紫煙に包まれて
「あぁ…ああ!!!!!」
僕は昼間の喫茶店でこんな声を出しそうになるくらい、勉強に追い込まれていた。
テスト期間ってやつ。
勉強以外はすることがないというかしたら終わるようなとき。
普段から勉強なんてしないし授業も寝ているからこういう時に苦戦する。
効率が悪いのだって分かってるけど普段から勉強とか無理に決まってる。
とか言い訳もしていられなく勉強をする。
そんな風に数時間過ごすと、お客さんもがらっと変わってたり。
隣に座る人も何人か変わる。
いったん休憩!と伸びをしながら隣に座ってる人を見る。
見るだけのつもりだったけどいつの間にか見つめていた。
目が離れなくなった。
その人が変な人とかではない。
至って普通。強いて言えばキレイだった。
キレイで片付かない魅力があった。
僕は今までタバコを吸う人が嫌いだった。
女性はもってのほか。
嫌いだと思ってただけかもしれない。
その人は頭から脚まで、なぜか魅力を感じた。
タバコを持つ手にも色気があり、小さな口から出る煙もなにか魅力があった。
その人から目が離れなくなった。
「ん?なにかついてる??」
その声が僕に向けられたものと気づくのに3秒ほどかかった。
「んえ!?あ!!いや、なにも!!」
「タバコ、嫌いだったかしら?ここ分煙されてないから…ごめんなさい。」
「いや、そうでもないんです!!」
「じゃあどうしたの?」
「いや、えー、タバコが…。」
「吸いたいの?学生じゃない。まだダメよ。ふふふ。」
「じゃなくて、タバコがすごく似合うな、と思いまして!!」
「あら、そう?嬉しいけどだからって知らない人じっと見ちゃダメよ。」
「そうですね…すいません。」
「いいのいいの。分かったならそれでよし。」
なんて会話して、その後も少し話した。
勉強なんて進むわけもなく。
でも10分くらい話したら相手は待ち合わせ相手が着いたから、と帰ってしまった。
初めてあんな魅力的な人に出会ったと思う。
マンガに出てくるようなセクシーなお姉さん、みたいな。
ただタバコを吸う人は嫌いなのに何でなんだろうか、なんて思ったけど
彼女のタバコを吸うときの顔はとても切なそうだった。
彼女とは例の喫茶店で何度か会った。
どんなに話しても彼女の実態はつかめず、心の距離が近くなった気も遠くなった気もしなかった。
でも話してて楽しい、なんて都合よく思ってもいた。
彼女はタバコの煙のような人で本当につかむことが出来ない人だった。
ふと現れてはふと消えていく。
彼氏みたいな人を連れてきたと思ったらまた別の人を連れてきたり、
女の子と来たと思えば、僕に会いに来たと1人で来たり。
ただ人が好きなんだろうが誰といるときも誰も入り込めないような雰囲気だ。
そんなオーラが出ている。
と言うより、心もその辺を漂っていて、つかめないだけだと思う。
誰にもつかめない、孤独な女性。
多分彼女はそう言う人。
彼女は今日も僕の隣でタバコを吸い始めた。
銘柄ももう覚えたくらい。
「もう君も立派な喫煙者よ。副流煙だけど。」
「そうですね。」
「早死にするね。」
「あなたこそ。」
「そうね。」
彼女はよく分からないことを言っては黙り込む。
何かを思い出したかのように。
「ねぇ、ちょっとこっち向いて。」
「はい?」
そういって向いた直後。
あ。
「げほっ、げほっ!!」
「やっぱ、そうなるわよね。」ふふふ、と彼女は笑う。
「やめてくださいよ煙口移しなんて!!」と少し涙目に言ってみる。
「キス、って言いなさいよ。」
「そんなロマンチックなこと思ったの、一瞬でしたよ…。」
また少し嬉しそうに彼女は笑う。
「ごめんなさいね。」
「私、一番好きだった彼氏にこういう風にされたことがあってね。」
「苦しかったわ。」
「でも、好きな人に好き、ってキスをされたのが嬉しかった。」
「だから君にも味わって欲しかったのかな。」
「そんな彼にも捨てられて、少しでも彼に近づこうと思って始めたタバコももう私のモノだわ。」
「あら、時間。今日はもう帰るね。」
彼女はそう言ってふらっと帰って行った。
「好きな人のキス」、か。そんなことをずっと考えてさよならも言えなかった。
嬉しかったけどなにか隠されてるように感じた。
「あ、そっか、そういうことだったのか。」
気づいたのは少し遅かったみたいだ。
それから彼女が例の喫茶店に来ることは無くなった。
あのときに好き、って言えなかったのが悪かったのか、なんて自己完結して。
「あなた、体に悪いんだから、そんなに吸わないの!!」
「へいへい。」
あれから数年、
やはり彼女は喫茶店に来ることは無くなり、俺は一度東京へ出て、結婚して地元へ戻ってきた。
またあの喫茶店へ行く。
彼女に憧れて、彼女と同じ銘柄のタバコを持って。
連絡先どころか、名前も知らない彼女を想って。
窓の外を見つめながら、タバコの煙を吹かして。
隣に彼女が座りに来るのを待って。
最後に
「好きでした。」
と、言える日を願って。