38.新年
38.新年
約束通り、大晦日は、松は、徳永さんと一緒にあちこち外出し、一日中英語漬けで過ごした。
夕方にはスーパーで買い物をし、徳永さんの寮の部屋で夕食を作り、二人で作ったものを、二人きりで食べた。
日本語の会話でもなく、男女の関係をニオわせるような甘いムードなど微塵もなかったけれど、これらの体験は、先生と生徒、先輩と後輩という垣根を超えて、二人の関係が、一層親密なったような錯覚を起こさせ、松にとっては、これまでにない、記憶に残る楽しい年越しになったのだった。
深夜近くに、弟のカイ君から迎えに来てほしいと電話があったので、そのついでに、寮の部屋をでた。
「あれ?この車どうしたんですか」
寮の駐車場には、いつもの神楽さんのセダンとは違う、小型車が停まっていた。
「ああ、これ中古なんだけど昨日買ったばかりのホヤホヤなんだよね」
「徳永さん、車買ったんですか?」
「義己が買え買えってうるさくってさ。いらないって言ってんのに、あいつが勝手に決めてきちまって。まあ強制的に買わされたようなもん」
強制的に?
なんでそこまで車が必要なのか。
事情は分からないが、松にとっては悪い話ではない。徳永さんが神楽さんの車を使わずにに済むと思うと、なんとなくほっとしている自分がいた。
駅でカイ君をひろったあと、車は松のアパートに向かって走り出した。その車中で、カーラジオから新年を伝える味もそっけもない零時を知らせる時計音を聴いた。カイ君はボロ雑巾のようにくたびれ果てて爆睡していたけど、松は徳永さんと一緒に、「今年もよろしく」と、ありきたりな新年のあいさつを交わした。
松は、生まれて初めて、家族でない人達と共に、故郷から遠く離れた場所で、新年を迎えたのだった。
「しっかり戸締りをして、暖かくして寝ろよ」
部屋の前まで送り届けてくれる徳永さん。
さよならを言い、戸を閉めると、松は、いそいそと部屋を横切り、エアコンのスイッチをいれる前にそっと窓をあけ、帰ってゆく徳永さんの車を窓からこっそり視界にいれた。
凍てつくような肌にさす外の寒さを、頬にチクチク感じながら、鈍い銀色の車体が見えなくなるまでじっと見送った。
去年の今頃は徳永さんにフラれたばかりで、思い切り落ち込んでいていたっけ。
一年後、こうやって一緒に新年を迎えられるだなんて夢のように感じられる。
あれからいろんな事があったよな。
徳永さんが死んでしまったかもしれないと考えたこともあった。
あの時の言葉にできない絶望を考えたら、今、こうやって徳永さんと同じ空間に居て一緒に過ごせるだけでも、嘘みたいに幸せな事なのだと、そんな事を考えながら、さっきは、車中で、流れてゆく暗闇を背景に浮かび上がった、徳永さんの鋭角にとがった美しい横顔をうっとり眺めてばかりいた。
エアコンのスイッチをいれて、お風呂をいれにバスルームに向かう。
風呂が出来上がるまで、デッキのボタンを押して、英会話のテープを流し、散らかった部屋を片付け、寝具をなおし体を動かしながら、頭を英語モードにした。
最近は、昔みたいに「上達しているんだから自信を持って」などと、優しい言葉をかけてくれることはめったにないけれど、近頃は、わずかではあるが上達を感じてくれているようだった。
松もまた、違和感なく英語が耳に入ってくることが多くなり、それが小さな自信に繋がってきているのを実感していた。
今年はどんな年になるのだろうか。
徳永さんはニューヨークに帰ってしまうかもしれない。
そして、松は、試験が待っていた。
これら上記の予定が履行され、または目標が達成された場合は、二人の関係はどうなってしまうのだろう?
そして、松の徳永さんへの想いはどうなってしまうのだろうか。
未だ松には、一歩先の未来すら、想像つかずにいた。
『花家ちゃんから迫ってきてくれるなら、大歓迎だよ』
冗談めかした口調であっても、視線だけは射貫くように真剣で、おいでと広げた両手がやたらとセクシーだった。
『その調子で、次は、自然に押し倒してくれればいいんだけどなあ』
思い出すだけでも、体中の筋肉が硬直し、カッと両頬が火照ってしまう。
以前彼はこんな冗談すらも口にしなかった。
態度はもっとしゃちこばり、言葉数も少なかった。
松との間には、常に一定の距離があったように思う。
社内試験に受かって親会社の契約社員になることができたら…
そしたら、どうなるだろう?
結局は松が東京に居つくことができても、徳永さん自身がニューヨークに帰ってしまえば、今のようにしじゅう顔を突き合わすことはできない。いや、それ以上に、徳永さんが松以外の女性を選ぶような可能性は、今現在ないわけではない。
『オレにウンと言わせる心得がわかってきたというか』
何言ってんだろうな、あの人。
松には、徳永さんをウンと言わすようなコツなど心得るどころか、自分が彼を制御できるなど考えた事もないというのに。
不安は常につきまとっていたが、松はもはや、覚悟を決めていた。
どんな事態が起ころうとも、彼が誰を選ぼうとも、松は現実を受け入れようと思っていた。
その年の年始は一月四日の金曜日だった。
翌日の土日が休みなので、家族連れで田舎に帰省する連中も多いのだろう、オフィスは人気が少なかった。
人気が少ないのはいいことだ。誰にも邪魔されずに仕事できるし、それに今日は仕事とは別にやりたいことが他にあった。実は年始にとんでもない事実が発覚して、松は少々焦っていた。
出社して一番に新年のあいさつを交わしたのは、徳永さんでも部署の南田さんや鈴木さんでもなく、貿易実務でお世話になっている津山さんだった。
ビルのエントランス一階で彼女とばったり出くわしたのである。
「あけましておめでとう!今年は社内試験だよねえ、頑張ってよね」
と、笑顔を向けてくれる津山さんに、松は神にすがるような思いで彼女に飛びついていった。
「津山さぁぁん」
松は、あいさつもそそこそに、いきなり彼女に泣きついた。
「わたし、わたし、どどどど、どうしましょう!」
「は?どうしちゃったの??」
いきなり泣きつかれて、津山さんも目をまるくする。
「年始に社内試験の過去問を全科目解いていた見たんですけど、大変な結果がでてしまいまして…」
涙目で松は津山さんに訴える。
「え、どうして?年末に模擬試験したときはそんなに悪くなかったじゃないの」
津山さんぱ目をパチクリさせている。
津山さんには年の瀬の忙しい時期にも貿易実務の勉強をみてもらっていた。そのときは、成績も伸びてきていてなとなく手ごたえを感じていたのだが…
「ぼぼぼ、貿易実務じゃないんですよぉ。実は簿記が…」
「簿記?」
「簿記の点数が、思いっきり下がってしまって」
そうなのだ。
簿記なら勉強しなくても満点に近い点数がとれるとタカをくくっていたために、全くと言っていいほどテキストにすら目を通していなかったのだ。秋のテストでもそう悪くなかったし。
「なんで急に点数が落ちちゃったわけ?」
「そんなこと分かったら、こんなにショックを受けていませんよぉ。とにかくカンが戻らないというか、要領がつかめないというか」
「そういわれてもねえ」
津山さんも困り顔だ。
そうだよね、津山さんは簿記については詳しくない。
「簿記だけでも勉強せずにすんでいたのに、ショックです…」
「そうでしょうねえ」
津山さんは同情をこめて言った。
「でも、なんというか、わたしも簿記はもともと得手じゃないし、頑張ってとしか言いようがないしねえ」
津山さんに愚痴っても仕方ないのはわかっているのだが。
英語や貿易実務はともかく、元の子会社では経理課に所属し、経理のエキスパートと呼ばれる人達からも一目置かれ、誇りをもって仕事をしていた松にとって、簿記の点数が下がってしまうなど、耐えられない事であった。
(はぁ~、ただでさえ色いろと用事があって時間ないのに、勉強しなくちゃならない科目がこれ以上増えるだなんて勘弁してよねえ)
嘆いていても仕方ない。今日は時間をみつけて簿記のテキストを洗おうと思っていた。
津山さんと別れてオフィスのあるフロアーにあがり、気合をいれるために、とりあえず目覚めの飲みものでも買おうかと部署横の休憩室に顔をだした。
そこには知っている顔が三つもそろっていて、どうやら直前まで顔をよせて話をしていたようだ。松が入っていくと、ぴたりと口をとめて、一斉に顔をこちらに向けた。
「あら、花家ちゃん!あけましておめでとう」
と言ったのは南田さんだ。
「年始そうそう、早いんだね」
その隣にいたのは、鈴木さん。
そして、
「あけましておめでとう。今年もよろしくな」
と、ステレオタイプな挨拶をさわやかスマイルを浮かべて述べてくれたのは、徳永さんだった。
「あけまして、おめでとうございます」
首をかしげながら自販機に近寄る松。
「みなさん、どうなさったんですか?内緒話?」
「別に、内緒話なんかじゃないわよ」
南田さんは普通に喋っているが、笑いをかみ殺しているかのが丸わかりだった。
「年末に花家ちゃん、ものすごく酔っぱらっていたでしょ?あの後、大丈夫だったのかなあって、みんなで話をしていたところだったのよ」
松はとたんに気まずそうに顔をひきつらせた。
「あ、あの日は、南田さんにご迷惑をかけちゃってすいませんでした」
「あ、じゃあ、わたしが家まで送って行ったところまでは、記憶にあるんだ」
「あ、はい、覚えています」
うん、南田さんと一緒にタクシーで帰って、家まで連れて行ってくれたことは記憶にあるんだよね。
「じゃ、オレがあの後、花家ちゃんの携帯に電話したの覚えているかな?」
鈴木さんが言った。
「電話?」
「かなり足元おぼつかなかったからさ。酔っぱらって、大事になっていないか気になってかけたんだよ。電話で床に寝ちゃだめだとか、鍵をしっかり掛けろとかいったはずなんだけどね」
「え、そうなんですか?」
それは全然覚えていないぞ。
「そんな電話くださっていたんですか?全然記憶にないです」
鈴木さんは、やっぱりね、と、残念そうにため息をついた。
「覚えていないだろうとは思ったけど、やっぱりそうだったか!残念だなあ、なあ、一己?」
と言って、鈴木さんは意味深に笑みを含んだニヤニヤ顔を徳永さんの方に向けた。
なんで、なあ、一己、なんだ??
「すみません、鈴木さんから電話をくださったんですか?知らなかっただなんて申し訳ないです」
松は、恐縮してあたまを下げた。
「だけど、それが何か徳永さんに関係あるんですか?」
「関係あるんですかじゃないでしょう?」
南田さんがじれったそうに身を乗り出した。
「え?」
「あの後、何があったの?」
好奇心いっぱいの南田さんの顔。
「わたしが帰った後、何があったの?徳永さん教えてくれないんだもの、ねえ、教えてよ」
何がって…
そりゃ、と言いたいところだけど、残念なことに実際の松には記憶にない。
徳永さんの方を見ると、徳永さんはなんてない顔で飄々とコーヒーを飲んでいる。
「いや、その」
「別に何もなかったって言っているだろ」
と、徳永さんはぶっきらぼうに言った。
「だから、徳永さんに聞いていないんだってば、ねえ、花家ちゃん、教えてよ、あの後、何があったの?」
「しつこいよ」
と、徳永さんはうるさそうに言った。
「花家ちゃんは答えなくていいから」
「もぉー、少しぐらい教えてくれたっていいじゃない!ねえ、花家ちゃん」
「あ、あの、そのですね。ですからわたし、あの後の事は覚えていないんですよ。朝起きたら布団の中で」
「本当に?」
「はい、本当です」
南田さんと鈴木さんはお互い顔を見合わせ、しごく残念そうに、はぁ~っと、ため息をついた。
「俺らの努力も水の泡かよ」
と、鈴木さんは小さくつぶやいた。
「は?努力??」
「いや、なんでもないよ」
鈴木さんはそういうと、残念そうに首を振り、徳永さんの肩をポンポンと叩き、
「ごくろうさま」
と言って、休憩室を出て行った。
南田さんも、鈴木さんと同じような顔で、
「まあ、そういうこともあるよね、あはは」
と、わざとらしい笑い声をあげて、その後をついていった。
休憩室に徳永さんと共に取り残された松は、首をかしげて二人の背中を見送った。
「あの日、オレは君の家に行かなかった事にしているから」
と、徳永さんは言った。
「え?」
「あそこは一応、民間アパートと言えども女子限定の借り上げ社宅だからね。男のオレが出入りしていると知られるのは外聞が良くない。だまっておくから、花家ちゃんもそのつもりでね」
「あ、はい。わかりました」
そうか、気を使ってくれているんだな、と納得して、熱いコーヒーを口に含んだ。
「しっかし、なんで、鈴木さんと南田さんは、南田さんがわたしのアパートから帰った後、何があったかもしれないって思うんでしょうねえ。だって、徳永さん、あの日の飲み会にいなかったですもんね」
「・・・・・・」
徳永さんは、紙コップに唇とつけて反応をしようとしない。彼は、返事をしない時は、飲み物を飲むか、飲むふりをして話をはぐらかそうとするんだよね。
「そもそも、徳永さんはどうしてわたしが酔っぱらっているって知ったんですか?」
松は言った。
「誰に聞いたんですか?」
「だけど、オレが行ってよかっただろ?案の定、具合悪くして、ゲーゲー吐いているの介助してあげたんだよ?」
「それはありがたいと思っていますけど…わたしの聞いているのはそうではなくてですね」
「・・・・・・」
「なんで、あの時、徳永さんがわたしの部屋に来たのかと、今でも疑問におもっているんですけど…」
松が言葉を途中でとめたところで、バチっと目があってしまった。
徳永さんは、眉毛をハの字に垂れて、許しを乞うようにボソリ言った。
「勘弁してよ、花家ちゃん」
「は?」
「こういう事は黙っていた方がいいこともあるんだよ」
その日は、午前中誰にも邪魔されずに自分の仕事に没頭するつもりで、松は、古い資料を整理したり、たまった書類を片づけるつもりだったが、アサイチから隣の海外事業部の例の但馬さんから呼び出されて、ネチネチネチネチ一時間以上も、彼女の無駄話につきあわされた。
改変予定のシステムのデザインは、この辺は改善されているんでしょうね?と、彼女は確認をしたかったようだが、すべてがすべて彼女の希望通りに改良されているわけではない。
なぜできないのか、そうならなかったのか、その理由を説明するのに延々と時間をとられたのである。
但馬さんの担当の業務はほとんど徳永さんと神楽さんが担当している案件に関わることなので、隣に座っている神楽さんにも一緒に話を聞いてもらおうと、彼女の方に話をふるも、今日の神楽さんは新年早々、虫の居所が悪いのか、少しも松の方を見ようともしないばかりか、
「うるさく話をするなら、会議室にでもいってよ」
と、言われる始末。
いつもなら但馬さんがヒステリーを起こしまくって、神楽さんがいさめる側なのだが、今日はまったく逆で、神楽さんの機嫌は最悪で、隣の島に座っている、南田さんや鈴木さんにまで伝わるほど、おっそろしく荒れ狂っていた。
「どうしたのかしらね~神楽さん、今日はえらく機嫌悪いじゃない」
と、コソっと南田さんがつぶやく。
「何かあったのかしらねー。鈴木さん、知ってます?」
「あまり深く詮索するなよ。アイツの家、親父さんが病気で色いろと忙しくしているんだよな。変に噂たてたりするんじゃないぞ」
「はーい」
と、南田さんは返事をするも、
「ひょっとしてさぁ、神楽さんさ、徳永さんと喧嘩して別れたとかじゃないのぉ?」
と、松にコソっと耳打ちしてきた。
「えっ?」
その言葉にドキっと胸が締め付けられる。
「ほらさあ、なんか徳永さんとの会話、ぎこちなくない?いつもは夫婦みたいに、あうんの呼吸で会話しているのに、今日はなんだか、距離をおいているみたい~」
「へ?わたしにはわからないけど?」
いくら後ろの席で、会話が自然と耳に入ってくるとはいっても、表情が読み取れないので、詳しいところはわからない。
「あのふたり、別れたのかしら?」
南田さんがズバリ言う。
別れた?
別れたということは、やはり、前提として付き合っていたということなのだろうか、と胸がしめつけられるような好奇心に駆られたが、触らぬ神に祟りなしということで、その日、松はそれ以降神楽さんに話しかけることはしなかった。
昼休憩になり、松はひとりで社内食堂に上がって行った。
年始のあいさつ回りで忙しい徳永さんは社内にいなかったので、簿記のテキストを見ながらひとりランチをしようと思っていたところに、食堂の席で、とんでもないオジサマから声をかけられた。
「キミはええと…」
オジサマは松の斜め向かいに食器のトレイを置いて、松の顔を見て怪訝に首をかしげている。
「どっかで見た記憶があるんだけど、思い出せないな。どこかで面識があったかな?」
向こうが知らなくとも、松はこの人が誰だかよく知っていた。
松はテキストから目をはなして体中を硬直させた。
目の前にいるそのロマンスグレーのそのオジサマこそ、徳永さんの上司であり、やり手で有名なニューヨーク支社長の斎賀さんだったからだ。
松は自分から自己紹介をしようかどうか迷った。
松は斎賀さんの事を見たことが幾度もあれど、紹介してもらったこともないし、挨拶もかわしたこともなかった。
が、幸か不幸か、相手のほうが先に思い出したようだった。
「ああ、そうそう!徳永君が英語を教えている子会社から長期出張している子だろ?僕、ニューヨークで支社長をしている斎賀っていうの。ここに座っていいかな?」
やっと思い出したようで、ニコニコ笑っている。
親会社の役員まで務めるエライお方だというのに、非常に気さくな態度で松に向かって話しかけてくるだなんて、松はまったく面食らって、言葉もでなかった。
「名前はええと」
「あっ、失礼しました。わたくし花家と申します。花家松です、初めまして」
松は慌てて、立ち上がり頭を下げて挨拶をした。
徳永さんの上司にあたる人だもん。失礼のないようにしなくちゃ。
「徳永がえらく気合いを入れて英語を教えている子だって聞いているよ。社内試験をうけるんだってね?」
斎賀さんは、ブリの照り焼き定食に箸をつけながら、愛想よく話し始めた。
「あ、はい、徳永さんにはいつもお世話になっています」
「あの徳永のねぇ」
彼はじろじろ松を点検するような眼でこちらを見ていたが、その視線は優しかった。
「かわいい子じゃないか。なあ?」
彼は横に座っている同伴の男性に同意を求めた。
「そうですね。徳永にはもったいないですねえ」
「あいつが○○(松が在籍している子会社)に出向しているときに知り合ったんだって?」
と、斎賀さんは松に話しかける。
「あ、はい。そうなんです」
「忘れ物をとどけたりとか、徳永がえらく世話になったって聞いているよ。どう、アイツ?結構世話がやけるでしょ?あの徳永だもんなあ」
なんて言っている。
あの徳永?
どの徳永??
なんなんだ、しかも、この方は何でわたしの事をそんなにも知っているんだ?
「いえそんな。世話がやけるのはわたしの方で、徳永さんにはいつも迷惑かけているんですが」
「あっはっはっは、そうなのかい?」
「英語がなかなか上達しないので、きっとイライラさせていると思います」
「あいつは昔から目をかけたヤツには厳しいよ?」
斎賀さんは大口で皿の中身を平らげていくが、松は緊張のあまり食べ物が喉を通らなかった。
「システム課は忙しいって前から聞いているけどね」
と、斎賀さんは言った。
「大変だとは思うけどね、あいつね、結構きつい事を言う事もあるけど、それは見込みがあるからなんだよ。だからあまりメゲる必要もないから。なあ、そうだよな?」
彼はまた隣の同伴の男性に話を振った。その人も、うんうんとうなずいている。
その後、彼は気さくな態度を崩さず、ニューヨークの話などををして、早々と昼を食べ終わり、席をたっていってしまった。
「じゃあね、話せて楽しかったよ。またね」
「あっ、はい。失礼します」
またね?
またがあるのだろうか?と、思いながら、頭をさげた。
彼らは、松の後にきたというのに、松がまだ半分も食べ終わらないうちに席をたって、彼らは食堂を去って行った。
いったい何なんだ。嵐のようだ。
松は、簿記のテキストを見る気も起こらず、食事をつづけた。
斎賀さんって見た目静かな雰囲気の人なのに、あんなに愛想がよくておしゃべりな人だっただなんて意外だ。
っていうか、わたしにまであそこまで愛想を振りまく必要ないと思うんだけど…
昼食をすませて食堂を出た。
時間があまっていたので休憩室に寄ろうとしたら、エレベーターホールから休憩室に向かうコート姿の徳永さんの背中が見えた。
ああ、外回りから帰ってきたんだ。
徳永さんの姿を見るだけでうれしくなってしまう。
スキップしそうな勢いで、松はその後を追いかけて行った。
いつもはこの時間の休憩室は人が多いが、年始のためか今日は彼しかいなかった。
「今からお昼ですか?」
自販機で熱いお茶を買っている徳永さんに話しかけた。
彼の黒のコートのポケットには松が送ったイタリアンレザーの手袋の端がちらっと見えていた。それを見てとたんにうれしくなってしまう私ってば現金だよなあ。
「いや、新年のあいさつ回りで、帰りに外で食ってきたよ。花家ちゃんは昼飯は終わったの?」
「あ、はい。食べました、時間があまって休憩室に寄ろうと思ったら徳永さんの姿が見えたから」
「ああ…」
コホンと咳払いをして、徳永さんにしては照れたように微笑んだ。そして、かがんでペットボトルのお茶を取り上げ、
「じゃ、オレに会いたくて休憩室に来てくれたんだ」
だなんて言い出した。
「あ、別に、そういうわけじゃ」
いやいや、そういうわけなんだけどさ。
「そうじゃないの?」
徳永さんは意地悪くツンとすまして松を見下ろしている。
「そりゃ残念だなあ」
「え」
何なの、急にスネちゃって。
「花家ちゃんになら、いつでも大歓迎なのに」
「は?」
「だから言っているだろ、花家ちゃんから迫ってきてくれるなら…」
「会社なんですから、そんな事ここで言わないでくださいよ」
何を言い出すと思ったら。
松はほとほとあきれてしまった。
「徳永さん、この前からそんな事ばっかり言っていますよね。どうしちゃったんですか?」
「?別に、思っている事をそのまま言っているだけだけど?」
いや、そんなわけないでしょ。
からかっているのまるわかりだし!
「もお、そんな事ばっかり言っているんなら、わたし席にもどりますよ」
松は飲み物を買って休憩室の外に出ようととしたところ、さっきの食堂での出来事を思い出して松はハタと足を止めた。
「あ、そういえばさっき、食堂で斎賀さんに話しかけられまして」
「斎賀さんに?」
斎賀さんの名前が出たとたん徳永さんの反応が急に仕事モードにかわった。
松は、かいつまんで先ほどの出来事を徳永さんに説明した。
徳永さんは緩んだ笑顔から一転して、難しい表情で話を聞いていた。
「斎賀さんが私の事をご存じだなんて、びっくりしました」
松は率直に言った。
「それに、子会社から長期出張しているとか、英語を教えてもらっているとか、社内試験をうけるつもりでいるとか色いろご存じだったみたいで」
まるで、事前調査をされているかのようだったのだ。
「ふうん」
ものすごく難し顔で考え込んだ後、彼はこういった。
「な、なんででしょうね?」
「そりゃまあ…」
そりゃまあ?
「ほら、あれだろうね」
「あれ?」
「あれだよ、斎賀さんも若い女の子が好きだから、花家ちゃんと話したかったんじゃないのかな?」
「はあ?」
「オレと斎賀さんはそういうところが気が合うんだよね。オレとしては、斎賀さんには花家ちゃんを紹介したくなかったんだけど」
「は、なんでですか?」
「だから、斎賀さんが花家ちゃんを気に入っちゃったら困るだろ?向こうは妻の子もいる身なんだから、変な気を起こさせても悪いし」
松は眉を寄せ、思い切り首を傾げた。
そんなわけあるわけないでしょ。
何を言っているの、この人。
だが徳永さんは大まじめな顔で言っている。
「オレが英語教えているっていうことで、花家ちゃんけっこう社内で有名になっているみたいだから、それが耳にはいったんだろうね。だけどね、あの人恐妻家で有名なんだよ。下手に斎賀さんに気に入られて、奥さんの耳に入ったら大変だよ。以前、会社に乗り込まれて問い詰められたこともある女性がいたみたいだから、あの人には近づかない方がいいよ」
「え、そうなんですか?」
会社に乗り込まれる?
そんなバカな。
そんなコワイ奥さんがいるの?
それに、品のいい、素敵なジェントルマンに見えたのに。若い女の子に目がないだなんて。
「今度から彼とはあまり人前で話したりしない方がいい」
と、彼はビシリと言った。
「はあ」
「まあ、斎賀さんもすぐにニューヨークに帰るからもう会うこともないとは思うけどね」
松の疑問とは別に徳永さんは、大真面目な表情を崩さずに言った。
いったいどういうことなのか。
「ああ、話は変わるけど、オレ明日から十日間、海外出張なんだよ」
「あ、そういえば、そうでしたね」
十日間も会えないのか。寂しいよな。
「英語、さぼるんじゃないよ。帰ったら、また上達具合をチェックするからな」
「はい」
あー、また鬼教師の顔になっているよ。
松は、今、成績がさがってしまった簿記の方が頭がいっぱいで、英語の事が頭からとんでいた。
鬼の居ぬ間の十日間に簿記の復活を企んでいるだなんて知ったら、この鬼みたいな顔はどんな風になっちゃうんだろうか。
「ちょっと、話聞いている?」
「あ、すいません、聞いていませんでした」
「だから、二週間後の土日、あけておいてくれるか?って言っているんだけど」
「え、でも、海外出張明けでお疲れじゃないんですか?」
「うん、きっと時差がひどいから、出張明けに三日ほど有給をとって休むことにしている。その後の土日だよ。前から有給を消化しろって言われていてちょうどいい機会だと思ってさ。それに、手伝ってほしい事があってね」
「手伝ってほしい事?」
あれ、英語のレッスンじゃないのかな?
「引っ越しをするんで、手伝ってほしいんだよ」
「引っ越し?」
「寮を出て、義己と部屋を借りて一緒に住むことにしたんだよ。アイツの寮さ、年末年始や盆休みとかいさせてもらえない事が多くて、何かと不便していたみたいだし、いい場所がみつかったから一緒に住まないかって話になってね」
「へえ、そうだったんですか、どこに引っ越すんですか?」
話を聞いてみると、徳永さんの新居は、会社につながる沿線の駅で、松の家からよりも、今より二十分以上も近くなるとのことだった。
「荷物はそんなにないけど、細かい整理とか掃除とか、手伝ってもらいたくてさ」
松の気持ちは急速に上がった。
松の家から近くなるうえに、引っ越しの手伝いのような超個人的な事を頼まれるだなんて、なんだかとてもうれしくなってしまったのだ。
「いいですよ」
なんといっても、英語をタダで教えてもらっている身だし。
「よかった」
「引っ越し業者さんを呼ぶんですか?」
「いや、家具とかほとんどないし、衣類と日用品だけだから、車を数回往復させてすまそうと思っている」
「車って、この前買ったっていうあの車ですか?」
「そ。やっぱり、自前の車があるとこういう時便利だよね」
と、彼はにっこりと笑った。
松も笑ったが、ふともう一台の車の事を思い出した。
「神楽さんも引っ越しの手伝いをするんですか?」
「え?」
「神楽さんにも車を出してもらったりするんですか」
隣の部屋に住んで、ゴハン作りあうよう仲なら、引っ越しの手伝いもするのかと思ったのだ。
「いや、あいつは手伝わないよ。ちょうどその日は、親父さんが施設に通う日だから、留守にしているんじゃないかな」
「施設に?じゃあ、その日は徳永さんはそちらの方にお手伝いにはいかないんですか?」
「神楽の親父さん、だんだんと回復してきているようで、ひとりでだいぶ動けるようになったんだ。だから、家族だけの助けでいけそうなんで、オレの手伝いはいらないってこの前の時言われたんだよ。今後はもう彼女の家に行くことはないと思うし、それで車も返すことにしたんだ。寮もでるしね」
「えっ、そうなんですか?ああ、じゃあ、それで車を買うことにしたんですね」
「あれは義己が欲しいと言っていたからなんだけどね」
徳永さんは意味深に一呼吸おいた。
「だけど、こういう時はやっぱり便利だろ?誰かが訪ねてきて夜遅くなったときに、家まで送ってあげたりとかできるもんね」
「夜遅くなったとき?」
「この前、花家ちゃんがウチに遊びに来てくれたようなときとか送ってあげられるでしょ。ふたりきりでドライブできるし一石二鳥だ」
あ、そっか。
松は顔を赤くなるのを止められなかった。
いや、ふたりきりでドライブだなんて何言ってんだ。
不意打ちにそんな事言われて、必要以上に意識してしまった。ちょっとどうしていいかわからないんですけど!
「今度から、ウチに来放題だよ」
にっこりと笑う徳永さん。
「え?」
「門限も入場制限もないし、監視もいない」
あ、なんかのスイッチはいったみたい。せっかくしまった顔になっていたのに、ニヤついているよ、この人。
「いや、そのですね、徳永さんの家に行くような用事も、そんなにないと思いますし」
「そうかな?結構あると思うけど?」
「は?」
「××線の沿線だよ?会社の帰りにフラっと寄りやすい。駅からも歩いて十分で、国道沿いで道も明るいしね。だから夜遅くなっても大丈夫」
「いや、あの、夜遅くなったらなおさら、行くことはないと思うんですけど」
「だから、夜遅くなった場合は車で送ってあげられるって言ってんの」
いやいやいや!それちょっと違うでしょ。
「その、遅くなりそうな場合は、寄るような事、よけいにないですから!」
「寂しい事を言うんだね」
徳永さんは、スネたように目を細める。
「だから言っているだろ、オレとしてはね、花家ちゃんから迫ってくれるなら…」
徳永さんはそういうと、彼はペットボトルを持っていない方の手を、おもむろに、松の腰近くにすっと差し出してきた。
え?
「オレはいつでも大歓迎だって」
またこのくだりだ。どうしてこういう話の流れになってしまうだかわからない。
いい加減慣れてしまった松は、はいはいわかりましたと言って、その場をそそくさと出て行ってやるか、悩まし気に伸びてきた彼の手の甲をバチンと叩いてやろうかと思ったそのとき、彼が松の背後の入り口付近に視線をやっている事に気がついた。
その眼は、さっきまでの冗談めかした緩いものではなく、攻撃対象を見つけた獣のような鋭いものに変わっていた。
徳永さんは、松の腰を半分抱くような、中途半端なところで手をとめた。
どうやら今のセリフは松だけでなく、松の背後にいる人間にも聞かせるつもりだったらしい。
松は振り返った。休憩室の入り口には、天野さんと南田さんが立っていて、こちらを凝視していた。
「徳永さん、嫌がる女性に無理強いするのはよくないと思いますよ」
天野さんも外回りの帰りなのだろう、コートを着て、ビジネスバッグを持っていた。
その横には、南田さんがニヤケ顔を必死に抑えていた。
「別に、無理強いなんてしちゃいないよ」
徳永さんは、クールに言った。
「そんなことないでしょ?花家さん、嫌がっていたじゃないですか?」
天野さんは自販機までちかよってきて、コインをいれてスイッチをいれた。南田さんはわれ関せずといった顔で双方の顔を眺めている。
「べ、別に嫌がっているわけじゃ」
と、松はおたおたと弁明する。
「そう?だって、ものすごく嫌そうな声に聞こえたから、てっきりセクハラだと…」
「まさかそんな」
松は、あまりにも天野さんが真面目に言うので、本当に誤解されたのではないかと思った。
「徳永さんは冗談で言っただけで」
「へえ、冗談だったんですか?」
天野さんは、挑戦的に徳永さんの方に向き直った。いったい何なんだ、この人、喧嘩売るつもりなんだろうか。
「オレは冗談なんて言ったつもりはないよ、一言も」
徳永さんもまた涼しい顔をして、松の腰近くに置いた手を動かさずに、ふんずりかえっている。
「でもさっき、花家さんに家にこいって迫っていましたよね?」
「英会話の授業をするのにちょうどいいから、家においでと言ったまでだよ。それのそこがセクハラになるんだ?」
「だって、今、花家さんの方から迫ってくれるなら大歓迎だって言っていたじゃないですか。ちゃんと聞いていましたよ」
と、天野さんは言った。
おい、いったいどこから私たちの会話を聞いていたんだよ。
松は恥ずかしくなって、穴を掘って埋まりたい気分になった。
「その通りだよ」
徳永さんは、超然としていた。
「花家ちゃんから迫ってくれるのは歓迎するけど、オレの方から迫るとは一言も言っていないよ。それのどこがセクハラになるというんだ?」
「花家さん、本当?」
天野さんは、くるりと顔をこちらに向け松に確認をとろうとした。
「徳永さんから迫られていたんじゃないの?」
「いえ、別に、そういうわけでは」
事実、車の中でいきなりチューしようと迫ったり、帰らないでとひきとめたり(記憶にないけど)したのは松の方で、徳永さんから迫ってきたのは一度だってないのだ。
「そんな事はないです」
「そっか」
天野さんは納得したらしい。
「てっきり、花家さんが迷惑してるものだとおもったものですから。誤解だったようで、失礼な事を言ってすみませんでした」
と言って、天野さんは意外にもあっさり引き下がり、素直に徳永さんに向かってあやまった。そして、静かにその場を立ち去って行った。
「もうすぐ一時だよ。早く戻れよ」
天野さんの姿が見えなくなったのを確認しから、徳永さんはそう言って、松の腰からようやく手を放し、先にオフィスに戻って行った。
「おアツイわねー」
南田さんは、ヒューっと口笛を吹き、肘で松をつっついた。
「警戒心まるだしだったじゃない。あんな徳永さん初めて見たわよ!」
「は?」
「で、花家ちゃん、徳永さんとはドコまでいったのよ?いい加減教えてくれたっていいじゃないのよ~」
「だから、わたしと徳永さんはそんな仲ではないですから!」
「でも、天野さんは完全に敵意むき出しだったわね」
南田さんは言った。
「やっぱり、あの人、花家ちゃんの事が好きなんだろうね」
「南田さん」
いい機会だと思って、松は単刀直入に聞いてみることにした。
「南田さんって、ひょっとして天野さんの事が好きだったりします?」
「そうね、わりかし」
「わりばし?」
「わりとっていう意味よ。でも、基本的に他の女に目が行っている男には興味ないのわたし」
「はあ、そうなんですか」
「だからさ、あなたさっさと、徳永さんとくっついちゃいなさいよ。そうすれば天野さんだって、フリーになるんだし」
「はあ」
「この会社にもよ、天野さん狙いの若い女がワンサといるわけよ。長々と、ひとりで二人も売れ筋商品をキープにしていたら、あなたさあ、女の恨みを買うわよ」
「え?」
それは困る。
「こうやって色いろと協力しているんだし、これからもしてあげるからさ、だからね」
「協力って」
松はこの時点でやっとピンと来た。
「ひょっとして、あの飲み会の日、わたしが酔っぱらっているの徳永さんに知らせたの、南田さんなんですか?」
「そうよ、やっとわかったの」
彼女はシレっと言った。
「正確に言うと、わたしがせかして鈴木さんから徳永さんに電話するように言ったのよ、だってわたし、徳永さんの携帯番号しらないし」
ああ、やっぱりそうだったのか。
「何ていったんですか?」
松は、詰めよった。
南田さんは、答えずにニヤニヤしてる。
「南田さん、徳永さんに何て言ったんですか?」
「言えと言われてもねえ」
「南田さん!!」
「あの日ね~徳永さん、あせっていたみたいよ」
南田さんは、おかしくてたまらないらしく、腹をかかえている。
「ちょっと、鈴木さんが盛って話したもんだからかなり慌ていたみたいだし。あの日、花家ちゃんの家に飛んで行ったんじゃないかな?」
「盛って話したって、どんな風に?」
たちまち松は激しい好奇心にかられた。
「それは、わたしの口から言えないわ~」
南田さんはクツクツと笑っている。
「あの冷静な徳永さんでも、あんな風になるんだなって、鈴木さんは言っていたけれど。でもねえ、花家さん一言いっておくけどさ」
「はい?」
「徳永さんと付き合うことになっても、まわりにはやっぱり伏せておいた方がいいとおもう。それは、鈴木さんも言っていた」
「どうしてですか?」
「あの人、社内でも出世頭でしょ?次期社長の斎賀さんからも目をかけられているぐらいの。ということは、ものすごく目立つ立場なわけよ。あなたが付き合っているとわかれば、政治的に利用されかねないから、って鈴木さん、言っていた」
「政治的って、どんな風に?」
松は南田さんに話を促した。
「どんな風に利用される可能性があるんですか?」
「さあ、それはわたしにもわからないけどさ」
南田さんは答えた。
「でも、用心はしておいた方がいいとは思うの」
ちょうどそのとき、午後一時を知らせる鐘が鳴った。
「あ、ベルがなっちゃった。もどらなきゃ」
ふたりは駆け足で部署に戻って行った。
「遅いぞ」
目が三角になった鈴木さんからさっそく怒られた。
「すみません」
後ろの島から電話が鳴り始めた。
徳永さんは既に仕事モードになっていて、いつものキビキビした口調で海の向こうの人と流ちょうな英語で話し始めた。
政治的に利用される?
その意味がわからず、誰かに確認もできないまま、翌日徳永さんはニューヨークに出張にでかけていった。
<39.周囲の思惑①>へ、つづく。




