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+第十一話+ 炎龍の不敗神話

 月の綺麗な夜。


 炎龍は宮外の豪華な料亭にいた。

 大物官吏ら御用達の、異国の使者らをもてなす時にも使う一流飯館。


 炎龍が決まって女と会う場所、三カ所のうちの一つであった。

 あまり場所を変えないのは、その店の料理が美味であるからとか、酒の種類が豊富であるからというだけではない。


 好きでもない、ただの一時しのぎの女のために、色々と考えるのが面倒だというだけのこと。


 相手の女たちとて、炎龍という高級官吏と共にする食事と恋人気分を味わうのが主であって、場所など付随品としか思っていないであろうし、ケチをつける女なら二度と会わない。


 それに場所を固定化しておけば、いつしか店側も、何も言わずとも隣の部屋に布団をしいておいてくれる。


 宮廷からはほどよく離れているし、裏口から出入りすれば誰とも顔を合わせずにすむ。 これ以上の場所を探す必要性を感じなかった。


「酒は? 小春」


 今宵の女は、同期たる鏡紹輝の部下、小春であった。


 何でも最近の王のお気に入りの女らしく、炎龍もすぐに興味を持った。


 王は確か、雪姫に好意を持っていたはず。

 それがなぜこんな、壕家とはいえ田舎育ちの平凡女に惹かれたのか。


 無理矢理自分の女になれと迫ってから度々食事に連れて行ってやっているが、まだ『隣の部屋』には連れ込んでいない。

 それどころか接吻の一つもしていないのだから、今までの中で最高に清純な付き合い方をしていた。


 別に彼女を気遣っているつもりはない。


 王がなぜこんな田舎娘に入れ込んでいるのか知る前に、存外ウブそうな彼女に手を出して逃げられるのが面白くないからというだけのこと。


 だいぶと奥手らしい御上よりは先に、接吻にしろその先にしろ、手をつけてやろうとは思っているが。


「ったく……、豆豆ドウドウも食べるだけ食べておいて放ったらかしにするなんて……」


 自分の話も聞かず、小春がジト目で見やるのは、個室の端でイビキをかいて眠る彼女の同期、豆豆。

 炎龍も何度か顔を合わせたことがある、食い意地のやけにはった丸い顔の男だ。


 食事に誘ったはいいが、まさか他の男を連れてこられるとは……。


 正直矜持が傷ついた。

 表には決して出さないが。


「おーい、聞いてるか、小春? 酒はどうするって」


「え? あ、すみません。私は呑めなくて」


「なら注いでくれ」


 とっくりを渡して盃を差し出すと、小春が緊張気味に注ぎ出す。


 その一生懸命で不慣れな感じは、確かに今までそういうことに熟れた女としか付き合ってこなかったせいか、少し萌えるものはあるが、決め手にはなり得ない。


「お前さあ、宰相になりたいって聞いたけど、本気か?」


 小春の肩がピクリと上がる。


「だ、誰にそれを……っ」


「あそこに転がってる巨大な豆だ」


「豆豆……、後で殴る」


 余計なことを、と小春は怨めしそうに豆豆を睨み据える。


「なあ、小春……」


 呼ばれて彼に視線を戻すと、僅かに俯いた炎龍の半顔に影ができ、部屋を照らすロウソクの明かりが彼の片眼に灯をともしていた。


「お前、分かってるのか? ――それ、このオレと競合するってことだぞ」


 ジリッとロウソクの炎が芯を焼く。


「まあ、そうなりますね」


 あまりにあっけなくそう言った小春に、炎龍は拍子抜けしたように苦笑する。


「『そうなりますね』って……千倍以上の倍率のある科試を首席で通ったオレに、まさか勝てると思ってるのか?」


 思わず嘲笑を含んだ笑みを向けてしまい、炎龍は内心不味かったかと思った。


「『炎龍不敗神話』」


 懐かしい単語に、炎龍は小春を見つめた。


「鏡局長に聞きました。あなたは今まで誰にも負けたことも、失敗したこともないって。頑張って頑張ってのし上がってきた来た人たちを、努力もしないあなたがあっという間に蹴落としていくって」


「すげぇ聞こえ悪……。事実だけど」

 

 炎龍は自嘲気味に笑う。


 彼は、自分は目立つことなど何もしていないつもりだった。


 普通に試験を受けて、普通に武術を教わって。


 別段真面目でもないし、情熱を傾けるようなこともしていない。

 

 なのに、なぜかいつも他人より出来た。

 というより出来すぎた。 


 試験では、首席以外取ったことがない。

 武術では、数日やれば上級者にも勝てた。


 気がつけば、いつしか周りからは「不敗神話」などと言って、時に賞賛され、時に冷たい目で見られていた。


 普通に、自分ができることをただしてきただけなのに、周囲の者は皆それが異常であるかのように評価する。


 他人が考えるほど、こんな才能はありがたみのあるものなんかじゃない。


 上がる舞台には、いつも自分以外誰もいないのだから――



「そろそろ誰かに負けてもいいんじゃないですか。そんな伝説に縛られたあなたを、私が楽にしてあげますよ」


 なぜかその言い方におかしさを感じ、炎龍はゲラゲラと相好を崩した。


 別段これは、先ほどのような嘲笑ではない。


 今まで自分に勝負を挑む者は一人残らず潰してきた。

 というより、競い合ううち、相手が勝手に闘志を失って潰れていった。


 同じく努力してきた者に負けることと、自分のように天賦の才だけの者に負けること。

 炎龍からすれば負けは負け。


 同じだと感じられることも、敗北を喫する側からすれば、後者はどうしても許せないらしい。


 努力をしてきた者に敗れても、彼らは抱き合って互いの健闘を認め合っていた。

 なのに自分には――


『なんであんな奴に……』


 そんな言葉を何度耳にしたか。



(理解不能なんだけど……)


 敗者から向けられる絶望的で恨みがましい視線を受ける度、炎龍はそう思っていた。


 李影は競争相手として申し分ないが、彼は勝負というものに大して重きをおいていないし、何より彼は武官だ。


 自分というものを持てあましていたところへ、思いがけない挑戦状を叩きつけられてなぜか嬉しくなる。


 久々に自分にケンカを売ってきたこの女は、一体どこまでもつだろう。

 それに彼女の後ろには、あの狐男もついていることだ。


 面白い、と炎龍は酒をあおる。


「お前のその勇気に免じて、オレももう嘘はやめる」


 盃をパンと置いて、小春の目を見た。


「オレには好きな女がいる。が、お前じゃない。……――雪姫だ」


 ピクリと小春の頬が凍ったように引きつった意味を、炎龍は知る由もなかった。




◆……◆……◆




「朱閃ーッ!」


 気分転換にと、内庭を逍遙しょうようしていた朱閃の耳に、自分の名を呼ぶ声が飛び込んできた。

 

「小春っ! 余に会いに来てくれたのか」


 何があったのかは知らないが、必死に自分の元へと走ってきてくれる小春に頬がだらしなく緩む。


 激しい勢いで走ってきた彼女を体で受け止め、すぐに腕の中へ閉じ込めた。

 まるで抱きつきに来てくれたようで、朱閃は頬を桃色に染めて喜ぶ。


 折角の好機を逃すまいと小春を抱く手に力を入れるが、いつもなら嫌がる小春が、今日は焦っているせいか手をふりほどこうとしない。


 これは接吻に持ち込めるだろうかと、邪な考えが首をもたげ、唇を尖らせて顔を近づけた途端、小春に胸を叩かれた。


「冗談はやめて。大変! 大変なんだってっ! いい? 落ち着いて聞いてね」


 接吻には失敗したが、息を切らし、頬を紅潮させて自分を見上げる小春が可愛くて仕方ない。


「あのね……炎侍中が……雪姫を好きなんだって……っ」


「…………? ふーん」


 自分の反応が意外だったのか、小春はキョトンとして瞠目したまま言葉を詰まらせる。


 そういえば自分は、まだ雪姫が好きなことになっていたかと今更気づいたが、既に遅し。


「ふ、ふーんじゃないわよ! 普段は弱気なくせに、どうしてそんなに余裕ぶってるの!? ああ……どうしよう。容姿よし、頭よし、家柄よし、おまけに不敗神話を誇る黄金世代の美男……対、朱閃……」


「その言い方だと、余には一つも良いところがないみたいではないか……」


「ご、ごめん。でも、あの女子に絶大な人気を誇る炎侍中まで参戦してきたとなると、何か有効な手を打たないと。でも私、よく雪姫のこと知らないのよね」


 悩むように眉をひそめていた小春は、いいことを思いついたと表情を明るくした。


「朱閃、私、雪姫と友達になってくる!」


「え? も、もうよい……。そうだ、余と茶でも飲もう。そなたの好きな菓子も取り寄――」


「もういいだなんて、諦めちゃだめ。恋は先手必勝!」


「そ、そうではなく、小春……余はそなたが…………あぁ」


 懸命に二人きりに持ち込もうとする朱閃を振り払い、小春は再びものすごい早さでどこかへ走って行った。


 がっくりと肩を落とす朱閃を残して。


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