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+第十五話+ 思わぬ言葉

(何をやってるんだか、私は……)


 木材を肩に担ぐ紹輝の隣を歩きながら、小春はハアとため息をついた。

 自分は朱閃と雪姫の月下老人キューピットだったはず。

 それがなぜ、自分の上司にげかわっているというのか。

 

 いや、変えたのは自分なのだが、小春には自分が正しいことをしているのか、間違ったことをしているのか、恋愛経験や人生経験のまだまだ乏しい彼女には見当もつかなかった。


「っていうかさ春、こういうのって普通、営繕局の仕事じゃないの?」


 何で敢えてウチに、と紹輝は訝しげに眉間に皺を寄せる。

 それはそうだろう。

 この仕事は癒養宮直々に下りてきた依頼。普通は宮内府へ一旦話が行って、それから担当各局へ振り分けられるのが通常の道筋というやつである。


 それが一足飛びに窓際局たる特務局へ話が回ってくれば、誰だっておかしいと思う。

 その辺は考え足らずであったと、小春は反省した。


「た、たいしたことがないから、わざわざ言うのもって困ってらっしゃったみたいで……。扉がキイキイ言うのを直して欲しいってだけみたいなので、ほほほ」


「へぇ。ま、他にすることもないしねぇ。やるだけやるか」


 一応は引き受けてくれたらしい紹輝に、小春は胸をなで下ろす。

 これでいい。


 あとは天の采配次第――と、小春は全ての責任を天へ放り投げることにした。


「小春っ!」


 突然背中に衝撃を感じ、前のめりになる。早速、天よりのバチでもあったかと思った。

 話している最中ならば、危うく舌を噛むところ。


「し、朱閃……っ!」


 一瞬、紹輝に鋭い視線を向けた朱閃も、小春に呼ばれて表情を緩める。


 最近は王らしい格好にも慣れてきたのか、流行り物の、品の良い匂い袋まで所持しているらしい。

 誰に勧められたのかは知らないが、酒に賭博に溺れていた男も、雪姫への恋心のお陰で随分と洒落っ気が出たものだと小春は微笑ましく思う。


「何してるのこんなところで。御上サマの歩き回るようなところじゃないでしょ」

「この宮廷は全て世のものだ。余がどこを『偵察』しようと余の勝手だ」


 偵察と言うが、おそらく単に自分を探し回っていただけだろうという小春の想像は当たっていた。

 まるで雛鳥のようにやけに自分に懐いているらしいが、そのココロは彼女には分からない。 


「そなたこそ何をしている、そしてどこへ行く。余も共に行く」

「だめ。私は仕事なの。ほら、鏡局長もいるでしょ」


 指をさしたがそこに紹輝の姿はなかった。


 彼は木材を置き、両膝をついてうつむき加減に拱手しているのである。

 そう、これが本来国王たる朱閃へすべき挨拶の形。

 

 紹輝の上半身がやけに前後にフラフラしている所からして、多分奴は寝ているだろうが。


 そんな失礼な事態には全く気づいていない朱閃は、小春の腕を引いて物陰へ連れ出した。

 やけに深刻な面持ちの彼に、ただ事ではないと感じた。


「何? どうしたの、大切な話?」


 朱閃は重々しく頷く。


「あまり……」

「え?」


「あまり、余以外の男と話すな。仮ながらも余たちは恋人なのだし……」


 切なそうな顔で、キュッと手を繋いでくる。


 可愛い――。正直そう思ってしまいそうになったが、一体それのどこが大切な話なのか。


「あ、あのねぇ朱閃、そうは言っても鏡局長は私の上司なのよ? 話さなきゃ仕事にならないの。それより早くお務めに戻ったら? きっとまた李侍長が探し回られてるだろうし」


「それはない。今日はそなたの申した通り、ちゃんと行き先を告げてきた」


 朱閃はふふんと胸を張る。


「ほんと? やればできるじゃない!」


 はにかみながらも誇らしげに微笑む朱閃を、小春はおかしく思えて吹き出しそうになった。


「それと小春、今宵も昨日の耳掃除をしに来て欲しい。む、無論そなたの膝枕で……」


 最近政務を頑張っている褒美に、何でもしてあげると申し出ると、彼は耳掃除を所望した。

 渋々首肯すれば、朱閃にひどく幸せそうな顔で太ももに頬ずりされ、動かないでとたしなめれば、膝をなで回された。耳掃除をしている間中ずっと。

 

 雪姫との仲を取り持つ約束をしながらそれを破ることの自責の念から、彼のその不埒な行為も仕方なしと耐えていたが、このやけに嬉しそうな顔から察するに、また昨日のようなことを期待しているに違いない。


「毎日は耳に悪いからダメ」


 朱閃は哀しげな表情を浮かべたかと思えばすぐ、良いことを思いついたとばかりに口角を上げる。


「ならば今日は、余がそなたにしてやろう!」


 彼は嬉しそうだが、ありがた迷惑この上ない。

 何が哀しくて美青年に耳の掃除などされなければならないのか。それに朱閃のこと。なんだかとてつもなく危なっかしそうだ、と小春は思う。


「結構よ。そんなことより、こんなとこに糸くずがついてるわ」

「ん?」


 高級な貴服の襟についた小さな糸くず。たったそれだけのことでも、せっかくの綺麗な召し物が台無しに見えてしまうのだから気をつけなくては。


「はい、取れたよ」と微笑むと、思いの外朱閃の顔が近くにあった。

 それもやけに、真摯な視線を向けてくる。

 

 いつもの甘えたような朱閃ではない。

 黙っていれば、その辺の男など案山子かかしに見えそうなほど均整の取れた顔に、食い入るように見つめられてドキリとした。


「小春……」


 朱閃に手首を掴まれ、『男』の顔をされ、小春はそんな彼に見とれてしまったことと、現在の状況に頭が追いつかないことで完全に固まってしまった。

 そんな小春の薄く開いた唇に、朱閃がそっと顔を寄せる。


 流行物の匂い袋にでも酔わされているのだろうか。そう思うほど体が動かない。


 壁に映し出される二人の影法師がゆっくりと重なる――



「春ー! まだかかりそう?」


 どこからか聞こえてきた紹輝の声に、小春はハッとし、直前にまで迫っていた朱閃から慌てて離れた。


「――っ! い、いえあの……今行きます!」


 混乱ゆえとはいえ、朱閃からの口づけを大人しく受けようとしていた自分に、小春は羞恥を覚えた。

 朱閃の首から上を見ることができないが、彼はどうせ、いつものようなおやつをもらいそこねた子供のような顔をしているのだろう。


「い、いくら飢えてても、私とはそういうのはダメって言ったでしょ、もう……。じ、じゃあね」


 視線を彼に移すことなく、振り返ることもなくその場を走り去った小春は知らなかった。


 朱閃が赤い顔で、だが『男』の顔のまま、名残惜しそうにまだ手に残る小春の温もりに口づけていたことを。






「御上と春は、本当に恋人同士みたいだねぇ。いっそ本当にあの方の妾さんにでもなれば?」


 お爺さんも田舎暮らしを卒業できてなおかつ一生安泰だよ、と紹輝はヘラリと笑う。


 小春は、百の女性が喉から手が出るほど欲しい国王の妾という地位を、実はこの間蹴ったところだとはこんなところで言えない。

 それに朱閃も別に自分を女……として見ている部分はあるのだろうが、最終目的は食欲の方を満たしたいだけなのだから断って正解だったのだ。


「別に、御上とは本気でそういうのではありませんから……」


 言いつつ、小春はさっきのことを思い出して頬を紅潮させた。

 それを紹輝に気取られないよう、恐ろしいほど真剣に前だけを向く。


「そう? じゃあやっぱり炎龍とかがいいの? いやあ、あれはダメか。女癖が悪すぎるし、競争率が科試並に高い。君との釣り合いを考えたら、同期の何て言ったっけ……太っちょの…………そうそう、豆豆ドウドウ君が一番似合いかもね!」


 得意げにビシッと立った紹輝の人差し指を、小春はポキリとして地面と平行にしてやりたくなる。


 豆豆は決して悪い人物ではない……。

 頭は良いし、動けるデブだ。

 ただ李影や炎龍と違って女子に人気がある男でないことは、あの容姿からも明確。そんな彼と似合いと言われるのは、なんだかお前もその程度の女なのだと言われている気がしてムッとした。


(鏡局長ってサラッと失礼よねぇ……)


 重い荷物を持ってくれたり、さりげない気遣いは嬉しいが、惜しいところでなぜか恋人候補にはあがってこない。

 恋愛経験はさほどないらしいが、今までもきっとそんな感じで女性から遠ざけられてきたのだろう。


 顔はそこそこいいのだが、なぜかパッとしない不思議な男。


 ならば彼に好意を寄せている雪姫は、紹輝にとってもかなり貴重な存在のはず、と小春は思った。


「あの、局――」


 小春が何か言いかけたそのとき、紹輝の持っていた木材が落ちる音がしたかと思うと、彼に強く抱きしめられた。


「――!」


 あまりのことに、頭が真っ白になる。

 男物の空色の文官朝服が目の前にあって、細いと思っていた紹輝の、思いの外逞しい腕に閉じ込められていて。


 小春は、自分が間違いなく紹輝に抱きしめられていることだけは分かった。

 だが、一体何がどうなっているというのか。


「……あ、あのっ……?」


 まさかそういう桃色な展開なのか。

 いやいや、雪姫が待っているのにとドギマギしながら、実は美形側に分類される眼鏡の上司を見上げる。


「ったく。危ないなぁ――」


 小春の妄想をあっさり裏切るかのように、紹輝は小春をあっけなく放した。

 顔をしかめ、彼は自分の肩を辛そうにさする。


(え? 何?)


「だ、だ大丈夫でしたか!? す、すみませんでした!」


 弾弓――休憩時間にゴム紐で小石を飛ばす遊びをしていたらしい青年らが、申し訳なさそうに何度も謝る。


 小春が視線を落とすと、紹輝の足元には貨幣ほどの大きさの小石が落ちていた。

 状況から察するに、彼らの方から飛んできたものであろう。

 

 小石とは言え、あれがもし顔にでも当たっていたら――


(そっか、局長、私を庇ってくれたんだ……)


 一時は妙な考えが頭をよぎってしまったが、実際は本当に危ないところを助けられたようであった。


「ありがとうございます、局長……! 肩、大丈夫ですか」


 肩に石が当たったようだが、血は出ていないのだろうか。

 紹輝はポンポンと先ほど当たったらしい箇所を叩くと、ふわりと笑う。


「別にこのくらい大したことじゃないよ。びっくりさせて悪かったね」


「いえ……。でも怪我の具合とかみておいたほうが……」


「大丈夫だよ、ワシも男児だ。ほら、早く行くよ」


 落とした木材を再び持ち上げ、颯爽と背中を見せる。

 ああ、雪姫はきっとこういう彼の優しい所を慕われたんだな、と眼をやんわりと細め、急いで彼に追いついた。


「あの、さっきは私と豆豆がお似合いとか仰ってましたが、局長はどういう方が好みなんですか」


「ワシ? ワシはやっぱり雪姫とか憧れるけどねぇ」


 わ、二人は早くも両思い!?

 やったっ! と小春は両拳を握る。


「春は何度か会ってるんだよね。あーあ、ワシも一度でいいからお目に掛かってみたいよ、雪姫に」


 え……? 


 小春は耳を疑った。

 彼は今、何と?


「あの、お会い……したこと、ないんですか」


 そんなことないですよね、という思いを込めて尋ねる。


 だってあんな事件のことを、忘れるはずがない。


「当たり前でしょ。あちらは雲の上の御方なんだから」


 何言ってるんだか、と紹輝が微笑む。


 会ったことがない――?

 そんなばかな。


 紹輝の思わぬ言葉に、小春は声を詰まらせた。


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