小サナ約束
Ⅴ
なんて、間の悪いチャイムなんだ。
今日は清掃が朝にあった為、このチャイムは五時間目の予鈴だ。
あと5分で、次の授業が始まる。
遅刻してしまっては、大変だ。
「夕、教室戻らないと」
俺が立ち上がってズボンについた埃を叩きながら告げると、夕は再び地面を睨んでいた。
夕が何かを睨むなんて、やはりおかしい。
もう一度声を掛けようとすると、夕が俺の方を見た。
「悠、先に戻ってていいよ?」
先程の表情からパッと表情が変わった。
いつもの夕の表情だ。
「え? いや、一緒に戻ればいいだろ? 同じ教室なんだし――」
「いいから、いいから!」
「お、おいっ」
夕に背後から背中を押される。
踏み止まろうとするが、力が強くて段々扉に近づいていく。
こいつ、こんなに力が強かったっけ?
「私もすぐ行くから、ね……お願い」
背後から聞こえる声は、弱々しく消えそうだった。
しばらく考えた後、俺は渋々帰ることに決めた。
目の前にはあの錆びれた扉。
入ってきたとき同様にドアノブを掴み、押す。
そして、ギギーっと鈍い音を立て、そのドアは開いた。
出て行ってしまってもよかった。
けれど、あの消えそうな声に寂しそうな笑顔が脳裏から離れなかった。
このまま、放っておきたくなかった。
だから、一言付け加えた。
「さっきの約束、絶対守るから」
「……うん」
チャイムが鳴って、2分。
そんな廊下を歩くのは、悠以外にもたくさん居た。
急ぎ足で教室に入る生徒。
教室に入れと呼びかける教師。
蒸し暑い空気。
全てが全て、当たり前。
毎日同じ風景、繰り返される日々。
悠はいつもより急ぎ足で、歩いた。
ふと窓から見た空は、いつの間にか晴れていた。
ガラッと音を立て、教室の扉が開く。
あと少しで授業が始まるというのに、教室は雑音で溢れていた。
自分の席へ向かう途中、先程喧嘩をした和が声を掛けてきた。
「おい、悠」
「……なに?」
ハッキリ言うとまだ怒りは治まっていない。
表に出さないように、少しだけそっぽを向く。
和は椅子に座り、俯いたまま「すまない、悪かった」とだけ、悠に言った。
謝ることの少ない和が謝ってくれただけでも、少しだけ怒りが和らいだ気がした。
「もういいよ、謝ってくれたし」
ぎこちなく笑顔を作り、自分の席へ向かう。
椅子を引いて座り、和の席の方を向く。
後ろの席の親友が頭を小突いていた。
少し、笑顔になった。
再び、扉が開いた。
担任が険しい顔をして、づかづかと教壇の方へ向かう。
険しい顔はいつも通りだったが、どこか様子が変だった。
「皆、席についてくれ」
生返事を返し、クラスメイトは次々席に座っていく。
―そういえば、まだ夕がまだ帰ってきていない。
「落ち着いて、聞いてくれ。そこ、静かに!」
担任は静まらないクラスメイトに対し、少し声を荒げた。
穏やかな先生が声を荒げるなんて、一体何があったんだろうか。
胸騒ぎがした。
担任は深呼吸をして、告げた。
「桐沢が屋上から飛び降りた」