異界の喉笛 ー再訪ー
31話目です。
再び、岩肌に覆われた断崖の谷底へと一行は降り立った。
冷気と共に吹き上がる風が、まるで生き物の吐息のように肌を撫でていく。
ティリル「うわぁ……やっぱりイヤな気配……。アタシ、こういう空気苦手っ!」
グラフ「ハッハァ! 苦手もなにも、ここァ生きた岩の腹ン中みてぇな場所だ。息ァしてるぜェ」
ヒルダは小さく頷き、周囲を見渡した。
昨日まで"地獄"と感じたこの場所が、
今ではどこか静かに感じられる―――けれど、それは錯覚だ。
リードが足を止め、地面に手をついた。
「……やはり。ここは"本当の"異界の喉笛ではありませんね」
カイムが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
リードは魔法地図を開きながら淡々と答える。
「この一層は、単なる外郭――巨大な洞窟の入り口に過ぎません。本来の迷宮構造は、さらに奥。"破砕の空洞"と呼ばれる第二層から始まります」
ティナ「つまり……今までのは"入り口の前の廊下"ってわけ?」
リード「ええ。そう解釈するのが自然です。魔力の流れも、下層へ集中しています」
ヒルダ「……じゃあ、ここまでであれだけ仲間を傷つけて苦戦したのに……その下にはもっと強い何かがいるってこと…?」
ティリル「や、やだなぁ……アタシ、帰っちゃダメ?」
ガッツ「ははっ、ティリル。もう腹くくっとけよ。泣き言言っても引き返せねぇぞ」
グラフ「おォ! どのみち行くしかねェ! どうせ地獄なら笑って進もうじゃねェかァ!」
オリバーが、ゆっくりと手を上げ、場を引き締める。
ティリル&オリバー『……行こう。本当の"ダンジョン"は、この下だ』
カイムが剣を抜き、静かに構えた。
「全員、気を抜くな。こっからが本番だ。――行くぞ!」
岩盤を砕くような轟音が、深淵の底から響いた。
地の奥底で何かが目を覚ましたような、低く、長い、呻き声。
"異界の喉笛"――その真の名が示す通り、ここからが"呑み込まれる"冒険の始まりだった。
岩壁の奥へと続く裂け目は、まるで世界の喉奥を覗き込むかのようだった。
下から吹き上がる風が、時折「ギシ…ギシ…」と軋んだ音を混じらせる。
それは岩同士が噛み合い、軋む音。
ティナが先頭に立ち、ランタンを高く掲げる。
ティナ「……地形、急に変わってきたわね。岩が全部、牙みたいに尖ってる」
ティリル「下、気をつけてっ! あちこちに穴っぽいのがあるっ!何か……動いてる!」
すぐ後ろでガッツとグラフが身構える。
グラフ「まるで歯ぁの根っこを歩いてる気分だなァ。イヤな感触だ!」
ガッツ「文句言わずに構えとけよ。落ちたらマジで噛み砕かれるぞ!」
その後ろで、リードが手元の杖を走らせていた。
リード「前方二十。三体、地中より。グラフ、ガッツさん、前へ」
グラフ「了解ィ!」
ガッツ「こい!」
地面が裂け、牙のような岩片をまとった獣が飛び出した。
黒い肉片の間に無数の歯が生えた異形――"噛巣獣"。
ティナ「来たっ!三匹、正面突破型!」
リード「隊列そのまま、挟撃警戒!」
グラフとガッツが同時に飛び出す。
盾と斧が衝突し、火花が散った。
一撃目を受け止めたグラフが吠える。
グラフ「重てェなコイツらァ!ガッツ、左ィ!行けェ!」
ガッツ「任せろっ!」
二人の連携が音を立てて噛み合う。
ティナが岩陰を駆け抜け、背後に回り込んだ。
ティリル「右側の個体、足っ!切れ込み入ってるっ!」
ティナ「了解!」
短剣が閃き、獣の脚腱を裂く。
だが――奥の闇で"何か"が蠢いた。
リード「後方二十! 新たに二体追加!」
オリバー&ティリル『問題ない。こっちで対処するよ』
足元の影が波紋のように広がり、地面が微かに震えた。
急に泥濘んだような地面が敵の動きを鈍らせる――無詠唱の水と土の複合魔法だ。
リード(…あれは…魔法?…いつ詠唱した?)
オリバーはそのまま短剣を構え、跳躍。
一閃、敵の頸を断つと同時に、残る一体の注意が逸れた。
カイム「今だ!」
剣光が走る。鋼鉄をも断つ一撃が、獣を両断した。
戦場の隅で、ヒルダが静かに祈りの構えを取る。
彼女の手に、反転した黒い聖光が宿る。
ヒルダ「……〈リベレート・ブレス〉――」
放たれた祝福は、敵へと降り注ぐ。
通常なら癒やしを与えるその光は、ドス黒い呪詛の光へと変わり、噛巣獣たちを悲鳴と共に崩壊させた。
ガッツ「おい……今の、回復魔法だよな!?」
ティナ「……やば。敵が溶けてるんだけど」
ティリル「ヒルダ、すっごぉい……でもコワい……!」
ヒルダは静かに目を伏せた。
そして脳裏に――あの夜の出来事が蘇る。
――月明かりの下、オリバーは自らの腕をナイフで裂いた。
「何をしてるの!?」
反射的に放った回復魔法は、確かに彼の傷を閉じた。
その瞬間、ヒルダは震えた。
反転の呪いを受けてから、誰も癒せなかったのに――“呪われた者”だけは例外。
オリバーの提案で気づいたその理。
(呪われし者には、私の"祝福"が届く……)
彼女の掌から再び黒紫の光が溢れた。
ヒルダ「なら――この力で!」
呪詛の奔流が敵陣を覆う。
触れた瞬間、噛巣獣の体が軋み、噛み合っていた牙が砕け散った。
リード「敵、全滅。……恐れ入りました、ヒルダさん」
ヒルダ「……ありがとう。でもこれは"祝福"じゃない。"赦し"でもない。ただの、呪いよ」
ティナ「言うじゃない……けど、悪くなかったわね」
グラフ「ハッハァ! 聖職者が呪詛で敵を焼くとは、こりゃ頼もしい仲間が増えたモンだァ!」
ティリル「えへへっ、ヒルダ強いっ!」
ガッツ「いや、マジですげぇな……」
カイムは剣を収め、静かに全体を見渡した。
「全員無事だな。……ここからが本番だ。"破砕の空洞"はまだ口を閉じていない。まだアイツを拝んでいないからな」
彼らの足元では、岩の隙間が"カチリ"と音を立てた。
まるで――奥底の巨大な"顎"が、ゆっくりと噛み締めるかのように。
ヒルダの初戦闘と能力が明らかになりましたね。
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