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+第一話+ はじめての都会

「うわぁ、綺麗……」


 十六になったばかりの壕小春ゴウ・シャオチュンは、赤煉瓦に金色の竜が踊る大御殿を見上げ、人目もはばからずに走り回ってはしゃぐ。


 ゴウ家といえば、百の侍女に囲まれた、誰もがうらやむ名家の令嬢……のはずだったのだが、彼女は違った。


 壕家が没落したわけではない。

 今でも壕家は立派に六大家に名を連ねている。


 小春の祖父、武虎ウーフーはその昔、当主になることを拒んで『出家』したのである。

 武虎を慕う使用人や友人らの反対によって、仏門に入ることこそなかったが、辺境の地へ居を据え、「ごう」という姓を持つだけの、食料さえ自分たちで育てて確保する自給自足生活を送っていた。


 鶏の声で目覚め、夜更けと共に床入りする。春は花を愛で、秋は夜長の月を眺めた。

 山に入れば食べられる野草が分かるし、星で明日の天気が読める。


 生活は裕福でも便利でもなかったが、満足していた。


 そんな環境で育ってきた小春は、大都会の広さや人の多さには圧倒されっぱなしだった。

 見慣れた田畑はなく、茶色い土などほとんど見えない。地面は整然と白い石畳が敷き詰められ、まるで家の中のように平坦で滑らかだった。


 田舎なら隣家まで馬で行くほどだというのに、ここでは少し歩けば誰かの肩が触れる。


 何もかもが刺激的に見えた。 

 



 現第二十三第秦周国王、晧朱閃コウ・シュセンは十二歳で即位した。現在ちょうど二十になるが、賭博や宴に興じてばかりいるうつけ者らしい。


 先代の王は、死後のおくりなに仁帝と付けられるほどの名君であったが、現王、朱閃にはその政才は受け継がれなかったようであった。

 執務室にすら寄りつく様子もなく、ふらふらと宮廷のどこかへ一人で姿を消す。父親が非凡であったために、当初は周囲もかなりの期待をしたが、今ではそのあまりの落差に、嘆息するものが多かった。


 先代に勝っているのは容姿だけと、失望の声があちこちで聞かれる。


 よって、政はもっぱら有能な官吏たちによって行われていた。

 特に小春の五年上にあたる世代は、黄金世代と呼ばれる、非常に優れた人物が大勢入宮した年で、中でも李影りえい炎龍えんりゅうという二人の青年は、市井にまで噂が聞こえてくるほどに、若くして突出した才を持っていた。


 官吏を目指す学生らの、目標となっている有名人。一緒に仕事ができたら光栄である。


 それに噂だが、この宮廷の最奥には、そんな優秀な青年たちを虜にしてやまない、若く美しい姫がいるのだという。触れるだけで手折れそうに細く、透き通るように繊細な肌をしているらしい。


 そんなお姫様がいるなら一目見てみたいものである。平々凡々な顔つきの自分とは、一体どれほど異なるものなのか。

 予想だが、かなり違うのだろう。色々と根本的に。


「嗚呼……やっぱり目立つ。爺爺じいちゃんのばか……」


 小春の周りには、立派な男正装をしたものたちが闊歩し、その中をヒラヒラヒラヒラと女正装で歩いていた。


 宮廷入りするのだから正装は当然だが、小春の着ているそれは主に婚儀の際にまとうもの。

 折角の入宮日だからと、武虎が強く着用を進めたのだが、色も派手で生地は照りもあり、まるで木々を縫って舞う艶やかな蝶のようで、人々の視線を一身に浴びていた。


 しかし武虎がどれだけ苦労してこの衣を用意したのか知っている手前、無碍には断れない。


 婦女のたしなみと、香袋まで持たされそうになったが、それだけは断って正解だった。この上強烈な香りまで放つようになれば、蜂まで寄ってくる惨事になるだろう。


 着慣れない女本正装は帯の締め付けが著しく、小春は時折指を突っ込んで隙間を作っては深呼吸したかったが、この人生初の注目度の高さの中では、さすがに気が引けた。



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