突キ刺サル言葉
Ⅳ
目を閉じろ、と言われてどれくらい経っただろうか。
時間としてはあまり長くないはずなのに、時間の感覚が狂いそうだった。
夕はさっきからずっと、ぶつぶつと何かを呟いている。
何を言っているのかは聞き取れなかった。
聞き取れたとして、その内容はいい物とは思えないけれど。
夕が言葉を呟くのを止めた。
しばらくの静寂の後、夕はいつも通りの声で言った。
「いいよ、目を開けて」
俺は、すぐに目を開けれなかった。
いや、開けれなかった。
心のどこかで、目を開けることを恐れていた。
なんでなのかは分からなかった。
開いてしまったら、何かが変わってしまっているような気がして。
夕が夕でなくなってしまったのではないかと、怖くて。
けれど、このままでは埒があかないので恐る恐る目を開いてみた。
「――っ」
俺の口から小さく、言葉にならない悲鳴が発せられた。
悲鳴を上げる原因になった正体、それは――
夕の身体中におびただしい数のナイフが突き刺さっていたからだ。
「夕……?」
目を閉じている間に何があったのだろうか。
嘘にしては、懲りすぎているし、たったの数分間でここまでは出来ないだろう。
色々な思考が巡る中、夕が口を開いた。
「見えてるかな、悠。
これが、言葉のナイフだよ」
言葉のナイフと呼ばれたそれは、様々な色に光り輝いていた。
夕自体には血が付着しておらず、ただ刺さっているだけだった。
けれど、痛みを考えると――
悠は目を逸らしそうになったが、なんとか夕を見続けた。
「信じてくれたかな?」
とても寂しそうで、今にも消えそうだった笑顔でもう一度言葉を吐いた。
「すごく痛いんだよ、このナイフ」
泣きそうな顔で悠にそう告げた。
「誰が、そんなこと……」
「誰とかそんなのはないんだよ」
その言葉に首を傾げる。
そんな悠の様子を見て、夕は深呼吸をして言葉を続けた。
「言葉のナイフってね、人を傷つける最も恐ろしい武器。
身体を傷つけるのではなく、心を傷つける。
心だから外に現れることはない。
誰もそのナイフの存在に気付かない。
そんな恐ろしい物を誰もが保有しているんだよ」
夕は地面を睨みながら、そう言った。
本当は誰を睨みたいんだろうか。
何を思って、その言葉を吐いているんだろう。
夕の考えていることが分からなかった。
「……悠」
「な、なんだ?」
地面を睨んでいた目を緩め、俺の方を真っ直ぐ見てくる。
その目は、睨んでいた目よりも強い意志を含んでいた。
俺は昔から、この目が苦手だった。
この目で見られると、自分の全てを見透かされてしまう気がした。
けれど、俺の思いとは違って、夕の言葉は優しかった。
「悠は、言葉のナイフで人を傷つけないでね。
――約束、してほしいな」
その言葉を吐いた夕は今にも消えそうだった。
人が消えそうだなんて、おかしな話かもしれないけれど。
繋ぎとめておかないと、どうにかして繋ぎとめないと。
俺は咄嗟に言葉を紡いだ。
「約束する、約束するよ!」
――だから、夕……消えないでくれ。
その言葉を繋げる前に、二人の間にチャイムが鳴り響いた。