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+第八話+ 炎龍の魔の手……?

「最悪だ……。御上が何でかくそ真面目に政を始めたせいで、さぼれなくなっちまった」

 

 黄金世代と謳われる五年前に入官した官吏の一人、炎龍は気だるそうに嘆息する。

 足を机の上に乗せ、椅子の背もたれに仰け反るように天井を見上げた。


 無駄に美しく整った鼻筋が、彼の横顔を魅惑的に見せた。


「定刻まで帰れねぇとか、ほんとマジあり得ねぇ……」


 最近の王の頑張りには、誰もが目を見張るばかりであった。


 ある日いきなり冷正殿に来たかと思えば、玉座に座るなりこう言い放ったのである。


『五年分の記録を、全てここへもて――』


 一瞬何を言われたのか解せなかったのは、炎龍も同じであった。

 あの御上が……とは、誰しもが思ったこと。


 そして同時に考えた。


 虚け者と呼ばれていた男を、誰がここまで変えさせたのか――


 それからといもの、王は資料まみれの謁見の間で、半日を記録の閲読に使い、半日を新たな政策の提案や計画進行に使う忙しい日々を送っていた。

 

 まるで何かにとりつかれたように没頭し、昼餉ひるげすらとらないこともあるという。


 国の頂点がそんな調子であるから、おかげで今までのんびり自分たちのペースで仕事をしていた官吏らは、期限や激増した執務に追われる事となったのである。


「定刻どころか残業決定ですからね、炎侍中」


 炎龍の秘書役、爛永世ラン・エイセイが、あどけなさの残る顔に苦笑いを浮かべる。


 彼は炎龍の二年後に入った若い官吏だが、そこは科試を上位で通過してきただけあって大変に優秀である。出世の早さは彼の同期一で、炎龍すらも信頼を寄せている。


 侍中付きに抜擢されたのは、姓に火偏のつく炎家系だからという理由だけではなかった。


「チッ……。どれもこれも、あの壕家の女のせいだな」


「最近できた、御上の恋人だという女性官吏さんですね」


「ああ。だがオレもこの間会って話までしてきたが、どんないい女かと思ったら平々凡々……普通の女だぜ? 御上はあんな女のどこに惚れたってんだ」


「そりゃ、美人ばっかり寄ってくるあなたからすれば平凡なのかもしれませんが、誰にだっていいことろが」


「本命の雪姫とも付き合えそうにねぇし、暇つぶしがてら遊んでやるか」


 永世の話を途中で切ると、炎龍は突然立ち上がってそう言った。

 それに永世の顔が真っ青になる。


「ちょっ……絶対マズイですよそれ! いくらあなたでも厳罰は免れませんよ!?」


 炎龍は、女たちが愛してやまない美しい顔に、自信ありげな笑みを浮かべた。


「御上は雪姫のことが好きだったんだぜ。それが、壕家の女みたいな平凡女にどうしてああまでのめり込んでんのか知りてぇんだよ。オレって好奇心旺盛だし」


「絶対ダメですからね! バレらあなただけでなく、炎家系すら窮地に追い込みます!」


「大丈夫大丈夫、オレ女遊びで失敗したことねぇから」


「ちょっと! 炎侍中っ!? ちょっと……! もうこれだから顔のいい馬鹿はっ! ハゲて死ね、ぼけぇっ」


 一部下である永世に、藤紫色の帯を締める文官第二位の炎龍を止められるはずもなく、暴言だけが空しく部屋に響き渡った。



◆……◆……◆


「全く。朱閃ったら、またお昼ご飯食べてなかったなんて……。お弁当作って持って行って正解だったわね」


 小春はすっかり軽くなった大きな重箱を抱え、冷正殿から特務局へと帰っていた。

 朱閃が政に精を出してくれているのは嬉しいが、もう少し体のことを考えて欲しいと思う。


 いくら若いと言っても、無理をすればあとで必ず帰ってくるものだ。


 数日前まではろくに就寝すらしていなかったらしく、二度と小春の官舎に忍び込まないという約束で、朱閃が眠るまで添い寝してやることになった。


 それだって、急に朱閃が接吻したいだのなんだのと興奮しだしたりするものだから、できるならしたくないのだが、やはり朱閃の体調が気になって今も続けてやっていた。


 政をして欲しいと願ったのは、何よりも自分なのだから。そういう責任感のようなものもある。


「壕家の女。いや、小春」


 聞き覚えのある声に、肩越しに振り返った。


「炎侍中……! ど、どうも」


 あいかわらず黄金世代双璧の彼は、驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。

 朱閃とも引けをとらないし、人によっては炎龍のような顔立ちが好きだという人もあるだろう。


 身長も高いし、そこはかとなく溢れる自信や余裕が、『できる男』感を滲ませていた。


 そう、子供っぽく手のかかる朱閃とは全く対照的である。


「また御上に昼飯作って持って行ってやってたのか? 妬けるねぇ」


 空になった弁当箱を見て、炎龍はそう言った。


「ええまあ……。で、何か?」


 炎龍はジリジリと小春を壁際へ追いやると、少々緊張の面持ちで腰を屈めた。

 目の前に黄金世代首席でもある美男の顔があって、小春は思わず体を硬直させる。


「なあ、小春……オレと付き合ってくれないか?」


「はあ。いいですけど、どこにです?」


「え……」


 炎龍は気が抜けたようにがっくりと項垂れた。


 自分は何か間違ったことをいったかと、小春は首を傾げる。


「『どこに』とか。今時そんなベタな間違いする女がいるとはな……。違ぇよ、オレの女になれって言ってんだ」


「え……? は、……はあ?」

 

 何を言い出すのかと思えば。

 小春の顔がみるみるうちに、香辛料のように赤く染まっていく。


「お前と御上のことは分かってる。ケド、別に二番手でいいし。オレ、お前の事が好きになったんだ」


 さすがと言うべきか、全く彼の真意が読めない。

 普段なら、こんな美形に告白されれば舞い上がっていただろう。


 だが、どう考えても彼のような美形エリートに好かれるようなモノを自分は持ってなどいないし、それにフリとはいえ、今は朱閃の恋人を演じているのだ。


 二股のまねごとなど、絶対に嫌だ。


「あの、炎侍中……申し訳ありませんけど、私は――」

「良かったぁ、断られたらどうしようかと思ったぜ!」


「いえ、あの……」

「一番は御上のとこへ行っても全然構わねぇからな」


「ですから……」

「でも、時々は気にかけてくれよな。オレ結構寂しがり屋だし」


 聞いてぇー!!


 強引すぎる炎龍の押しに、小春は面倒ごとがまた一つ増えたことをはっきりと感じとった。

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