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非リア同盟参加企画

頑固者と猫と天然

作者: 告心

なんでもない話。後日談をいつか書くかも

「へっくしょい!」


 辺りに雪が降り積もる中、何とも乙女らしくないくしゃみを一つ。

 しかしそもそも全ての女が乙女である必要があるわけでは無いからして、今私が何ともオッサン臭いくしゃみをしたとしても何の問題もない。


「いや、そのくしゃみは流石にどうかと」


 何の問題もない。


「いくらお前が女を捨ててるような半生を送ってきたからって言っても、ある程度のマナーは必要なわけで、せめて公共の場所でのくしゃみをもうちょっと小さくするとか考えないと変な目で見られるのは仕方ないんじゃないかと」


 何の問題もない。


「というかそもそもこの季節に長袖とは言えシャツ一枚っていうのがおかしいよ。せめてコート羽織ってよ。ほら、持ってきたからさ」


 何の問題も……


「せめてティッシュくらい貸してあげるっていうのにそれも無視して鼻水垂らすのは流石に色々と「シャラァァァァップ!」っておわ!」


 色々と目障りだった目の前の蠅を叩き潰すために、私は全力で拳を放った。腰が入った素晴らしい一撃はしかし忌々しいことに、ひらりと横に避けられる。


「そこは男なら堂々と受け止めろ! ひっぐし!」

「嫌だよ! ってかまたくしゃみしてんならそろそろコートくらい羽織れ! そして鼻水拭けよ!」

「ふん!」


 差し出してきたポケットティッシュを奪い取り、一枚を外に出して鼻をかむ。これ見よがしに辺りに音を立ててみるものの、眼前の男はそれくらいのことでは目くじらを立てるような男では無かった。ちくしょう。


 ずずーっと何とも品の無い音を立てて鼻をかんでいると、そんなツッコミも入れてくれない冷たい男から声をかけてきた。


「なあ西堂さいどう……せめて一度戻らないか? 冷え切ってる身体もあったかい物でも食べれば少しはましになるだろうし、少なくとも厚着をしてからだったらお前も寒くないだろ? その間、ここでは俺が待っとくからさ」

「何度言われても答えは変わらん。私は私の愛猫の帰巣本能を信じてここで待つ」

「はあ……」

「なんだその溜息は」


 私の胡乱げな視線に、肩を竦める男。おのれ、もやしの分際で。


 しかしもやしとはいえ、奴は考える脳を持ったもやしなのだ。その意見が果たしてどれほどに正しいかなんて、いくら私の知能指数が残念でもしっかりと理解できている。

 ただ、今の私は理性なんて知ったこっちゃないだけなのだ。合理性と論理性を追求する生き方を尊敬している私ではあるのだが、こと家族の問題に至ってまでそんな頭のいい生き方を選択できるほど賢くは無い。

 そう。寒空の下、ただひたすらに身を屈めながらこうして大通りの銅像の前に座り込んでいるのも、一重に我が最愛の家族の一員である”みゃーこ”が帰ってこないからこそなのだ。


 私が両親に我儘を言って三年前から飼い始めた猫、みゃーこ。処女雪を思わせる白い体毛と、最上級の輝きを見せる金の瞳。肢体にはしなやかな筋肉を纏い、その軽やかな動きでいつも私を翻弄したあの愛らしくも憎らしい隣人。


 あれだけ頑張って世話や躾をしていたというのに、専ら懐いたのは二つ下の弟にだった。次いで、母、父、妹と、私は何と家族の中でも最下位の人気しかなかったのだ。おのれみゃーこ。そんなに私のつけた名前が気に食わなかったか。


 そんな愛猫であっても愛猫は愛猫なのだ。というかそもそも愛着や感情が籠っていなければ愛猫などという恥ずかしい呼び名を心の中でもするわけがない。凡そ三日前から姿を消したみゃーこを探して勝手知ったるこの町を東奔西走した後は、果たして彼女はどこにいるのかと首を傾げながらも、彼女と初めて出会った場所であるこの銅像の前で待ち伏せしているのだ。


 我ながら随分と非論理的である。そもそも猫が初めてあった場所を覚えているかどうかという根本的な問題だって存在する。だというのにこんなところに寒さを堪えて座り込んでいるのだから、私も相当に頭がゆだってきているのだろう。


 だがしかし、あのみゃーこが素直に家に帰ってくるとは思えないのだ。それならば、家に帰ってくるかどうかは家族に任せ、私はこうやって外でみゃーこを探す方が効率的ともいえるのである。


 そんなわけで私の中ではこの雪でも降りそうな寒空の下でじっとしていることにも結論が出ているわけではあるのだが、そんな原動力の八十パーセント以上が理屈じゃない感情による行動に、他人を巻き込むのはどうだろうとも思っているわけだ。それが友人ともなればなおさらである。親しき中にも礼儀ありという諺だってあることだし、ここは素直にもやしにも家に戻るように言って置かなくてはいけない。


「大体だな。私がここでみゃーこの帰りを待っているからって、無関係の友人のお前まで一緒に待つ必要は無いだろう」


 取り敢えず挫けそうな精神を、みゃーことの思い出を思い出すことで叱咤しながら、私は十年来の友人であるもやしこと紫藤しどう忠久ただひさへと声を掛けた。


 だが、返ってきた言葉は「そうか? 逆に友人だからこそ一緒に待つのが筋だと思うんだが」という何ともきざったらしい台詞である。これだからこの男は好かない。


 日頃はいい加減な口調でへらへらしているくせに、何かしら親しい奴の一大事となったら梃子でも動かないのだ。おのれ、みゃーこといいもやしといい何でそうも私のいうことを聞かないのだ。


「……ふん。そんな重い了見をしているから友達が少ないんだ」

「別にたくさん欲しいわけでもないからな」


 悔し紛れに言葉を放ってみても、相手に痛手を負わせるには全然足りていない。実際、話し合いてもおらず、孤独に誰かを待つ時間というのは非常に長く感じ、心にも辛いものがある。その点、日頃もやしだなんだと言い合いをしている悪友の忠久であっても、傍にいるというだけで私の意地も折れていない面があるので、強気に当たるのも恩知らずになってしまう。


 結果として、私はここから奴を帰らせることが出来ないのだ。自分の精神的な弱さが忌々しい。いつも罵倒を浴びせていた自分はどこへ行ったのだろう。


「……うう。流石の私でも弱気になっているのか。いや、そんなことは認めんぞ!」

「…………いや、だからっていきなり叫び出すのもどうかと思うんだけど。人がこっち見てるよ」


 自らの心を鼓舞するためにも、一度叫ぶように声を出す。もやしが隣で何かを言っているがそんなものは気にしない。無論、見ず知らずの通行人など気にも留めない。


 握った拳を空高く振り上げて、とりあえず目についた星の方角へと叫ぶように宣言する。


「そんなもん知らん! 私は己の心が折れないためにもなんだってするぞ! どうせならここで一発筋トレでもして熱を発生させるべきかもしれんな……ってあいた!」

「悪いな。妄言は吐かせてもいいが、奇行だけは止めてくれってお前の家族に言われてるんだ。やらせてはやれん」


 そうやって気炎を吐いていたというのに、何とも空気を読まないもやしのチョップが頭に直撃した。

 地味に勢いがあった手刀は、私の頭の上で実に子気味のいい音を立てて、私の瞼の裏に星を散らした。


 つまり、非常に痛い。もやしは食べても脂肪がほとんどつかない体質の為、骨ばってて堅い手をしているため、本当に痛い。少し涙目になって蹲る。


 というか、妄言は良くて奇行は駄目ってどういうことだ、わが家族よ。


「いきなり何をす……というか私のことなのだから私が好きにしても……」

「それで世間体が悪くなって「将来娘がお嫁に行けなかったら本当に困るので止めてください」って縋りつかれて言われてるんだよな。ついでに「姉の奇行を止めてくれないならどうかお嫁に取ってください」って弟妹にも脅された。つまりお前以外の家族の意見が全員一致してるってわけだ」

「私の結婚を心配するなど余計な世話だぞ!」

「それを俺に言うなよ……」


 何とも疲れ切った表情で返してくるもやしを見るに、どうやら奴も相当我が家族に苦労させられたと見える。なんだかそれを見るとあえて追い打ちをするには躊躇われる感情がどこからか湧いてくるような気がする。


 なんだかんだで十年来。こいつは私の家族とも親交があるし、私もこいつの家族と親交がある。故に、こうして今みたいに互いに互いのことを頼まれたりするわけだ。かくいう私も奴の両親に「忠久が本当に食事をとっているか偶にでいいので確認してください」と頼まれていたりする。この男は食べる時は人の三倍は食べる大食いの癖に、よく食べることを忘れて三日位何も食べていないことなどざらにあるのだ。実に不摂生だから直せというのに、よく食い忘れてぶっ倒れるもやしを何度保健室に運んだことか。


 高校の時はもっと酷かった。あの時は母親から弁当をもらっていたことすらも忘れていたという有様だった……毎回食事を見張っていた実に苦労した記憶が脳裏に浮上してくる。


 それはともかく。


 つまりなんだ、この目の前の友人がいうことが正しいのならば、私は家族から変人扱いされているということか? 確かに私は25歳になる今の今まで浮いた話一つないわけだが、だからといってそれを家族に心配されるとはまた色々と思ってもみなかったぞ。


 というか弟妹、貴様ら私ともやしを何だと思っている。私たちは友人だぞ、友人。


 私が人間関係とはいかなるものかという深遠なる答えの出ない論題に没頭していると、懐から何とも間延びした猫の声が響いてきた。


 私の携帯にどうやら電話が来たようだ。苦心してとったみゃーこの泣き声を着信音として、眼前のもやしに入力してもらったやつである。


 発信者を見ると、母親の文字があった。


「もしもし?」


 はてさて一体何ゆえに電話をかけてきたのか。ほとんど反射的に通話のボタンを押した後、そんなことを考えながら電話に出る。


「ああ加奈子かなこ? みゃーこ、家に帰ってきたわよ。貴女もそこでいつまでも意地張ってないでさっさとかえってきなさい」


 プツッ、プー、プー。


 偉大なるわが母は何とも気のない口調で、たったそれだけの用件を告げるとあっという間に電話を切ってしまった。


 後に残されたのは、突然のことに停止した私と、それが聞こえてきて何とも言えない同情した目でこちらを見てくる友人。そしてこちらを気にせず歩いて行く通行人。


「まあ、よかったじゃないか」

「そんな風に慰められてもうれしくない!」


 今までの苦労は何だったのか。少しだけ、泣きそうになった。



















「しかしだな。よかったのか忠久?」

「んあ? 何がだよ」


 帰途。私は横にならんで歩いている男へと声を掛ける。

 既に雪が降り始め、世間一般にはクリスマス・イブという祝日みたいな土曜日。

 私と忠久は同じ年なのでこいつも25歳。しかし、それなりに容姿と体型もいいコイツなら付き合っている女性の一人や二人くらいいてもおかしくないだろうと思い、今日は予定が入っていたのではないかと心配して質問してみたのだが、私が何を言っているのかさっぱり分からないという表情をしている。


 仕方なく、「今日はイブだろう」とだけいってみる。


 すると何やら奴は空を泳ぐイルカでも見たかのような驚愕の表情を浮かべて突然に立ち止まった。


「おい? なんで立ち止まって……」

「お前が、祝日を気にしただと……!」

「やかましい」


 ごっ、という音が響いて右の拳がもやしの顔面にめり込んだ。

 失礼な。私とて乙女なのだから、こういうはしゃいでいる日を気にしてもいいだろう。それをまるで地球終了の知らせを聞いたかのごとく驚くとは何事か。


 顔面の固さに紅くなった手をプラプラと振りながら、ゾンビの如く起き上がってきたもやしに対し冷たい視線を向ける。こちらの手は今の一撃で真っ赤なのに、奴は鼻血ひとつ出していない。


「ちっ、頑丈な奴め」

「別に頑丈とかじゃなくて受け方の問題な……というかすっごく痛い。いきなり殴るのやめろというのに」

「ふん、お前にしかしない」

「嬉しくないなあ」


 釈然としない。そういった表情を浮かべて頬を掻いているもやしは置いといて、そのまま帰途へとついて再び歩き出す。


 しばらく歩いていると、音もなくもやしが追い付いてきた。無駄にハイスペックなやつだ。


「さっきの台詞だけどさ。よく考えたらお前が慣れない心配をしたわけだよな。いやはやそれに気づかずにからかう形になって悪かったよ」

「…………」


 無言。別に怒っていて言葉を返したくないから口を閉じているわけでもないのだが、こうまでまっすぐにこっぱずかしいことを言われると、冷静沈着を旨としている私としても言葉が出ない。


 というか、顔が熱い。何が悲しくて、心配されたことを後から感謝されるという羞恥プレイを受けなくてはいけないのか。


「ついでに言うとさ、その心配してる点は大丈夫だよ。だって友人だからな。他の誰なら納得しないけど、別にこの程度迷惑でもないさ」

「……気障ったらしい格好付けめ」


 ようやくこれだけ言えた。


 既に精神的には瀕死状態だ。HP0だ。レッドゾーンだ。本当に、何が悲しくてこの天然にこうまでかっこつけたセリフを言われなくてはいけない。


 いや、分かってはいるのだ。


 こいつが別に私に特別な異性間にあるような甘酸っぱい恋愛感情なるものを持っていてこういうことを言っているわけでは無く、こいつなりに最大の友人として何でも手伝おうとしてきているという純粋な行為だということは。


 ただ、致命的に手遅れだった。中学三年からずっとこれだったせいで、既に私の頭の中は完全にゆだっているのだ。何が悲しくて無自覚な優しさに溺れなくてはいけないのだ、と意地を張ってみても、怒涛の洪水のように奴の言葉に含まれた感情があっさりと私のなかになだれ込んできて、意思とは関係なく白旗を揚げてしまう。


 何が悔しいって、相手が自分のことを一番の友人と誇っているところが悔しい。無自覚に、どこまでも優しくされたせいで骨抜きにしてきた相手が、その事実にすら気づいていないところが悔しい。


 せめてこちらを少しでも意識するまでは折れてやるまいと意地を張ってきているというのに、コイツ二はそういう素振りすら見えない。おのれ、もやしは果たして本当に男なのか? 男ってこう、野獣とかがつがつ行くような感じなんじゃないのか?


「きざったらしいって……まあいいや。じゃあ俺はここで」


 そう言って私の家の前の道路を、私の家を抜き去って歩いていくもやし。いつの間にか私は家についていたらしい。


「待て」


 何となくその背中をみて声を掛けてしまい、しまったと内心思う。話しかける言葉を何も考えていない。


 ええい、勢いだ。さっきの勢いを思い出すのだ!


「いや今回は世話になったわけだしみゃーこが見つかったのに私は貢献していないのだから必然的にその私を支援したお前も爪のかけらほども役に立ったわけでは無いのだがお前だってみゃーこを心配して一緒に待ってくれていたのだから少なくともみゃーこにあっても良いとは思えるわけでつまり何が言いたいのかというと取り敢えずうちに来い。飯くらいおごってやる」

「……何か前半すごいことになってるぞ」

「知らん。返事は」

「もらうもらう。忘れる前に食べとくわ。お前の飯は上手いしな」


 ふう、どうにか乗り切った。


 そうやって一仕事したかのように心の中で額を拭う私。そして取り敢えずここは寒いからと玄関へともやしを引き連れて向かう。


「ただいま」

「失礼します」


 玄関を開けると、そこには散々探していた我が愛猫みゃーこが一丁前に座って出迎えてくれた。


「みゃあん」


 にやにやと、憎らしいほどの可愛さで、何やら意味深な鳴き声をしてきたみゃーこである。


 その目はどう見ても悪戯の成功した悪ガキと一緒で、つい「こいつ、私がこうすることももやしがついてくることも全部わかっててしばらく家出したんじゃないだろうな」と思わずにはいられなかった。


 ……ちくしょう。みゃーこももやしも人のいうこと聞きやしない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、軽く読める [一言] なんでもないですね。その一言につきます。でも、広げていけばまともなラブコメになりそうですね。
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