来週に繰り越されていたのだが、それさえも延期になったというのである。



「なんで?」


マフラーとコートを脱ぎながら松は尋ねる。



「向こうさん、仕事が忙しいらしくて。都合がつかないんですって。時間ができたらまた電話するって」



「ふーん、そう」


と、松は曖昧に返事をした。それを聞いても、がっかりとしなかった自分に驚いた。




 お見合いをしたいのかしたくないのか、自分でもよく分からない。


 松は、徳永さんとの関係を犠牲にした手前、


「お見合い相手が運命の相手になるかもよ」


といった桐子の言葉を、前向きに信じようとしていた。


 が、今松は、延期になったと聞いて、やっぱりほっとしていた。




 やる気がないのなら、いっそ断ってくれればいいのに。


 こんな風に期待をもたされつつ、待っていなければならないのはあまり気分のいいものではない。会った事のない見合いの相手。先方の気持ちが推し量れない分、なんとも落ち着かなかった。




 そんなことをうだうだと考えながら、お風呂上りにベッドの上で寝転がって携帯で遊んでいた。


 待ち受け画面は、初めてニューヨークに行ったときの写真。


 セントラルパークの芝生と木々の向こうにそびえ立つ美しいビル群の写真は、松のお気に入りの一枚だった。



(もし、お見合いをしなくてよくなったと知らせたら、徳永さんは、何て言ってくれるだろうか)



 と、あの時の徳永さんのことが思い出されて、ふと考えてしまう。



「電話してこないでくれ」


と、言い渡されているのだから、このような情報を伝えても、


「だから?」


と、言われるのがオチかもしれない。


 それでも、ふたりのすれ違いの始まりが、松のお見合い騒動が発端だったので、それに対する徳永さんの反応を、つい、あれこれと自分に都合よく頭の中で想像してしまう。




 布団にもぐりこんだ後もなかなか眠れず、手持無沙汰に携帯を弄りまわしていた。


 アドレス帳の徳永さんの番号を出してきては眺め、また閉じる。頻繁にやりとりしていた時の過去のメールを出しては、また、眺めてみる。



 懐かしい英語メールから、旅行前の楽しいやりとりなどが、画面を通じて伝わってくる。


 フォルダにはニューヨークで撮ったいくつもの写真を保存していた。次から次へと眺めていると、徳永さんとの思い出がどっと溢れて止まらなくなった。特に、船の上から眺めたマンハッタン島の写真は、徳永さんが撮ってくれたものだ。



「あそこのビルにも仕事でよくいくんだよ」


と、徳永さんは、松の背後に回って背中からギュッと抱きしめながら、長い腕を突き刺して、雲に着くかのごとく高くそそり立つビルを指さした。あの時の幸せな気持ち、永遠に続けばいい、と思ったあの時の高揚した気持ちが鮮明によみがえってくる。風が強くて寒い日だったけど、心は世界一暖かかった。




(あたしって馬鹿だよな、どれもこれも、終わった事じゃないのさ)


 そう思いながら、こんなに苦しい気持ちになるのなら、あの時の写真をいっそ消しちゃおっかなーと、携帯のボタンを押そうか押すまいか迷っている手が滑って発信ボタンを押してしまった。



(ヤバイ!!徳永さんに電話がかかっちゃう!!!)



 間違っておしたのは、徳永さんの携帯番号だった。


 一瞬、繋がってしまったかもしれないが、慌てて、切るボタンを押した。



 …危なかったぁ。



 ほっと胸をなでおろすが、それほど動揺することでもないなかったカモ。どの道、徳永さんは、松と話したがっていないんだから、着信があったとしても、取ることもなければ、かけ直してくることもないだろうし。



 新システムの仕事が増えて残業の日々が続き、目張りのようなクマができた状態が改善されないまま数日過ぎたある日、松は久しぶりに千歩と外でランチをした。元気のない松に千歩は心配して、あれこれと尋ねてくれた。



「そう言えば、松は、徳永さんとはどうなっているの。連絡とかしているの?」



「ううん、全く全然連絡とってないし、かかってもこないよ」


松は、お気に入りのエビカツサンドをかじりながら、首を横に振り


「いっそ忘れてしまえばいいのにって思うこともあるんだよね」


と、苦笑する。



「そうなの?」


千歩は表情を曇らせる。



「実はさ、この前携帯を弄っている時にさ、間違ってボタンを押して、徳永さんに電話してしまうとろだったんだ。慌てて切ったけど、なんだか後から虚しくなってきてさぁ」


と、松は、自嘲的に打ち明ける。


「こっちから電話しても、あの人、絶対とるはずないし、かけ直してこないにきまっているっていうのにさ。こんな風にウジウジするぐらいなら、いっそ、徳永さんの番号消しちゃった方がいいのかなって思うんだよね」



「なんでかかってこないと思うの」


千歩は言った。



「だって、仕事が忙しくて、電話する暇ないからって、ハッキリ言われているから」



「そうなの?」


千歩は、顔色の悪い松を気遣うように言った。



「うん、そう。すくなくとも自分からは電話しないって断言していたし」




 千歩には徳永さんとのここ最近起こった顛末を詳しく話してこなかったけど、何かと心配してくれるし、この際、思い切って、二度もニューヨークに彼を訪ねたこととか、親から命じられたお見合いが原因で拗れてしまい、音信不通になってしまったことをつらつらと打ち明けた。




「うわぁーそんなヘビーな事になっていたの?大変じゃない」


千歩はとても驚いたようだった。彼女は、話を聞き終って、少し間をおいてから言った。


「でもさあ、今の話を聞いていたら、諦めたくなる気持ちは分からなくもないけど、番号消しちゃうっていうことは、本当に終わりにするってことでしょ?それなら、いっそこっちから電話して話し合ってみたらどうよ。一度ちゃんと声聞いて、言いたいこと言ってから終わりにした方がよくない?」



「だから、電話とってもらえないんだから、話し合いもできないんだってば」



「とってもらえるまで、掛けるのよ」


千歩は言う。


「とってもらえるまで、頑張って何度も掛けてみなよ。ちゃんと今の気持ちをハッキリと言わなきゃ。今の状態で終わりにしても、モヤモヤが残るだけでよけいに心残りじゃないのよ」



「そうだよねー」



 千歩の言うことはもっともだと思う。


 しかし、そういった理由で電話をするのなら、お別れの言葉をハッキリと伝えるということになる。徳永さんとの縁を完全に切る覚悟を持ってかけるということだ。そこまでするだけの勇気は、まだ松にはなかった。



「はぁー」


松は、キャラメルフラペチーノを吸い込んだ。



「あんた大丈夫?だいぶ疲れているように見えるけど」


千歩は心配そうに言った。


「相変わらず、瀬名さんにこき使われているの?」



「んーまあそうだけど。最近は、部長秘書の人とかが、助けてくれたりして、全く救いがないわけでもないから、気分的には少し楽になったよ」


と、松は答えた。


「瀬名さん、相変わらず申請書類のチェックを貯め込む癖が治らなかったんだけど、乙部さんが、わざわざ書庫まで行って、こもりっぱなしの瀬名さんに、書類のチェックをするように忠告しにいってくれたりするんだ。お陰で書類の滞りがなくなって、本当に助かっているよ」



「乙部さんって、松の後ろ側の席に座っている人でしょ?髪の長い、派遣社員の」



「そうそう。あの人、瀬名さんの扱い方が上手いんだ。わたしが瀬名さんに言っても通じないところをうまく説得してくれるんだよね。話があうみたいだし。年齢が近いからかなあ」


松は、何気に言ったつもりだったが、それを聞いた千歩が、隣でだまりこんでしまった。


「ごっごめん、千歩」


千歩の様子に気が付いて、松は慌てて言った。


「別に、乙部さんと瀬名さんはそんな関係ではないと思うから安心して」



「いいんだよ、ショウ」


千歩は溜息をついて、小さく言う。


「同じ部署で働いていたら、そういったことはいくらでもあるじゃん」



「そ、そりゃあそうだけど」


松は、千歩の気持ちを考えると、仕方ないという言葉だけでは済まされないように感じた。松は、慌ててあれこれと考えた。


「こ、今度一緒に食事しようよ。瀬名さん誘って、三人でさ。どう?」



「三人で?」



「うん、今の仕事さ、一週間たったら、ちょっと目途が立ちそうなんだ。それが終わったらでよければ、アタシが企画するよ。この前の合コン、途中で抜けちゃったお詫びにってことで」



「ホント?」


千歩の機嫌がちょっと上がる。



「ホント、ホント」



「じゃ、お願いしようかな」


千歩がにっこり笑ってくれたので、松もほっとした。



「まかせてよ」




 そんなこんなで松はオフィスに戻り、その日のうちに瀬名さんを飲み会に誘ってみた。


素直に、


「この前合コンに誘ってもらったのに、途中で抜けちゃったお詫びに、幹事だった瀬名さんと千歩のために企画したいんです」


って言っておいた。



義理堅い性格の瀬名さんは、


「そういうことなら」


と、ふたつ返事でOKしてくれて、翌週の週末に三人の飲み会が開かれることになった。




 もちろんこの会の真の目的は、瀬名さんと千歩を二人きりにすることである。


 

 松はその状況を作るために、自分は、途中で抜けるつもりでいた。


 携帯のアラーム機能を利用して、途中で自宅から急ぎの用事の電話がかかってくるように見せかけよう。


「家の人が急用で呼んでいて…」


と、言い訳をして帰れば、後はふたりで飲んでくれるだろう。



(突然いなくなったりしたらヘンに思われるかもしんないけど)



我ながら単純な計画(たくらみ)だと思いつつ松はほくそ笑んだ。



(ま、最終的にうまくくっつけば、許されるでしょ)




 飲み会は、会社近くの部署の若手連中がよく利用する居酒屋。

 

 顔が利くから良い席も予約しやすいし、何と言っても安くあげられるのが利点だ。



 約束は六時に現地集合ということにしていた。松は、気を利かせて遅れ気味に行った。千歩と瀬名さんをなるべく二人きりにさせたかったのだ。六時半を頃に暖簾(のれん)をくぐって店に入って行った。



「あの、予約していた花家と言いますが」


 藍色のエプロンを身に付けた、背の高い後姿の店員に声をかけた。ところが振り返ったその男の顔を見て、松は驚いた。


「あれっ、何でここにカイ君がいるの?」



「ここ、オレのバイト先」


と、相手が松だと知っても、カイ君は驚きもせずにっこり笑って平然と答える。


「ここね、週末にしかシフトいれないんだけど、今日は、病欠で休みヤツのピンチヒッターで駆り出されてさ。今日きたら、花家さんの合コンの予約が入っていて、ビックリしたよ。お見合いといい、合コンといい、最近エラク積極的だねぇ」


カイ君は、店員の癖に客に向かって、席に案内もせずに遠慮なくベラベラと言いたい放題やりだした。



「アンタにそんなこと言われる筋合いないわよ」



 別に合コンってほどのものでもない。


 友人同士のただの飲み会だと反論してもよかったが、言い返すのも面倒で、彼を無視して、案内してもらうのを待たずに、奥の方の瀬名さんと千歩が座っているテーブルを探して、自分からそっちの方向に歩いて行った。



 瀬名さんと千歩は、枝豆をオツマミに既にお酒が入っている。松が


「遅くなりましてー」


と、挨拶して席に座った。


 ふたりの顔を見れば、お互いリラックスしていて、会話が盛り上がっているように見えた。松は、このいい雰囲気を維持してもらおうと、自分は今夜は聞き役に回って、なるべく出しゃばらないようにしようと心に決めた。



 カイ君がメモを片手にオーダーを取りに来た。


 松達はメニューからオススメ品を適当に注文した。カイ君は先ほどの減らず口はどこへやら、店員らしい殊勝気な表情で大人しく対応してくれる。カイ君が言ってしまうと、瀬名さんが彼の背中を見ながら言い始めた。



「アイツってここのバイトも徳永さんの口利きで雇ってもらったらしいね」


アイツとはカイ君のことだ。



「へぇ、そうなの?」


千歩が言う。



「一体、徳永さんとどんな関係なんだろうな。オマエ、しっているんじゃねえの?」


瀬名さんは松に話を振った。



 酔いが回ってくると瀬名さんは、松をオマエ呼ばわりする。それがやけになれなれしい感じがして好きでないのだが、仕事上の関係のある相手なので、文句を言えなかった。



「さぁ、わたしもよく知らないんですよね。本当にここのバイトも徳永さんのコネなんですか?」



「なんだっけ?ほら、徳永さん、例の英会話ランチ以外にも、英会話ディナーもここでしていたらしいし。ここのオーナーとダチみたいに親しかったらしいぜ」



 徳永さんがここで英会話ディナーをしていただなんて、松はそんな話聞いたことないという顔で千歩を見たが、千歩も今の話は初耳のようだった。



「お前でも、徳永さんの事知らないことあんの?」


首をかしげている松に瀬名さんが言った。


「親しかったんだろ、つきあってるんじゃねぇの?」



「付き合うも何も、徳永さん、今、ニューヨークだからね」


 松は言った。



「でも、徳永さんの方は、結構お前にご執心だったみたいじゃないか」



「執心というか…まぁ、親しくはさせてもらったけどね」



 松は返事を濁して、答えをはぐらかそうとした。


 今は徳永さんのことを話題にされたくなかったし、語りたくもなかった。


 わたしの話はどーでもいいんだっちゅーの。



 松が答えに詰まっていると、瀬名さんは


「そうだったよな?」


と、確認するかのように千歩に向かって同意を求める。千歩は、松が徳永さんとうまくいっていないのを知っているので、曖昧な笑顔を浮かべるだけだ。その様子を見た瀬名さんは、はぁーっとため息をついたかと思うと、話し始めた。



「女っていうのは、どうもイケメンに弱いんだよな。徳永さんは確かに男前だけど、ちょっと甘っちろすぎねえか?あんなヤツのどこが言い訳?」



 面と向かって徳永さんの悪口を言われて、カチンときた。


 瀬名さんは、松が来るまでにビールジョッキを軽く一杯空にしているようで、既に酔がまわりつつあった。



「なぁ、どこがいいわけ?」


瀬名さんはビールをかっこんで、眉間を寄せて返答を迫ってくる。



 なんで急にこんな風に怒りっぽい口調になったのかよくわからない。


 さっきまでいい感じだったのに、松が加わってから、なぜか急に瀬名さんの口調が荒れ始めた。松は、せっかくの雰囲気を台無しにしたくなかったので、さっさとこの質問を終わりにしたくて


「そんな風に言われても、徳永さんとは、つきあっていないから分からないや」


と、軽く答えておいた。



「そうなのか?」


瀬名さんは目をまるめる。




“そうなのか?”




 真実はそうではない。


 …そうではない、


 と、思っていたかったけれども、付き合おうと言われたこともないし、付き合っていると確認しあったこともなく、好きだとも言ってもらったこともいないのだから仕方がない。



 少なくとも現在は、


「連絡をしないでくれ」


と言い渡されている関係にあるのだから、赤の他人とほぼ変わりない状態に近いような感じがする。松は、この言葉を言ってしまってから、むちゃくちゃ落ち込んだ。


「付き合っていない」


と言う事を、自分で認めてしまったような気になったのだ。



「そうか」


 瀬名さんは、ちょっとほっとしたような表情になって、質問をやめてくれたが、どこか満足そうな顔になっていることに、頭の中に別の考えでいっぱいになっていた松は気が付いていなかった。



 その晩はそれ以降、徳永さんの話題はでてこなかったが、困ったことに、瀬名さんは松にばかり話しかけて、千歩の方がエキストラのような役回りになってしまっていた。


 

 松はなるべく千歩に話を振ろうと頑張るのだが、瀬名さんの方が、松相手に、仕事の話や、共通の話題を持ち出すので、千歩が口を挟む隙がなかなかできなかった。


 瀬名さんは、酒飲みで、酔いが進めば進むほど、人の話を聞かなくなっていく傾向がある。


 千歩がだんだんと、足を組み替えたり、短い相槌しかいれなくなると、松は、一層、千歩の気持ちが手に取るように分かってきまずさを感じられずにはいられなくなった。


 

 これはヤバイ。



 そう思った頃、やっと八時近くになり、松のセットした携帯アラームが軽快な音をならし始めた。


 松は、携帯電話を持ってあわてて


「すみません」


と言って、席をはずした。


 そして、物陰で電話をしているふりをして数分後に席に戻って来た。



「あの、すいません、ちょっと急用ができちゃって」


松は瀬名さんと千歩に言った。


「家の人に、用事が出来て早く帰ってこいって言われちゃって、ホント、申し訳ないんですが先に帰らせてもらってもいいですか」



 瀬名さんは、酔っぱらって目を真っ赤にさせて、椅子の背もたれに頭をのっけてぼんやりと松の姿を眺めていた。



「オマエ、また帰るの?」



「えっ?」



「この前の合コンの時も、一次会で帰っただろ。あの後、場が醒めちまって気分わるかったんだよな」



「…すいません」



「もうちょっといろよ。まだ、飲み始めたばっかじゃないかよ」


 瀬名さんは、ネクタイの結び目に人差指を入れてぎゅっと緩めた。


 怒っているような顔。


 電話がかかってきたフリをして出たけれど、携帯アラームだって気づかれてしまったのだろうか?



「瀬名さん、ショウを帰してあげた方がいいと思うよ。ショウの親御さんって、結構うるさいらしいから」


千歩が気を遣って、横からフォローしてくれる。



「もうちょっといいいだろ」


瀬名さんは酔っぱらっているからなのか、単に、機嫌が悪いからなのか、聞く耳をもってくれない。


「まだ、親にガミガミ言われるほど、そんなに遅くないじゃないか」




 松は、カバンを持って席を立とうとしていたが、機嫌の悪くなりそうな瀬名さんと、自分をかばおうとしてくれている千歩を置いて帰ることができなくなり、大人しく席に座り直したが、さっきまでの楽しい空気が一転して気まずくなってしまったので、場が続かくなってしまった。


 そんな状態でオロオロしているところに、後ろから


「花家さん」


と、声をかけられた。


 カイ君だった。




「花家さんに、お店の方に電話がかかってきていますよ」



「お店に?」


松は目を丸めた。


「誰から?」



「おうちの方みたいですよ」



 松は、なんでウチの家の人が、ここの店に電話をかけたりするんだろうか、と思ったが口には出さなかった。今日は飲み会があると言って出てきたが、店の名前なんか知らせてこなかったのに。


 松は、不思議に思いながら、


「すいません」


と言って、席を立ってカイ君に言われた通り、お店の電話がある方に歩いて行った。


 カイ君はレジ近くにあるお店に設置してあるグレー色の受話器を松に手渡した。



「電話なんてウソ」


カイ君は受話器を耳に当てて、「ツー」という機械音しかなっていない電話に首をかしげている松に向かって言った。


「こうでもしないと、あの人、解放してくれねぇだろ?」


 カイ君は、松がさっきまで座っていたテーブルの方に顎をしゃくった。



「カイ君…」


 

 じゃ、この人、さっきまでの私達の会話を聞いてたっていうの?



「帰りたきゃ帰るって、もっとハッキリ言うこと言わねェと。アンタ、あの男に目ぇつけられてんだぜ。分かってんの?」



「へ?」


何を言われているのか分からず更に首をかしげる。



「そんなことも自覚してねぇの?隙ありすぎ」



「自覚って、何を」


松は、受話器を下ろさない状態で、カイ君に問いかける。



「アンタが店に来るまで、あの人、千歩さん相手に時間つぶしているような感じだったけど、アンタが加わってから、酒の量は増えるし、饒舌(じょうぜつ)になるし、アンタの方ばっか見て喋っているばかりか、さっきから絡まれていただろ。誰が見たって、一目瞭然じゃねぇか」



 確かに、瀬名さんは、松に向かって一方的に話を振っていた。まるで独演会のようにひとりでベラベラ喋っていた。


 仕事の話を話題にしたがる瀬名さんにとって、自分は都合のいい聞き役だと思われているのだと、単に松はそう思っていた。



 相手がわたしなら喋りやすいと思っているの…?




 よく分からない。




 よく分からないが、これでは作戦失敗だ。




 千歩と瀬名さんをくっつけるつもりで企画した飲み会なのに、こんなんでは、逆に千歩を傷つける結果になってしまう。




「オマエ、何でこんな会、企画すんだよ」


カイ君は忌々しそうに言う。


「それとも、あの男に気ぃあんの?」



「気があるってどういうことよ?」



「一緒に酒飲んで、その気にさせてぇのかって聞いてんだよ」



「そんなわけないでしょ!わたしはただ、千歩と瀬名さんを接待したくて…」



「ふぅーん」



「この前の合コンの二次会を遠慮しちゃったお詫びに、飲み会を開いただけよ」


カイ君は、ただ、にやにや笑っていた。



「でもあの男はどうだろうな」


と言って、カイ君は壁の影から少しだけ首を伸ばして、瀬名さんと千歩の座っている席の方をチラリと見た。


「あんなに分かりやすいアピールしてんだ。いくらそのどんくせぇお前でも、いい加減気づくだろ」



「何がよ?」



「あの男、お前に惚れてる」



「嘘」



「嘘じゃねえぇ。賭けてもいい、絶対ぇだ」



 松は、口をぽかんとあけて絶句した。



「口説かれるのが嫌なら、さっさと、席戻って、もうお開きにしちまうことだな」



「は?」


松は何を言っているのだろうかと思った。



「さっき、携帯に電話かかってきているような振りしていたじゃねぇか。本当は、抜けたかったんだろ?」



 松は、まだ声が出なかった。


 なぜこの男はそこまで知っているんだ。



「ほら、早く行って」


彼は、言った。


「あの人の目的はアンタなんだから、アンタが帰るって言えば、今日はお開きになるよ」



 松は、言われた通り、受話器を耳元から離してカウンター台上の電話に戻した。


 そして、席に戻って行った。



「どうしたの、松。本当におうちの人から電話だったの?」


千歩が心配そうに聞いてきてくれた。



「家から店にまで呼び出しがあるとは思わなかった」


 と、松は何気ない風を装った。


「うちの親、相当テンパっているみたいなんです。お隣の家の方が亡くなって、親は今、町内会の班長なんですよね。お通夜とかお葬式とか、色々しないといけないみたいで、手が足りないってうるさくて。申し訳ないですが、ここで失礼させて下さい」


 松は有無を言わさず、はっきりと述べると、席に座ることなくカバンを持ち上げた。



「そっか」


瀬名さんはあっさりと言った。


「じゃ、今日はもう帰ろっか」



「へっ?」


思いもよらない展開に松は固まってしまった。



「せっかくの飲み会なのに、企画した幹事さんがいなくなっちゃ申し訳ないだろ?」


 

「そんな、わたしに気にせず、千歩とここで飲んでてくださいよ」


 松は一生懸命になって言った。



「オレ、もうだいぶ飲んだし」


 瀬名さんは、聞く耳もたずと言った具合に内ポケットから財布を取り出すと、松や、横で黙って成り行きを見守っている千歩のことをちらりとも見ずに


「お会計!」


と、店員に声をかけた。


 カイ君がやってきて、会計をしてくれた。




 瀬名さんは立ち上がって


「じゃ、カイ、またな」


と、カイ君に声をかけていた。



「はい、また会社で」


と、カイ君も愛想よく言う。




 ズンズン進む瀬名さんの背中を、松と千歩が追い駆ける様な形で、出入り口にあたふたと向かってついてゆく。



 途中、カイ君とすれ違った。



「ほら」


カイ君は勝ち誇ったように松に話しかけた。


「言ったとおりでしょ」



 松は思わず足を止めて、カイ君の顔をまじまじと見た。


 その時のカイ君は、店員の顔に戻っていた。彼は


「どうもありがとうございました」


と、丁寧にお辞儀をして私達を見送っていた。



 翌朝、松は、ロッカールームで千歩と一緒になった。



「おはよー、昨夜はお疲れ様」


と、松は声をかけたが、千歩は、


「お疲れ様、昨夜はありがとう」


と、口少なげに言っただけで、すぐに俯いてしまい、


「じゃ、急いでいるんでまたね」


と言って、行ってしまった。



まずい…



 昨夜のことで、千歩がどう思っただろうか。


 もともと千歩は、瀬名さんが松に気があるのではと疑っていた。


 昨夜の瀬名さんの態度で、その疑いはますます確信に近づいてしまったのではと心配になった。



 評判通り、瀬名さんは、お酒が入ると空気が読めなくなる上に自己中を通したがる困った人だった。


 三人での飲み会なのだから、話したい話題があっても、双方に平等に話を振ってくれてもよかったはないか。



 千歩に、もっと気を遣って欲しかった。



 どうしてああも無神経なんだろうと思うと、まったくやりきれなくなる。


 かといって、瀬名さんは年が近いとはいえど上司…無暗に文句は言えない。



 上司ならもっとしっかりしろよとも思う。


 仕事は押し付けてくるし、興味のないこと以外はいい加減だし、本当に世話が焼ける人だ。



 その日は幸いにも、瀬名さんは一日中人事部の会議に出ていたので、顔を合わせずに済んだ。お昼になったので松は社員食堂に行った。


 桐子がいなくなったことで一人ご飯が増えたように思う。


 モクモクと食堂で味気ないご飯を食べ、食器を返却しに行った場所で、カイ君とばったり会った。



「やあ昨夜はどうも」



 カイ君は、にっこりとさわやかな笑顔でこちらを見下ろしている。


 その綺麗な顔立ちに思わずうっとりとなってしまうとろこが悔しい。


 本当に、顔の傷さえなかったら、徳永さんの上を行くかもしれないとも思うことがある。




 いやいやいや。




 徳永さんよりカッコいいだなんて、褒め過ぎだ。


 彼ほどカッコいい人が世の中にいるわけがない。


 松は、彼が少しも素敵だなどと思いたくもなくて、彼の顔から視線をはずした。



「昨日の居酒屋のバイトも徳永さんの紹介ってホント?」


と、松はおもむろに尋ねた。



「居酒屋だけじゃなくて、夜のコンビニのバイトもそうだよ」



「本当に親しいのね。徳永さんとは親戚かなんかなの?」



「親戚?まぁ、そんなもんだね。ま、ヤツのお陰で仕事にありつけているんだから感謝はしているよ。そのせいで頻繁に連絡取りあわなくちゃならないのが面倒だけど」



「連絡って、電話?まさか会いに行ったりしているの?」



「ニューヨークまで早々行ったり来たりで気ねぇよ。最近はもっぱらメールかな」



「そんなに頻繁にメールしているの?」



「んー、そんなに頻繁にって言う程では…せいぜい二日か三日に一回ぐらいだけど」



 二日か三日に一回?忙しくて電話もメールもできないと言いっていた徳永さんが、カイ君にはそのぐらいの頻度でやりとりをしているという事実を聞かされて、松の心は、深く沈んだ。




 カイ君は、呆然と固まって自分の世界に埋没している松の手にあるトレイをそっと手に取ると、自分のお盆と一緒に、スマートな手つきで返却棚に返してくれた。



「そーいえば、お見合いどうだった?」



「はっ?」



「お・み・あ・い。お見合いだよ、するって聞いたけど?」



「わたしがお見合いするって、徳永さんがあんたに言ったの?」


 と、松は、強い口調で尋ねる。



「あったりめぇだろ、でなかったら知っているわけないだろ。だから、結果がどうだったか、向こうに知らせてやろうと思ってさ。きっとヤキモキして結果を聞きたがっているだろうから」




 この男は何を言っているのだろう?


 松は思いっきりカイ君を睨み付けた。


 松は、徳永さんがヤキモキするはずないと心の中でツッこんでいた。



「で、どうだったのよ」


カイ君は、松の睨みなどおかまいなしに、返事を促してくる。



「延期になったのよ」


松は、ぶすっと短く返答した。


「まだしていないの。あんたには関係ないでしょ」



「関係ねぇけど、聞くぐらいのこといいじゃん」


カイ君は面白くてたまらない話題を見つけて、楽しくて松を離したくないようだった。


「しかしまぁ、ナンだな。なんでアイツがいるのに、お見合いする気になったんだよ?」



「親の勧めだからよ」



「ふーん、親の勧めねえ。親が勧めなら、何でも言うこと聞くってわけ?」



「何でもってわけじゃないけど、色々と事情もあるのよ」



「事情ってどんな?」



「どんなって…」


うまく説明できずに口ごもってしまう。


「どんなって色々よ。よ、世の中にはねぇ、本音と建前って言うもんがあって、自分の気持ちだけで割り切れないことがあるの。したくなくても義理を通さなければならないことがあるの」



「義理ねぇ…」


そう言って、カイ君はちょっと、遠い目をした。



「そうよ。育ててもらった恩っていうものがあるでしょ?」



「ふーん」



「あんただって、そのうち大人になって社会に出たら分かるわよ」



「オレ、一日、十四時間も働いているんだぜ」


突然低い声になったので、松はビクっとして顔をあげてカイ君の顔を見た。彼の顔はさっきとはうってかわって非常に真面目だった。


「オレにはあんたみてぇな義理を感じるような親はいねえけど、バイトして毎日真面目に働いている」



「えっ、ご両親いないの?」



「オレは、働いた金だけで自活している。オマエみてぇに親と同居して、スネかじってノンビリ暮らしていねえよ。ウナギみてぇに、言うこととやることをクネクネと曲げたり変えたりするそのへんの連中と一緒にしねぇで欲しいな。アンタ、オレがまだ十代で高校生だからって舐めてんだろ。社会がどうのと言われたかねぇ」



「ご…ごめん」


彼の迫力に気おされて、思わず謝ってしまった。



「別にあやまる必要はねぇよ。ただオレは、アンタと違って、筋の通らねぇことは絶対にやらねぇ主義でね、やりたくもねぇことを、なんだかんだと理由をつけて流されるヤツの気持ちがわからねぇだけだ」



「ごめん、わかったよ、言いすぎた」


松は降参した。



「わかってくれたらいいんだけどさ」


カイ君の口調がまたコロっと変わる。


「で、お見合いって、いつすんの?」



「だから、アンタには関係ないって言ったでしょ」


 松は、話を戻されてしまって、うんざりとした気分になり、この場を離れてやれと歩き出した。


 食器トレイの返却場所みたいな所で長々と話していたくなかった。松は彼を置いて歩き出した。



「ほんっと、分かんねぇ。あんた、いつまででも同じ状態が続くと思っているわけじゃねぇだろうな。人の気持ちはコロコロ変わる。アイツだって、いつまででも待てるわけじゃねぇ。そして、もてねえ男でもねぇ。近づいてくる女ならいくらでもいるんだぜ。若い男がニューヨークのど真ん中で独り暮らしをしてんだ。ほっときゃ、何が起るか想像つきそうじゃねえか」



「何が起るかって、何よ」


松は、答えが分かっているような質問を思わずしてしまった。



「そういやさ」


カイ君は質問に答えず、松の後ろ側からコソっと耳元でささやいた。


「この前、アイツのうちに、女が泊まりにきていたって言ってたっけな」



「女?」



「寂しい男の一人暮らしを慰めてくれる女友達がいたって、不思議はねぇよな」



「女って誰?」



「さぁて」


彼はまたニヤニヤした。


「気になる?」



「べっ別に…」


と言って、松は視線を逸らした。



「元の奥さんだよ」


と、彼はあっさりと教えてくれた。



「元の奥さんて、去年離婚したっていう奥さんのこと?」


松は両目を見開いた。



「そ、ついこの前離婚したばっかりだっちゅーのに、あの女、最近頻繁に出入りしているみたいなんだよな。いったいどういうつもりなのかね~?」



 

 カイ君は、他人事のように、いや他人事だからなのだろう、面白がって語尾をわざと高くあげてからかうような声をあげる。




「どういうつもりって、どういう意味なのよ」


松は、おちょくっている彼にツッコむ余裕すらなく、ついうわずった声になってしまった。


「なんで、元の奥さんが徳永さんのところに出入りしたりすることがあるの」



「さぁ、向こうもアメリカ暮らしで、仕事で時々ニューヨークに行くこともあるみたいでさ、その都度遊びにいっているみたいだっていうこと以外、オレも知らないけど」



「なんで」


松はそこまで言って、次の質問が喉の奥が干からびて続きを言うことができなくなってしまった。


 なんで別れた奥さんが、どんな用事であれ、ニューヨークを訪問することがあるからと、それを理由に、元の夫のところに遊びに行く必要があるのだろうかと、言いたかったのだ。




「ま、もともと、奥さんの方は離婚に反対だったみたいだし」


カイ君は言った。


「隙あらば、復縁を狙っているのかも?」



「うそ、本当?」



「本当かどうかは知らないよ。これはあくまで、オレの想像。彼女に聞いたわけじゃないから」



「そうじゃなくてさ。奥さんがもともと離婚に反対だったっていうのは、本当なの?」



「それは本当」


カイ君はハッキリ言った。


「本当は、もっと前から男の方から離婚の申し出はあったのに、奥さんが嫌がって長く決着がつかなくて、昨年やっと調停がまとまったんだって、オレは聞いているけど」




 そうだったんだ…




 以前、彼の家のベッドの下から口紅と化粧ポーチを見つけたことがあった。あれは明らかに、あの部屋で女の人が泊まっていたことを意味していた。ひょっとしてあれは奥さんの持ち物だったのではないか。




 徳永さんのような、イケメンで絵にかいたような3高のところに、長く女の虫がひっつかないことはあり得ない。彼は、その中から選びたい放題に、好きな女の人と付き合うことができるのだ。それは、彼の別れた奥さんであっても不思議はないのだ。




 「人の心はコロコロ変わるものだから」




 そうだとすれば、徳永さんの心はもはや松のところにはもうなく、今この時、一緒に、話したり、笑いあったり、食事をしたり、慰め合ったり、抱き合ったりできる女が彼の側にいるのかもしれない。




「なんて顔してんのよ。そんなにショックなら、確認すればいいじゃねぇか」



「確認って、どうやって」


おずおずと尋ねる。



「そりゃ、メールするとか電話するとか、色々方法あるだろ」



「そんな…そんなことできないよ」




 徳永さんからはもう電話もメールもできないと言い渡されている。




「ふーん」


彼はそう言うと、お手上げと言った具合に、両掌を上げた。そして


「じゃ、しゃぁねぇわな」


と言った。


「できねぇなら、仕方がねぇ」


ともう一度言った。




 そうだ、電話なんてできるわけない。



 かけたって、取ってもらえないかもしれない。



 それならいっそ、このまま徳永さんのことなんかスッパリ忘れて次の恋をさがせばいいのだと思う。



 でもわたしにそれができるだろうか?




『一度電話してみれば?出てもらえるまで電話をしてみれば?』


 と、千歩が言ってくれたように、掛けてみようか。



 でも、掛けて何を話すというのだろう。



 今誰かと付き合っているのかと尋ねる勇気など臆病な松にはなかった。




「ちょっと待ってよ、わたし、どうしたらいいと思う?」


松は、命綱のように松を置いて歩き出そうとしていたカイ君のシャツの裾をひっぱって呼び止めようとした。他に掴むところがなくて、シャツの裾が中からズルっとでてきてしまった。



「おい、ズボンからシャツが出ちまうじゃねぇか」


カイ君は、不意打ちに慌てて、掴まれたシャツを引っ張り返した。


「こんな所で、妙な気をおこすんじゃねぇよ、バカ!」



「そっちこそ、言いたいこと言って、逃げるなんて酷いじゃない!ねぇどうすればいいか相談に乗ってよ」



「オレは言いたいことを、好き放題言ったわけじゃねぇ。事実をそのまま伝えただけだ。後は自分で考えてなんとかしな」



「なんとかしなって…」


松は、力なくシャツから手を離した。



「てめぇの人生だろうが、自分で何とかしろって言ってんだよ」


そう言うとカイ君は、シャツの裾を直して、やってきたエレベーターに乗って行ってしまった。




 松が次何か言おうと口を開いたとき、カイ君の姿はもうそこにはいなかった。


 エレベーターホールはお昼を終えた人がたちこめていて、その人ごみの中に松は取り残された。





 その日、松が帰ると母親から、


「お見合いは次の土曜日になったから」


と言い渡された。



「その日は美容院の予約を入れてあるから、予定しておいてね」


と、嬉し顔。



 お見合い…。



『なんで好きなヤツがいるのに、お見合いなんてすんだよ』



 というカイ君の言葉が頭にリフレインする。


 

 とっさに



『育ててもらった義理があるから、嫌なことでもしないといけないこともあるの』


 と、言い返す自分のセリフもよみがえってくる。


 それに応じて、



『お見合いなんて、いい加減な気持ちでするもんじゃない。親御さんが勧めてくれるのなら、君の幸せを考えてのことだろうと思う』


 と言った、徳永さんのあの言葉が、先のふたつの会話に呼応してグルグルグルグルと頭の中でまわっていた。




 私の幸せ。




 私の幸せって何だろう?




 親の言うことを素直に聞くこと?




 自分のしたいことをすること?




 好きな人の言うことをきくこと?




 幸せの意味がはっきりとつかめない松には、それのどれも選ぶことができないような気がしていた。




<5.電話越しの喧嘩> へ、つづく。

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