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+第七話+ 紹輝の噂

「次はどれが食べたい、小春シャオチュン


 何だこれは……と小春は思う。


 目の前に広がる豪華な宮廷料理は素晴らしい。

 大勢の食事会でなく、内々の立食形式の会……と言うことも全く問題は無い。


 だが食事会中、雪姫がすぐそこにいるというのに、王――朱閃しゅせんは小春のそばにピッタリと体を寄せ、ご丁寧に料理を取り分けては食べさせようと、小春の口元へまで運んでくるのだ。


 今まで朱閃がこのような会に参加しても、一人で酒をあおるばかりで誰一人寄せ付けようともしないのが常。


 それが今日は酒に興味も見せないどころか、入ったばかりの女官吏を甲斐甲斐しく世話しているのだから、余計に周囲の目を惹きつける。


 そんなことにサラサラ気づかない朱閃は、嬉しそうな顔で小春から目を離そうともせず、まるで本物の恋人のように彼女を見つめていた。

 朱閃も顔がいいだけに、小春も少々ドキドキさせられる。


(どうしてこうなるのよ……っ)


 朱閃に耳元で「愛してる」などと囁かれるたび、冗談だと分かっていても尾てい骨のあたりがゾワリとした。


 雪姫や付き人の侍女らには、「まあ仲のよろしいこと」などとクスクス笑われている。

 肝心の雪姫も、微笑ましそうにこちらを見ていた。


 違うんです。私はあなたとこの男をくっつけたいんです。

 小春がそう思っても、なぜか自体は違う方へと向いてしまう。


「というか、朱閃……っ! 本命は雪姫なんでしょ? 早く話しかけてきて!」

 

 鴨肉を食べさせようとしてきた朱閃の手を止め、小春はそう耳打ちする。


「もうよい。余はそなたとここにいる」

「何を照れてるのよ、そんなんじゃいつまでたっても進展しないじゃないっ」

「進展しなくていい」

「何をウジウジしてるの! ほら!」


 小皿を奪って飲み物を持たせ、背中を押してやる。

 全く、何と世話の焼けると嘆息した。 


 朱閃はいやいや小春から離れると、渋々といった様子で雪姫の方へと近づいていった。


 雪姫のそばにいた侍女ら二人は、何かを察したのかそっとその場を離れた。

 

 全く、できた付き人らである。


 雪姫の侍女たちは、煌びやかな笑みを浮かべて小春の方へと近づいてきた。

 何というか、場慣れ感があるというか、余裕のあるお姉様と言った感じを受けた。


 それもそうだろう。侍女とはいえ、彼女らは代々名門家の侍女を務める由緒正しき女官家系なのであるから。


 壕家とはいえ、傍系の田舎育ちの小春には、立ち居振る舞いや言葉使いから言っても、彼女ら二人の方が余程令嬢らしく見えた。


「春姫は女性初の官吏なのですってね」


「ええ、まあ一応……」


「まあ、それは素晴らしい。どちらの局へお務めですの?」


 特務局が窓際局だと知って以来、自分の務めている局を言うのが恥ずかしかった。

 だが二人の侍女はニコニコとして返答を待っているのだから、黙っているわけにもいかない。


「あの……特務局、というところで、その……」

「というと、あの鏡紹輝かがみ・しょうき様のいらっしゃる?」


 そこが窓際だ云々より、まず上司の名前が出たことに驚いた。


(有名なんだ……)


 侍女の一人が、柳眉をひそめた。


「私には不思議でなりませんわ。どうしてあのような優秀な方が、あのような所へ追いやられておいでなのか」


 優秀……?


「頭脳明晰、武術の才もおありになって、すばらしい人徳もお持ちと聞いておりますわ」

「き、局長が……?」


 小春の知っている「鏡紹輝」とは、かなりの乖離があった。


 部下を寒空にほっぽってサボるような男のどこに徳がある。

 暇さえあれば職務中でも眠ろうとする男のどこに頭の明晰さを感じられる。


 しかも眼鏡なしではろくに歩けない。

 戦で役に立つとも思えなかった。


 小春の脳裏を、戦う敵と味方の兵を背景に眼鏡を探す、間抜けな紹輝の姿が浮かんだ。


「あの……多分ですけど、それは別の『鏡紹輝さん』では?」

「いいえ。あの方は普段飄々としておられてるようですが、能力は本物。本来の実力は、黄金世代一とも言われておられるのです」


 あの李影や炎龍よりも上?

 あの冴えない局長が?


「でなければ、雪姫もお慕いになるはずございませんもの」

「ちょっと、麗蘭……っ」


 麗蘭と呼ばれた侍女は、しまったという顔をして口元を押さえた。


 デマだ。デマに違いない。

 無能方向に振り切った針が、逆方向へねじ曲がっただけとしか考えられない。


 黄金世代一?

 ないないないない! 



 いや、その前に彼女は何と言った?


 雪姫が、鏡局長を――


「え……。えええええええええええ!」

「このことはどうか、内密にしておいてくださいませ、春姫っ」


 あろうことか、あの可憐な雪姫が「適当」の化身たる紹輝に恋をしているなど。

 到底信じられるものではなかった。


「ほら小春、ちゃんと行ってきたぞ」


 帰ってくるやいなや、なぜかキラキラとした目で自分を見つめる朱閃に肩を落とした。


(まさか雪姫に好きな人がいたなんて……。朱閃とくっつけるにはちょっと難易度があがっちゃったけど、相手はウチのへっぽこ局長だし。顔面偏差値は朱閃の方が上っぽいから、大丈夫よね!)


 噂は噂。

 自分の知っている紹輝が全てだろう。

 

 そう小春は思った。



 


 食事会の後、小春は朱閃と手を繋ぎながら静かな廊下を歩いていた。

 もう誰も見ていないから離してくれと言っても、朱閃はなぜか聞き入れてくれない。


「ねぇ朱閃? ちょっと演技が本格的すぎる気がするんだけど」

「そうか? 余はまだまだ足りぬと思うが」


 そう言って指を絡めてくる朱閃を振り払う。


「あれじゃフリじゃなくて、本当にイチャついてるみたいだわ」

「何も考えるな。余に身を委ねよ、小春」


 今度は愛おしげに小春の髪に顔を埋めながら、肩を抱いてどこかへ誘導していく。


「それより、朱閃……あの、どこへ?」

「……食事会を終えた恋人が向かう先だ」

「はい?」


 小春を半ば強引に歩かせ、明かりのない方へ連れて行こうとする。


 心なしか朱閃の手が腰の辺りを艶めかしく這い、首筋に当たる彼の息も浅い気がした。

 

 まさか――


 スッと朱閃が開けた引き戸の向こうに見えたのは、閨であった。

 桃色の明かりに包まれた、一組の布団に二つの枕。


 いかにも……な光景に、小春は卒倒しそうになった。


「小春……」


 口づけを迫る朱閃の胸を、懸命に押しやった。


「ち、ちょ……待って待って待って!」


 遮られたことが不満だったのか、朱閃の眉間に皺がよる。


「何だ。余を焦らすと余計に止まらなくなるぞ」


「ゆ、雪姫の気を引くためにこんなことをしてるんなら、あの方の前以外では、恋人を演じる必要がないでしょう!?」


「だから何だ」


「任務終了! 帰ります!」


 言い切った彼女に、朱閃は電撃でも受けたような表情をした。


「か、帰る……!? ダメだ! 余はもう…………ソノ気だ」


 うつむき加減な朱閃の恥じるような表情に、カッと小春の全身を熱が走った。


「か、勝手にそんな気にならないでったら! それに、もし私に何かしたら、もう二度とあなたの恋愛に協力しませんからね! そういう約束なんですからね!」


 朱閃は悔しげに手を離すと、ふて腐れたようにそっぽを向いた。


 雪姫には消極的なくせに、そういうことには積極的とは――


 小春は頭痛を覚え、こめかみを指で押さえた。






「疲れたぁ……」


 今日はやけに寒いせいか、空気がとても澄んで月が綺麗だった。

 雲一つも無い。


 その月明かりの下、小春は官舎へとフラフラ向かう。


 慣れない正装着と慣れない縁結びの月下老人演じたせいか、小春にはどっと疲れが押し寄せていた。

 特に、最後の一撃は効いた。


 朱閃と雪姫を早急に結ばないと、自分の貞操が危うい気がする。

 今後どうするかは、緊急課題である。


 だが、雪姫には想い人がいる。



「鏡……紹輝。あなたって本当は何者?」


 ひとりごちたその時、小春の視線の先に月を見上げている影を見つけた。

 小春が身構えるより早く、その影がこちらを向く。


「よ。お帰りー、春」


 クセのある茶色い髪の眼鏡男が、こちらを見てふわりと笑顔を見せる。


「か、鏡局長っ。どうして……」


 小春の目の前には、首をグルグルと何重にも襟巻き、寒そうに肩を竦める紹輝の姿があった。


「いやぁ、もし君があまりにも御上の所から帰ってこなかったら、ワシが迎えに行かなきゃなと思って。一応君の上司だし」


 それで……こんな寒い中をずっと?


 私のために?


 紹輝の鼻先は紅くなり、唇は小刻みに震えているようであった。

 それもそうだろう。

 こんなに晴れた夜でなければ、雪でも降りそうに凍えた宵なのである。


――玉の輿に乗れるよう、めちゃくちゃ応援してるから!


 あんな軽いことを言っていたくせに、本当は自分の身を心配していてくれたのか。

 

 そう思うと、ちょっとだけ、感動している自分がいた。


「あーもう、ほんっと寒いッ! いつまでも何やってたんだよ、春。もうだめだ、ワシは風邪引きそうだ」


「すみません。あ、折角ですから特務局へ寄って何か温かいものでも作りましょうか」


「いいね。餃子湯ぎょうざスープが飲みたい」


 上司と部下。

 並んで歩く二人の上では、星が綺麗に瞬いていた。



◆……◆……◆



 チュンチュンと小鳥の鳴く声に、小春は目を覚ます。

 窓から射し込む太陽の日差しが目にあたり、眩しくて寝ていられない。


「んー……、まだ体がだるくて動か――」


 小春は違和感に、ハッと目を見開いた。

 違う。体はだるさで動かないのではない。


 何かが自分に絡みついてその動きを封じているのだ。


 恐る恐る肩越しに振り返ると、惚けた顔で眠る朱閃の顔があった。


「なぁーにをしてるのあなたはーッ!」


 静かな朝を切り裂くような小春の怒号に、穏やかに鳴いていた小鳥たちは慌てて飛び去っていった。


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