海のにおい
2020年代初めのとても暑い真夏の日の下で、その連絡を受けた。それは全く予想が出来ていなかった。呑気な自分の罰の悪さを後悔した瞬間だった。
その日は腹が減ったので何か食べに行こうとした途中で、アパートの駐車場辺りに降りた時に連絡を受けた。普段はマナーモードでほぼスルーなのにその時だけ何故かスマホが鳴るのだ。
通話を押して耳に当てる。兄妹の中で比較的仲がいい妹の名前が画面にあったので出たが、別の奴ならおそらく出ない。飯が何よりも最優先事項だと、この時は思っていたからだ。
「どうした? 何か用か?」
「さっき母さんから連絡あったんやけど、婆ちゃん亡くなったって」
「え? あぁ……そうか」
「だから、告別式は明日で葬儀は明後日やて」
「そうか分かった。今から帰るわ」
「そんでお母さん、忙しいなら帰らんくていいって言ってる。私も帰れたら帰る予定なんよ」
「あー、とりあえず、それ無視するわ。それにおまえは無理すんなよ子供もいるし、じゃあ切るぞ」
返事を聞く前にスマホの通話を切った。まさに寝耳に水。母は(危篤になったら、すぐ帰れる様にお金を貯めておきなさい)と、事あるごとに言っていた。
まったく、壮大な嘘をつかれた気分になる。酷い裏切りだ。何とも適当、自己中なのは変わらないようだ。
まさか婆ちゃんが死んでから連絡をよこすとは、言ってる事とやってる事が違うやないか!
それからは会社に電話をして、大まかな説明をやってから、しばらく休む事を告げた。今日がたまたま休日出勤の振替日で良かった、これからすぐ出発できる。
私の実家は九州の隅っこにあるような片田舎で、今だに陸の孤島だと思うような環境に存在する。丸く突き出た半島状の地形にリヤス式海岸の様な山と谷が連なる地形。学生の時に地理の先生に聞いた話では火山活動の影響だろうとの事だった。
トンネルが土砂崩れなどで塞がれば完全に孤立する。ちなみに携帯は通じる、幸いと言うか、かろうじて大丈夫なのだ、意外である。
そんな事より車で帰って……良くて17時間後に到着予定……かな?先は長い、何しろ日本を半分以上縦断して行くのだから簡単ではないのだ。
ここで問題、なぜ車を選んだのか? 正解は今回に限って金がかからない。電車(新幹線)、飛行機、船、他にも検討したが高速代が1番安かった。それにド田舎では車が無いと話にならない。公共機関が無いに等しく、唯一の路線バスは約3時間に一本のへんぴな場所にあるからだ。うっすらタクシーが有ったような記憶はあるが、今現在有るかはあてにならない。
おっちゃんが今も健在とは限らないからだ。等しく高齢化と過疎化は続いている。
「真夏に逝くとは……エアコン無いからか? ……よ〜し、出発しますかって、そんな訳ないか」
俺はそう呟きながら車のキーを回す。ハンドルは激熱、火傷しそうだ。
無理して買ったローンだらけの中古車に喪服がわりのスーツと簡単な身の回りの荷物を乗せ、一路高速の入り口を目指して車を出した。
これからの長旅にため息をつきながら車から流れる音楽のボリュームを2つ上げる。ラジオから流れる今流行りの曲、らしいがグループ名が分からない。特に最近の歌手は全く覚えられず有名な曲だけが、ヘビーローテーションで何処ともなく、いたる所から流れるのでうすーく覚える。しかもサビの辺りだけ、知らぬ間にオジさんの完成だ、自覚と共に少しショックを受ける。
とにかくまず西に、ひたすら西に車を進める事にする。高速の入り口へ車線変更をしてETCのゲートをくぐり道案内の看板を見ながら本線へ合流する。何回やっても慣れない。
毎回ココだけ変に緊張するのだ。1回間違えたらお終いのクイズみたいだと常々思っている。リアクション芸人でも無いのに間違えた時のセリフを考えている自分がおかしくて笑える。
「フッ」
本線に乗ったら後は流れるままに進むのみ、飯は何処で食べようか……。どうせなら美味い物が良い……急な事で前情報がない……仕方ないのだが。適当にサービスエリアでも寄って探す事にしよう。
心の声が漏れていたかも。独身男の独り言だ、気にするな俺。どうやら、もうすでに暇になって来ているらしい。
途中トイレ休憩に立ち寄って売店やら食堂やら見て回るが、結局コンビニで売っているサンドイッチとコーヒーを買ってしまう。ビビりなのは変わらない。新規に挑戦するのが苦手で安定の〝いつもの〟になってしまうのだ。チキンカツサンドはマストだね。
時々、単独走行をしながらCDを聞いたり歌ったり発声練習で『なんでやねん!』と独り言を言ったり、ラジオに突っ込んだりと、時間は進んで行く。
そろそろ一人遊びに限界と思った時、やっと大阪を超えた辺りだった。まだ半分も来ていない……はぁ。思えば遠くへ来たもんだ。実感である。
それより夕刻が近づいている。先にいい駐車場を見つけて仮眠を取ろう、疲れたし腹も減った。夜の方が車も少ないだろうし、目が疲れずに済む。
そして気付く……毛布がない! のせたつもりだったのに、これは体が痛くなりそうな予感がする。こんな時にキャンピングカーや完全に平らな室内になる車が欲しい。ちょっとした事だが大きいと思う俺。
仕方ない、波打ったシートで寝る事にした。
金が有れば話は別なのだろうが、不真面目な自分が恨めしい。頑張れど頑張れど楽にならず、拗ねて、いじけて、自暴自棄。バイト並みの仕事ばかりでジリ貧余裕が無いのに危機感が無い。
日々は流れて行く。流れ続けて、流され続けて、遠くに来て今の生活をして、漂って現実が分からない。
車の窓から見える空は青みがかった夜のそれに変わろうとしていた。
…………
仮眠を取って起きると辺りは人工の光で夜を作っていた。空も暗い、星が見えず月だけが大まかな位置を知らせていた。
体を起こし目を擦りながら意外と冷えている事に気がついた。やっぱり毛布は必要だった様だ。夏なのになんだか怪談じみている。今日は見えない様でホッとする。
ホッとついでにホットコーヒーでも飲もう、おっさん絶好調になったみたいだ。仮眠は正解だな、寂しい自問自答をしながらまた車を走らせる。
車のカップホルダーにはさっき買ったホットコーヒーのカップを入れている。正直暑くて飲めない、夏に買う物ではないな。しばらくは香りだけ味わう事になった。
のらりくらり、だらけてやっとの思いで九州に到着、しばらくの後、高速をおりた。
「ここは……何処だ?」
覚えのない場所、知らない道、故郷とは思えない。(正確にはまだ故郷ではないが)知らない場所から知っている場所に行かなければ迷子になりそうだ。久しぶりの帰郷、変わりもするし忘れもする。
ナビがあって良かったよ、まったく。とりあえず知ってる大通りに出て車を走らせる。何となく方角は分かるので標識も頼りに進んでみる。
知ってる場所を見つけてからは早かった。昔のまま進んで夜明け前には到着出来た。自分で思う、嘘みたいだ。早くないか? 夜明け前だよ。
我が町、我が故郷、そして二度と住みたくない町、苦い思い出の町、自分なりに後悔はない町。親には申し訳ないのが本音だ。
さて、常識的に考えてまだ早い。実家は入れないはずだ、起こすのも忍びない。来る途中にあった見知らぬ『道の駅』で休憩でもしよう。客が来るか分からない施設だが、こんな物があるとは驚きである。
諸行無常を感じる。比較的新しい建物、駐車場の隅に車を停めて休憩、シートを倒して楽な体制をとる、そして眠くなり寝てしまっていた。相当疲れていたみたいだ。
…………
微かな賑わいから目が覚め、何となく人気を感じ取りながら体を起こした。スマホの時計を見ると11時を過ぎ、もう直ぐ昼になろうとしていた。
「やべ! もうこんな時間か」
車を走らせ実家では無く祖母の家に直接向かった。行くとすでに親類がオールスターで座っており、遅れて到着した私を一斉に見る。場違いと思う雰囲気の中、頭をペコペコしながら家に上がる。
長男である自分が家も継がず自由気ままに出て行って、こんな時に帰って来ると親族達の目がより一層厳しい物に思えてくる。多少の後ろめたさがまだあるからなのだろうか。
「帰ったんかい。まあいいけど」
「ああ、うん、車どこに止めたらいい?」
「隣の家は誰もおらんからそこにとめ」
「え、いいの?」
「大丈夫や」
母との何年かぶりの会話がこれだ。昔とさほど変わりがないが方言が上手く使えない。
「その前にばあちゃんに線香あげ」
「ああ、そうする」
怖くて見られない親族の間を通り、立派な仏壇の前に作られた、少し小さめの祖母の祭壇の前に歩いて行き、これまた久しぶりの正座をして座る。足の筋が予想以上の変化を実感しながらゆっくりと座った。
そして、一連の作法だと思う動きで線香を立てる。凛を鳴らし手を合わせてから拝んだ。祖母はとうとう先祖になったのだと思い、目を閉じる。
すると間を置かずに母が隣に来てこう言うのだ。
「ばあちゃん、一番会いたかった長男が帰ってきたよ。わざわざ遠い所から、よかったね」
母が祖母の遺影に向かって話す。
瞬間的に涙腺が崩壊して涙が溢れ、嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。後にも先にもあんな事は初めてで、今だに不思議な現象と認識している。大の大人が恥ずかしげも無く大泣きしたのだ、親族連中はさぞドン引きだっただろう。最後までまともに話せなかったし顔もあまり見られなかった。
恥ずかしい痴態をさらしていた時は只々、祖母への謝罪の言葉しか浮かばず、孝行出来なかった事と迷惑をかけた事に心が傷んでいた。
(ごめん、ばあちゃん、ごめん……ごめん)
親と折り合いが悪く実家を飛び出し、そのまま祖母の家に転がり込み、それから暫く経ったある日、突然上京すると告げて居なくなったのが若い時の自分。
そんな事がきっかけで歳を重ねるにつれ、後ろめたさが増していたのかも知れない。そこからはスーツに着替えて隅っこで小さくなっていた。居心地がかなり悪い、若い時の自分が悪い、そんな気持ちでいた。
ちなみに今日の告別式は祖母の家でやって本葬は明日、葬祭場でするらしい。
時間は流れ親族が帰るのと入れ替えになる様に妹親子がやって来た。そこからは子供のおかげか場の雰囲気が明るくなり、一瞬葬式である事を忘れそうになる。
「来たよう」
「あんた子供連れて帰ったんか?」
「うん、初ひ孫やからな、お別れさせようと思って」
母と妹の会話を聞いて自分も玄関へと向かった。そこには学生では無くなった妹と二人の子供が一緒だった。上の子は小学校前の男の子で、もう一人はまもなく2歳になる女の子を抱いていた。
「兄君、早いな」
「ほぼ徹夜で来たからな」
「私は飛行機のチケット取れたから来たんよ」
「聞いてない」
「ええ!」
「いいから、ご飯食べ、今出すけん。はよ上がり」
「はーい」
母の招きで居間に進む妹、彼女自体はあまり変わらず、子供だけ増えている印象を受けた。困った事に子供の扱いには慣れていない、嫌いではないがどうすればいいか困る。ここでも思う、本当に本物のおじさんになってしまったと時間の流れによる残酷さみたいな物を感じていた。
そこからおじさんは子供の世話をする事になる、と言うより妹に押し付けられる。子供の元気は底なしである、疲れきって老けてしまいそうだ、勘弁してほしい。ただ妹同様その子供達は人見知りをしない。人懐っこい子供では無いが泣く事は無かった。それがせめてもの救いである。
夜は居間に布団を敷き詰めて雑魚寝だ、人数分無いらしい。季節は夏なのに開け放たれた窓から心地よい風が入って来る。流石に田舎だけあって人工物が少ない、自然が多い事がヒートアイランドとは無縁の環境を作り出しているのだろう、素晴らしい。
しかも地形的に海からの風が山に抜けて行くので程よい風が吹くのだ。流石に匂いまでは来ないがエアコンが不要なのはこの為かも知れない。昼間はそれなりに暑いけどね。
蚊取線香の匂いと共にその日は子供並みに早めの就寝についた。
――――
翌日、葬式をする為にばあちゃんと共に斎場に移動、棺を運ぶ際にいい歳の爺さん連中しかいないのが家の家系における問題点だ。
私と同じく若者は皆、都会に憧れて出て行くのだろう。もしくは単純に平日だから働きに出ているかだろうな。
最近の葬式はほとんどお任せ出来て便利だ。特に感想すら何も無い、こんな物だろうと思うだけ、それより妹の子供の面倒をみるので忙しい。火葬の際も同じ、子供を寝かしつけたりあれこれやっていた。母の手伝いは妹に任せてあるのでこっちはこっちで役に立っていると思いたい。
そんな忙しい1日が気付けば夜になっていた。朝よりもかなり小さくなったばあちゃんと眠り込んだ姪っ子を抱いて母の実家へと帰ってきた。骨壷に収まってしまうと記憶の姿は影も形も無い。ただ無機質な白い物に変わってしまった事が感覚的に追いつかず違和感を感じとる。これも次第に慣れて行くのだろうと例えようのない気持ちだけが心を満たしていた。
「あんたらどうすんの?」
不意に聞き出す母。
「私は明後日帰る」
「俺は未定」
「そう」
会話が終わった。
母も喪主をして疲れたのだろう、着替え終わると横になって休み始めた。夕食は各自でなんか作れ、との事だが葬式でそれなりに食べたので今はまだ必要としていない。
俺も横になって休もう……疲れた、若者は体力の底が見えない、ついて行くのがしんどいな。
…………
かれこれ床に着いて何時間経っただろうか。一瞬うとうとした後、変に目が冴えて眠れない。タイミングを逃した様だ。
近くで寝るガキンチョは寝ている時は天使だ。寝られないのでスマホでも、と思ったが益々寝られなくなるのは困るので我慢している。
深夜の時間、とても静かだ。虫の鳴く声も無く風が緩やか、ただ少し植物から来る様な青臭さに似た匂いがしている。近くに田んぼがあり青青と大きく育った稲がある、その為かも知れない。
ここで少し物思いにふける。祖母は苦労人で早くに夫、つまり祖父を亡くし一人で4人の子供を育てた。
祖父が亡くなった歳はたしか40代、ほぼ私と同じ年齢になる。祖母は祖父より年下だったはずなので、その頃から苦労を重ねていたのだ。だが90歳と大往生と言える歳で旅立った。
生前の祖母に関する記憶の中で一番印象にあるのは3番目の子供の事をよく話していた事だ。あの子には申し訳なかったと、ちゃんとしてあげればよかった、と言っていた。祖母は3番目の子を亡くしている。私のおばに当たる人で享年五歳、母の姉になる人だ。祖母からはどうして亡くなったのか詳細を聞いた事はないが、よく後悔の言葉は聞いていた。今は親子水入らずで仲良くやっていると思いたい。
これはあくまで私の突飛な妄想だが、意外と座敷童的な存在になって近くに居たんじゃないか? 真実は知れないがそう言う発想もまた良い気がしてくる。
――――
翌朝、いや昼だった。暑さで目が覚める、どうやらあの後に眠れた様だ。ブランチを取る、田舎でブランチとはミスマッチな……しかもメニューは木綿豆腐一丁に胡瓜のスライス、山盛りご飯、ヘルシーだが味が薄すぎる。用意してもらったので文句は言うまい、黙って食べた。
葬式を済ませたので後は暇だ、相続も私には関係無いのでやる事がない。と言うか断った、勝手に家を出たのに遺産をよこせなんてドラマの馬鹿息子になってしまう。実際、身一つの私にとって困る事が無いのも事実、何とか問題なく生活出来るはずだ。
暇なので散歩する事にした。祖母の家から見える範囲に高校がある、我が母校だ。先ずはそっちから歩いてみるか、まだ残ってるみたいでよかった。
だが正門に回ってみると硬く閉ざされ人が居る気配はない。あれ、休みかな? と思いつつ周りの様子を伺うと隅に立て看板があり何か書いてある。
◯◯年◯月◯日 廃校となりました。 …………。
「え、嘘……マジかぁ」
母校消滅! 何かショック、たいして良い思い出もないのに……何だろうな、この気持ちは? もちろん入れず、いや入ろうと思えば入れるけどいい大人なので学生の頃と同じ様にとはいかないよね。
とりあえず周りをぐるっと歩き、見て回るが特に何の感情も浮かんで来ないので他へ移動する事にした。やっぱり大した思い出は無かった。
次に農道を歩いた、農道といっても立派な道で歩道があり二車線の道が続いている。元は砂利道で草も茂る畦道だったのだが立派なアスファルト舗装された道になっている。
正直、県道より立派な物が出来てしまっている。その道を海方面へと歩いて行く、緩やかな坂道で見渡す限りの田んぼ、風になびく稲がサラサラと音を立てていた。
少しは癒される、懐かしい田舎の風景、なぜか落ち着く。
ただ街の変化は車で通るよりも目につきやすいのか細かい所まで気になってしまう。まるでよく似た別の街に来たみたいで、さながらパラレルワールドの様な感じを受ける。
海に近づくにつれ通っていた中学校が見えてくるのだが建て替えられて真新しい建物になっていた。ある意味またしても母校消滅である。でも仕方が無い、私が中学生の頃もすでにかなりの古さで欠陥も多い校舎だった。
例えて言うなら……今でこそ窓枠はアルミサッシが主流だが当時の校舎は鉄枠にガラスをはめた様な形の開けるのがやたら重い窓だった。若い世代にはなかなか想像が出来ないだろう。レトロとは便利さの担保があってこそ楽しめるのだ。当時はただの不便でしかなく夏は熱せられて焼ける様に熱くなり、冬は隙間だらけでほぼ外と同じ環境だった。
歩くたびに新しい発見があり、それなりに楽しめたが、後に残るのはいつもほんの少しの寂しさだけだった。何だか自分の田舎が無くなった感覚だ。母がいなくなったらここに帰る理由はもう無くなり完全に私の中の田舎が消滅する。
だけど、それに対する焦りや寂しさとかの感情は無く、ただ歩いてきた道を考えてこれからを決めるだけだ。私にとっての青春とは決して良い物では無く、嫌な物でしか無かった。だから田舎から早く出たかったし忘れてしまいたかった。思い出したくも無い。
かと言ってイジメがあった訳でも無いが比較的普通だったと思う。大人に近づくにつれて若い頃の無知が愚かしく嫌いで仕方なかった。昔から自分が好きになれないままだった。
頭の中で考えながら歩いていたら微かに海のにおいがして来た。自分でも気づかない間に遠くの方まで歩いて来ていたようだ。
感覚的には一足飛びに来た様に思えるがそうではない、喉の渇きがその証明だやろうか。折角なのでもう少し足を伸ばし知った海岸まで行ってみよう。
こうして海に行くのは十年ぶりになるだろうか? その影響も有って前よりも鼻が敏感になったらしい。近づくにつれ匂いは濃くはっきりした物になってゆく、前には感じなかったが意外と臭いのかも知れない。でも懐かしい、若い頃はよく考えに煮詰まると長い時間眺めに行ったものだ。
ただひたすら空っぽになりながらボーと遠くを見つめるだけだったが、当時の精神状態を安定できたのもこれのおかげだったのかも知れない。
懐かしい、照りつける太陽、白い砂浜……が出来ていた。砂浜になっとるやないかい! ……はぁ、喉乾いた自販機探そう。
元々は石が多い岩礁地帯のはずだったんだが、完全にビーチになっている。そうか! キャンプ場が近いからそうしたんだな……人気が無い、真夏なのに、大丈夫か?
勝手に思っている事なのであれだが、税金の使い所が違うのではないだろうか、町営って……。
「えー、さて、帰るか」
改めて見て回ったけど私の知っている思い出、形として残っている物が少なくなっている。毎年帰らなかったおかげで一気に情報が頭に入って来てフリーズしたような状態で歩いて帰った。
処理が追い付かない、十何年も田舎を離れ頭の中で思い描いていた物がいつの間にか違うものにすり替わっていた感覚、異世界のような不思議さがちらつく。
自分の田舎が擦り減って、いつかは消滅するのだろうか。人の命と同じような、悲しい現実。ばあちゃんはいい人生だったろうか、私は悪い孫なのだろうか。今となっては聞きようがないけれど幸せであったと願いたい。
まだ先かも知れないがいずれ母の番になり送る機会が嫌でも来るだろう。その時、自分は母の様に親を送ることが立派に出来るだろうか、出来ればいつまでも元気でいてほしい、そう願わずにはいられなかった。
――――
翌日、妹親子が帰る日になったので母と一緒に空港まで車で連れて行った。地方空港にしては人がそれなりに利用している、有名温泉地に向かうための玄関口だからだと思うが正直意外だった。
閑散とした光景を勝手に想像して気楽な気持ちでいたのだが、もっといい身なりで来るべきだったと恥ずかしさを終始誤魔化す羽目になった。それなりに身なりのいい観光客の中に入るのは勇気がいる。
どう見ても寝起きのおじさんにしか見えないだろうな、ヨレヨレのTシャツにボサボサの頭、知り合いに会わなかったのがせめてもの救いだ。
そんなこんなで搭乗口に入って行く妹親子を見送る、甥っ子が元気に手を振り姪っ子は親指を銜えていた。妹もそれなりに苦労人になりそうな予感がする。
見送りが終わり母と帰路につく、何だか台風が過ぎ去った様な静けさと安堵感になった。
「かあちゃん、今日の夜帰るよ」
「え、アンタ毎回急やな、まあいいけど」
「やることないし、暇だからね」
「気をつけて帰り」
「うん、そうする」
後に折角だから旧友にでも会えば良かったと後悔するのだが、この時は早く帰りたくなったんだよ。
この数日間で色々な物を見たり感じたり、町の変わり様を知るうちに自分がまるで異物かの様に居心地が悪くなって来ているのを感じていた。もうほとんど自分の田舎ではないなと、寂しくなってもいた。
また、あの道のりを帰らなくてはならない。来た時よりも苦労しそうだと思いながら空港から実家へと帰った。




