+第二話+ 入官式
入宮式は、良くも悪くも平凡であった。
今年入宮した三百名の若手が、ずらりと硬い表情で整列する。
皆、超がつくほどの秀才である。
それぞれの故郷で一番だったものばかり。
子供の頃から英才教育を受けてきたものもあれば、生まれながらの天才もあっただろう。
それでも、この世代が黄金世代と呼ばれることはない。それほど五年前の入官者は突出していた。
年齢は近いが同じではなく、何度も失敗してやっとのことで合格した者も多かった。
心なしか、そんな気苦労が透けてみえる者もいる。
小春も周囲を男子のみに囲まれた状況に、妙に緊張した。
中には式典の最中だというのに、あからさまに自分を見てくる者もあり、居心地は最高に悪い。
だが、幼少期から祖父に勉強を教わってきて、やっとのことでたどり着いた場所。シャンと胸を張る。
「官吏としての自覚を持ち」だの「御上と民のために」だの、ありきたりな官吏長の長ったらしい挨拶のあと、やっとのことで辞令が読まれる運びとなった。
辞令と共に、官吏の制服たる朝服が支給されるらしい。大きさ別に分けらているらしい、木箱が見える。
木箱にたくさん積まれた空色の朝服の中に、一枚だけ淡い桃色の朝服が見えた。
おそらく自分のものだ。
小春はそう直感する。
(わあ、どきどきするっ)
祖父の元を離れ、一人大都会で男のみに囲まれて生活することへいささかの不安はあった。
だが、それ以上に、これから待ち受けているだろう官吏としての明るい未来に胸が踊る。
「壕春厳!」
「あ、是!」
元気よく返事をし、教えられた通りに演台の前へと進む。
女本正装を纏う自分の背中に、たくさんの視線が突き刺さるのを感じた。
「お、お主が……? 春厳?」
辞令を持ったまま、官吏長の髭の生えた頬が軽く引きつった。と同時に、脇に控えていた朝服を渡し役の官吏が、慌てて空色から淡い桃色の朝服に選び直したのが見えた。
ああこの、ヒグマという名の子猫を見たような、奇天烈なものを見たような視線は、今年に入って通算何度目だったろうと逡巡する。
「小春」はあだ名。
自分の本名は、嫌いだった。
「春厳」など、男に付けるような名前だ。それもひげ面の大男を彷彿とさせる。
親が本当は男児が欲しくて、当てつけにそんな名前を付けたのではないかと、心ないことを言う者もあったし、実際小春自身も好ましく思っていない。
しかし、この名前と男装のおかげで女と気づかれず試験を受け、無事に通過することができた。
女と知られていれば、試験の点数を裏で操作され、受かることは一生なかったかもしれない。
何が功を奏するのか。世の中分からないものである。
「おっほん! 壕春厳……宮廷総務府、特務局への配属を命ず」
一瞬、会場がざわめいた気がした。
だが、田舎から出てきたばかりの小春に、それが何を意味するのか理解できるはすもない。
(特務局か……なんか格好良さそうっ。黄金世代の人がいたりして!)
そこがクビにできない無能たちの掃きだめ局とも知らず、小春はどのような所かと頬を紅潮させ、桃色の朝服を受け取りながら、期待に胸を膨らませる。
ただ、黄金世代がいればという小春のほのかな期待は、実のところ外れてはいなかった。
李影や炎龍のように有名ではなく、それどころか窓際局などへ追いやられるような男。
しかし、彼らに一目置かれ、それどころかその能力に全く引けをとらない青年が、ひっそりと席を置いているのである。