婚約者様が「本当の自分を愛してくれる人」と出会ったそうです!大変!きっと詐欺ですわ!!
「アレクサンドラ、お前との婚約を破棄する!」
貴族学園の卒業パーティーで、私の婚約者であるエアリー公爵令息ウィリアム様が声を張り上げました。
周囲がざわめき、貴賓席から国王ご夫妻とウィリアム様のご両親である公爵ご夫妻が身を乗り出します。ウィリアム様は国王陛下の甥ですから、公爵ご夫妻はもちろんのこと、国王陛下もこのとんでも発言に仰天されている様子です。
「私たちの婚約は検討に検討を重ねて決められた、重要なものですわ。それをこんな急に破棄だなんて。理由をお聞かせいただけますか、ウィリアム様」
「私は、『本当の私』を愛してくれるナタリーと結婚したいのだ」
その声を合図にペリゴール男爵令嬢がウィリアム様のそばに寄り、ウィリアム様は剣すらまともに振れない細い腕で、彼女を抱き寄せました。
「アレクサンドラは私の身分しか見ていない!口を開けば『未来の公爵としてどう』『王位継承権をもつ人間としてどう』という話ばかり!そんな婚約者にはうんざりだ!私はひとりの男として愛される結婚生活を望む!」
「まあ…!」
私は大きく開きそうになってしまう口を、慌てて扇子で隠しました。
「『本当の自分』を愛してくれるペリゴール男爵令嬢と結婚したい…?」
「そうだ」
「ペリゴール男爵令嬢は『本当のウィリアム様』を愛してる…?」
「そうだと言っている!ナタリーは私の身分と表面しか見ようとしないお前と違って、『本当の私』を…私の内面を愛してくれている!」
私は、目を見開いて、それからぎゅうっとつぶって、また見開きます。
何度目を閉じて開けてを繰り返しても、顔をふるふると振ってみても、目の前には同じ光景。
「本当の自分を愛してくれる女性と結婚したい」と鼻の穴を大きくするウィリアム様と、彼にべっとりと寄りそうペリゴール男爵令嬢。
どうやら今起こっていることは、現実のようです。
――でもやっぱり、信じられない。
「ウィリアム様、そんなのありえません!きっとこれはペリゴール男爵令嬢による詐欺ですわ!!」
「な…っ!追い詰められて何を言うかと思えば、そんな馬鹿馬鹿しい…!」
馬鹿馬鹿しくなんてありません。
「だって、本当のウィリアム様のことを好きになる女性なんて、この世にいるはずありませんもの!」
「なんだと!?」
ウィリアム様は「アレクサンドラは私の身分と表面しか見ていない」とおっしゃいましたが、それは違います。
私は婚約者として過ごした十年間、ウィリアム様の性格や言動もしっかりと見てきました。
しっかりと彼を見たうえで達した結論が、「私はウィリアム様のことを一生かかっても愛せないし、ウィリアム様のことを好きになる女性なんてこの世にいるはずない」なのです。
――私たちの婚約が決まったのは、八歳のとき。
婚約が決まったとき、祖父母からも両親からも「彼を愛せるよう、努力しなさい。夫婦になるのだからね」と言われました。
それ以来、私は彼のいいところを探して、彼を愛そうと、本気の本気で努力してきました。
けれど、到底無理でした。
見れば見るほど、知れば知るほど、彼の嫌なところばかりが目について、彼のことをどんどん嫌いになっていったのです。
むしろウィリアム様の身分と表面しか見ていなかったら、彼のことを「金髪碧眼、甘いマスクの貴公子で、とっても素敵♡」なんて思っていたかもしれませんけれど。
「ウィリアム様の中身を知って、それでもまだ好きでいられるなんて、ありえませんわ!断言できます!」
◆
だから私はペリゴール男爵令嬢の前に、どんと仁王立ちになりました。
ウィリアム様のことは嫌いですけれど、詐欺師はそれ以上に許せません。
「ペリゴール男爵令嬢は、ウィリアム様のどこを好きになったのですか?お答え次第では、詐欺の疑いで騎士団に突き出しますわ!」
するとペリゴール男爵令嬢は、得意げに顎を上げました。
「まずは完璧な容姿の裏に隠された脆さですわ。表面的なことしか見ていないアレクサンドラ様にはわからないかもしれませんが、彼の本質はとても弱くて繊細なのです。私はそんな彼を守って差し上げたいのです」
「…!」
ウィリアム様が脆くて弱いことは、実は私も知っています。
幼いころから、彼は辛いことから逃げて楽なほうへ流れる性質をもっており、それは貴族学園入学後も変わりませんでした。
《カードはやめて、勉強してください。もうすぐ期末試験ですよ、ウィリアム様》
《…勉強は嫌いなんだよ。数式なんて役に立たないし》
《嫌いなことから逃げてばかりいてはなりません。あなたは公爵になるお方で、国王として即位する可能性だってございます。知識はどれだけ身につけても無駄にはなりませんし、諦めずに苦手なことに取り組むという姿勢自体が大切な…》
《何様のつもりだ!人もいない辺境で何もせずにただ威張りくさっている辺境伯の娘が!》
《辺境にも人はいますし、お父様は威張っていませんし、国境地帯を守る大切なお仕事をしておられます!無知を恥じ、謝ってくださいませ!!》
《うるさいうるさいうるさい!》
間違いを指摘されたときに攻撃的な言動をとるのも、おそらくはこの脆さを無意識に隠そうとしているものと思われます。
ただ彼は国王陛下の甥で、王位継承権は従兄弟である王子殿下たちやお父上である公爵閣下に次いで六位。
それを考慮しますと、彼の脆さや弱さ、そしてその表れである攻撃的な言動は、克服すべきものであると私には思えました。
それを守るべきものと捉えるとは、これが愛の力なのでしょうか。
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる私に、ペリゴール男爵令嬢は続けます。
「損得勘定で動かず、気の合う友人を大切にするところも、情に厚くて素敵ですわ」
「…!!」
ウィリアム様は、いつも同じ友人たちと一緒にいます。多くは下位貴族の子弟で、成績も振るわない男子生徒たち。とてもウィリアム様のためになる友人とは思えません。
しかもウィリアム様と彼らはいかがわしいサロンや賭博場に頻繁に出入りして朝まで遊び、サロンや賭博場にかかるお金は、友人分も含めてウィリアム様が支払っているのです。
《ウィリアム様、彼らはあなた様のお金で遊びまわるのが目的なのです。どうか今後はウィリアム様の助けになってくれる志高い人たちと交流をもってください。だから一緒に勉強会に行きましょう》
《私の大切な友人を謗るのはやめろ!勉強会になんて行かない!私はいつもの仲間といるのが楽なんだから!》
《でもそれでは将来困ることに…》
《うるさい!この無駄に背の高い女め!私を威圧するな!》
《私は背の順で真ん中あたりですよ。ウィリアム様が小さすぎるのでは?お食事はバランス良く取られていますか?》
《黙れ!出ていけ!》
くどいようですが彼は将来の公爵で、王位継承権も六位なのです。
いつか公爵家や、まかり間違って国のトップとなったとき、狭い人脈しかもたなければ、有能な人材を身近に置くことができません。
ですから私は口酸っぱく彼をパーティーや勉強会に誘い、それを拒否する彼を「将来のことを何も考えていない馬鹿者」「いつか悪友に足元を掬われるわ」なんて思っていました。
それを「損得勘定で動かず情に厚い」と見なすとは…
彼を愛していない私には、思いつくことすらできませんでした。
「しかし一方では豪快にお金を使うところには、男らしさを感じます。私には馬車をくださいましたの」
「…!!!」
確かにウィリアム様は贅沢がお好きです。
「馬小屋をいっぱいにしたい」という馬鹿げた理由で乗りもしない馬を何頭も買ったり、「私が一番高価なプレゼントを贈ってやらねば」と見栄を張ってご友人に城を贈ったこともおありでした。
《ウィリアム様、行き過ぎた贅沢はおやめください》
《私の金をどう使おうが、私の勝手だ》
《しかしこれはもとはと言えば、領民が納めてくれた税です。それをただただ見栄のために使ってしまうだなんて、領民が知ったらどう思うか…》
《領民の気持ちなど考えている暇があったら、その汚い赤毛をどうにかしろ》
《この赤毛は尊敬するおばあ様譲りで、大好きなのです。染めるつもりはありませんわ》
「民に寄り添う政治」を掲げている父のもとで育った私には、ウィリアム様のお金の使い方は到底容認できるものではありませんでした。
最近では重税に苦しんだ民が、領主やその家族を襲う事件もありますし。
そんな危険極まりない浪費に、「男らしい」という煌びやかなラベルを貼るなんて。
ついに私は、「自分が彼を嫌うあまり、どんどん悪いように考えていたのかもしれない」と思い至りました。
――完全なる敗北。
「…心から謝罪いたしますわ、ペリゴール男爵令嬢。あなたが本当にウィリアム様を愛していらっしゃることが伝わりました。あなたは私が成し遂げられなかったことを成し遂げられました。私が途中で諦めて登れなかった高い高い山を、あなたは軽々と飛び越えてしまったようです。詐欺だなんて疑って、本当に申し訳ありませんでした」
ペリゴール男爵令嬢は「ふふん」とまた顎を上げました。
「わかっていただければ結構ですわ。つきましては、おとなしくウィリアム様の婚約者の座を譲ってくださいますわね?」
「もちろんですわ」
◆
私とウィリアム様の婚約は、本来であれば破棄が難しいものです。
昔よりは貴族同士の結婚のルールも緩くはなったというものの、「国王の甥」と「高い独立性と強大な軍事力を持つ辺境伯の娘」の婚約は、国王陛下も検討に参加されて決まったものでしたから。
けれどよりにもよって国王ご夫妻の臨席を賜る貴族学園の卒業パーティーで、「本当の自分を愛してくれる女性と結婚したい」なんていう貴族らしからぬ理由で、祖父の代までは平民だった男爵令嬢を選び、国家レベルで重要な婚約を独断で破棄すると大声で叫んでしまったので、ウィリアム様は国王陛下の怒りを買いました。
そのためウィリアム様は、その場で王命により廃嫡され、私との婚約もなくなったのです。
そう決まったときの、ウィリアム様の反応は意外なものでした。
「廃嫡…!?どうして…!どうしてですか、伯父上!」
私はきょとんとしてしまいます。
「なにを驚いていらっしゃいますの?」
自由恋愛で結婚する貴族がちらほら出てきた現在とはいえ、さすがに祖父が爵位を賜ったばかりの新興の男爵家の娘が、「国王の甥の妻」や「もしかしたら王妃になるかもしれない立場」に納まることは難しいと言わざるを得ません。
「男爵令嬢かと思ったら、実は赤子のころに誘拐された大貴族の娘だった」というならまだ目はあるのですが、そういったご事情はないようで。
ですからウィリアム様がペリゴール男爵令嬢を正妻に望み、大貴族の娘である私と婚約破棄するのであれば、嫡子の立場も王位継承権も、捨てるしかないのです。
――婚約破棄の結果として、至極当然では?
ウィリアム様は「それよりも、こういう公式な場では伯父上ではなく国王陛下とお呼びしないと」という私の小言にまったく耳は貸さず、「いや、廃嫡だけならまだ…弟にやるはずだった領地と爵位をもらえばいいだけの話…」などと、ぶつぶつ言っています。
私が「廃嫡だけで済むと思いますか?」と聞く前に、「廃嫡だけで済むと思うな!」と声を上げたのは、保護者席に座っておられたウィリアム様のお父上、公爵閣下です。
閣下は顔を真っ赤にして、「ウィリアムには、爵位も領地も与えぬ!家門から永久に追放だ!」と宣言されました。
「そんな…!私は…これからどうしたら…っ」
私はまたきょとんとしてしまいます。
「婚約破棄したあとどうなって、自分はどうしたらいいのか、まったく考えていなかったのですか?」
本当にそうだと言うなら、あまりに浅はかです。
――やっぱり私は、こんなウィリアム様は好きになれない。
「けれど大丈夫ですわね!」
私が彼を愛せなくても、本当の彼を愛してくれるペリゴール男爵令嬢がいるのですもの。
私はペリゴール男爵令嬢に笑いかけます。
「考えなしに婚約破棄を宣言して廃嫡され、一文無しで家を追い出されるウィリアム様ですが、あなたならきっと『彼の人間らしくて正直な生き方が好き』なんておっしゃるのでしょうね。これぞ愛ですわ」
――私には到底理解できない、尊くて強い愛。
私は青い顔をした二人に、頭を下げました。
「どうぞお幸せに。さようなら」
◆
「兄上は元ペリゴール男爵令嬢に捨てられ、毎日うちの門の前で許しを請うているよ。遠くから聞こえる兄の喚き声で起こされる朝は、なんとも爽やかだね」
数か月後、貴族学園のテラスでお茶をしながら、そう私に教えてくださったのは、ウィリアム様に代わって公爵家の嫡子となり、私の婚約者にもなったジェームズ様。
ウィリアム様の一歳年下の弟君でいらっしゃって、ウィリアム様とは正反対の、長身で逞しい男性です。真面目過ぎて少し融通の利かないところはありますが、誠実で責任感に溢れており、私の赤毛を「綺麗だ」と褒めてくださる方です。
「そうなんですの?」
ウィリアム様を廃嫡した公爵閣下は、一族郎党に「ウィリアムを助けることはならぬ」という厳命も下されました。
ウィリアム様のお金で遊び回っていた「大切な友人」たちも、助けてはくれませんでした。そんな義理堅い人たちであれば、人のお金で遊び回ったりしませんし。
そしてペリゴール男爵も、父が苦労して手に入れた大事な爵位を守るためにさっさと娘を切り捨て、二人を助けてくれる家門はどこにもありませんでした。
公爵家による追跡調査によると、結局二人は元ペリゴール男爵令嬢の乳母を頼り、仕事を世話してもらったそうです。
しかしウィリアム様は仕事を放りだし、悪い仲間とつるみ、さらには元ペリゴール男爵令嬢が働いて得たささやかな収入を、カード遊びで散財してしまいました。
「そのようなわけで、元ペリゴール男爵令嬢は怒り狂い、呆れ果て、ウィリアムのもとを去ったんだ。今は田舎の小さな商家で、家庭教師をしているらしい。不安定で厳しい暮らしだろうな」
どういうことかしら。
彼女はウィリアム様の脆さや浪費を、愛していると言っていたのに。
「…やっぱり、詐欺だったのかしら?」
いいえ。
それならば彼女は、無一文のウィリアム様と一緒に王都を去ったりはしなかったでしょう。お金を搾り取れないとわかった時点で、彼を捨てればいいだけですから。
――ああ。
「愛が彼らに美しい夢を見せ、欺いたんだわ」
ジェームズ様はそう呟いた私に、「そうかもしれない」とお茶とお菓子のお代わりを勧めてくださいます。
…どうして彼は私の好きなお茶やお菓子を正確に把握しているのでしょう。
無理強いすることもなく「もういらない?」と聞いてくれるその柔らかい微笑みに、私の胸が鳴ります。
胸に広がったこの温かさが愛だというのなら、私もいつか愛に欺かれてしまうのでしょうか。
そんなことにはなりたくない。
だから私は、目の前にいるジェームズ様を、しっかりと見つめます。
「…ジェームズ様の好きなものを、知っていきたいですわ。できるだけたくさん」




