庭仕事
無機質な電子音が二度、連続して鳴り響く。観測ステーションのメインモニターに暗号化されたデータパッケージが展開された。
《H22より、攻撃予告。対象、第2セクターMM7》
《観測艦へ、こちら第2セクターMM41。H-2への攻撃を始める》
発信元は、現在この宇宙で長い殺し合いを演じる二つの巨大国家からだった。
「まったく律儀なことだ」
観測員はコンソールの前で嘆息する。
「剣を交える前に使者を遣わせて口上を述べる。まるで古代の戦争マナーだな」
「何だ、それは。聞いたことがないな」
「かつて第9セクターにあったという“太陽系”、少しばかりの間そこに住んでいた生命体の習性さ」
隣の席でのんびりとモニターを眺める相棒に答えた。
「ふぅん。相変わらずマニアックな歴史に詳しいな」
「知的生命体というのは暇つぶしのプロフェッショナルだぜ。ただの現象に意味を与えて無益なことをいつまででも考えられるのだから」
増殖を続けた生命は、とうの昔にこの宇宙という器に収まりきらなくなっていた。資源も居住可能な空間も、もはやすべての生物が共存するには狭すぎる。
艦艇を並べてレーザーを撃ち合う時代は終わり、現在の戦争は生い茂りすぎた枝葉を根元から切り落とす剪定作業へと移行していた。
観測艦に課せられた使命は、いかなる干渉も行わず、ただ箱庭から間引かれたものと残ったものとを記録することだけだった。
ひどく退屈な作業ではある。
「指定時刻だ。くるぞ」
相棒の声と同時にモニターの映像が切り替わる。
標的となったのは豊かな熱量を持つ壮年期の恒星だった。そこに途方もない質量の塊が突き刺さる。
衝角艦の突撃を受けた恒星は内部の核融合プロセスを乱され、疑似的な超新星爆発へと到った。
引き起こされた重力異常と時空の断裂は因果の法則すらも歪め、周囲の星系のありようを根本から書き換えてゆく。破壊の渦は、少し離れた宙域で静かに回る連星系をも呑み込んだ。
膨張する熱と重力の波に晒され、伴星が主星へと縋りつくように重なり合うと、そのまま一つの巨大な閃光となって宇宙の暗闇に溶けていった。
観測員は眠たげな息を吐き出し、カプセルに入った黒い液体を喉に流し込む。強烈な苦味が、麻痺しそうになる脳をわずかに覚醒させた。
「コーヒーブレイク、か? 物質を胃袋に流して刺激を得るなんて、化石みたいなやつだ」
相棒が呆れたように笑う。
「いいじゃないか。なかなか面白い感触だぜ、食事ってのはさ」
三次元星図のホログラムの上で、今しがた消滅した星系の座標が点滅し、やがて消灯した。
庭師たちの仕事に終わりは見えない。観測員は再び賑やかな宇宙の混沌に目を向けた。
***
気の遠くなるような時間と距離を隔てた彼方の宇宙。
涼しい夜風が吹き抜ける丘の上で、二人の幼い子供が柔らかな草の上に寝転がっていた。
彼らの視線の先には眩いほどの星空が広がっている。
二人は小さな指を空に向けて伸ばし、見えない線で光の点を結びつけては、自分たちだけの新しい星座を創り出して笑い合っていた。
「ねえ、あれ見て」
年上の少女が空の片隅を指さした。そこには二つの星が仲良く寄り添うように、一際明るく輝いている。
「あの並んでる星、かわいい。ふたごみたい」
「ほんとだ」
年下の少年が目を輝かせて頷いた。
「じゃあ、あれはぼくたちの星っていうことにしようよ」
「すてき! あんな風にずっと一緒にいられますようにって、お願いしよう」
二人は小指を絡め合って無邪気に微笑み合う。
その双子星の優しい光が、遥か昔の宇宙で滅びた連星の最期の輝きであったことなど、子供たちは知る由もない。
宇宙で誰がどれだけの血を流し、いくつの星が塵に還ったかなど、他者にとっては何の意味も持たないことだった。
彼らの瞳には光の瞬きが映っているだけだ。
やがて冷たい風が二人の鼻先を撫でたとき、少年のお腹がぐうと鳴った。
「……お姉ちゃん、お腹すいちゃった」
「ふふっ、わたしも。今朝、ママが裏庭で採れた木の実でお菓子を焼いてたの、知ってるんだ。こっそりつまみ食いしちゃおうか」
「うん! 行こう!」
弾むように立ち上がった二人は、暖かな灯りが漏れる小さな家を目指して夜の草原を駆けてゆく。
彼らの頭上では、遠い昔に死んだ双子星が静かに瞬いていた。




