幼馴染ノ女ノ子
Ⅱ
どこから聞こえたか分からない声に目を大きく開いて、身体を起こす。
無理矢理起こしたせいか、少し身体の節々が痛んだ。
痛む箇所を擦りながら、辺りを見回す。
目のつくところには、その人物は見当たらなかった。
あと見てない所は、と視線をペントハウスに目をやる。
――いた。
その人物は暑い風が吹く中、その上に気持ちよさげに立っていた。
二つに結んだ黒髪と優等生らしく長めに履いたスカートが風になびいていた。
よく知った人物だったため、悠は安堵の溜め息を吐いた。
「なんだ、夕か……」
「なんだとはなによ、なんだとは」
自分によく似た名前を持った少女―桐沢夕は、悠の幼馴染だった。
家が隣同士、親が昔からの親友同士、同じ幼稚園に小学校、中学校そしてこの高校。
悠と夕は切っても切り離せない仲だった。
溜め息を吐いた後、悠は再び寝転がった。
夕はペントハウスから降りる梯子に少し手間取っていたようだが、悠の近くに寄り体育座りをした。
「なに、また喧嘩でもしたの?」
「……」
聞かれたくないことを聞かれてしまった。
バツが悪くなり、顔を逸らす。
夕にはどうやっても隠し事は出来なかった。
10点を取ってしまったテスト、隠れて飼おうとしてた子犬、女子に書いたラブレター。
夕には全てがばれてしまっていた。
「和と喧嘩した」
「やっぱり和君か」
「分かってたのか?」
「悠が怒って、治まらないのって和君くらいでしょ?」
昔からそうだよね、とクスクスと笑った。
悠の親友達は夕と顔馴染みだった。
彼らも家が近所で、同じ学校の出身だったからだ。
「で、今日は何で喧嘩したの?」
夕は優しく笑いながら、問い掛けた。
「あいつ、母さんの弁当を笑ったんだ」
「うん」
「その歳になって、ウサギさんのリンゴかよーって。
タコさんウィンナーかよって」
「うんうん」
「……なんか、すごく悲しかったというか」
「笑われたのが?」
問い掛けに、悠はゆっくりと頷いた。
母親が朝早く起きて作ってくれた弁当。
悠にとって、母親の弁当は活動のエネルギーだった。
例え、それの大半が冷凍食品だとしても、ウサギリンゴでもタコウィンナーだろうと……。
「俺、母さんの作ってくれる弁当が好きだからさ……」
悠の話を聞き、夕は首を傾げた。
「言い返したりしなかったの?」
「……する気力、なかったから」
「そっか、ならよかった」
「よかったって、何が?」
聞くべきだったのか、聞かないほうが良かったのか。
俺にはそれさえ、わかっていなかった。
蒸し暑い風が、一瞬冷えた気がした。
「言葉はさ、ナイフだから」