異界の喉笛 ー開口ー
28話目です。
闇が、息をしていた。
大地の裂け目のようにぽっかりと開いた大洞窟の開口部は
光も音も、冒険者も呑み込む巨大な喉そのものだった。
風が流れ込むたび、低い唸り声が冒険者の足を止める。
――まるで、この迷宮そのものが生きているかのように。
足元では濡れた岩が黒く鈍く光り、
そこに流れ落ちる雫が、まるで血のように赤く見えた。
錯覚か、あるいは本当にそうなのか……
「……ここが、ダンジョンか…」
ガッツの声が、闇に溶ける。
返ってくるのは闇の静寂と喉笛が吐き出す低い唸り声だけだった。
背後で小さく息を呑む音。
仲間の1人、リードが腰に下げた魔石灯を掲げた。
淡い蒼光が闇を照らし、その光に反射して天井の奥で“何か”が蠢いた気がした。
ガッツ「……う、動いた?」
グラフ「なァにビビってやがるッ!行くぞ!」
冷気と湿気が入り混じる空気の中、
一行は互いに目を合わせ、ゆっくりと足を踏み入れた。
暗闇の奥から――
"何か"がこちらを見て、笑ったような気がした。
一歩、また一歩。
踏み込むごとに岩壁の冷たさが伝わり、重く湿った空気が侵入を拒む。
魔石灯の青白い光は、近くの岩肌を照らすだけで、先はほとんど闇だった。
ティナ「……何かがいるわね」
短剣を握り直し、全感覚を研ぎ澄ます。
視界の端に、微かに動く影。
小さな人型だが、体はねじれ、顔はない―――
独特の低い唸りを上げ、息を合わせるように、闇の中で蠢く。
──異界の喉笛の住人たち。
洞窟内の濃い魔力に長時間晒され、異形と化し、かろうじて原型がわかる者ばかりだ。
影の従者
小柄な人型の影の存在。顔や手足は不完全。
光を嫌い、陰から襲撃してくる。
戦闘力は低いが、群れで行動するので油断できない。
まるでパーティを組んだ冒険者のように。
恐らくはここで命を落としたのか帰れなくなった者達が異形と化したのだろう。
魔岩獣
岩のような体を持つ四足獣。
岩の表面には魔力結晶が浮き、近づくと魔力の波動で怯ませる。
頭突きや踏みつけで攻撃してくる。
元は四足歩行の獣か何かだろう。
囁く蔦
洞窟の壁や天井から垂れ下がる、意思を持つ魔力蔦。
光を感知すると、巻き付き攻撃を仕掛ける。
触れられると魔力が吸われ、体力が徐々に削られる。
このように植物までもが意思を持ち襲いかかる。
幽幻の瞳
壁に生える目玉のような魔力結晶。
直接見つめられると精神を揺さぶられ、幻覚や恐怖を引き起こす。
攻撃はせず、障害・罠的な役割を持つ。
暗闇で住むコウモリ達が逆に目玉が発達し、存在そのものが目玉に飲み込まれてしまったのだろう。
低階層の魔物はリードが記録をつけており、ほとんどのマッピングも終わっていた為、難なく進むことができた。
---
オリバーたちは慎重に進む。
地面には奇妙な赤黒い液体が溜まり、時折小さな泡が立ち上がる。
リードが指揮棒のように魔法の杖を掲げ、周囲の魔力の流れを読む。
リード「この先、洞窟の奥で魔力が渦巻いていますね……」
カイム「慎重にいくぞ。気を抜くな」
ティナ「ここからはマップがないわ。先に行くわね」
薄暗い通路を抜けると、突然天井が高くなり、
遠くで低い唸り声―――
オリバー(今までのような風が吹き込む音じゃない…?)
グラフ「……これが、第一層の最奥かァ?」
低く唸りながら、戦斧を構える。
ティナ「どうやら…!そうみたいね」
周りの偵察が終わったティナが帰ってきた。
暗闇の奥で、影がまた揺らめいた。
カイム「来る、構えろ」
静寂の中、全員が臨戦態勢に入る。
そして、洞窟の奥深くから、異界の喉笛の第一の試練が姿を現そうとしていた。
足元の岩盤が、不意に沈んだ。
小さな裂け目から、闇が染み出す。
カイム「下がれ!」
カイムが叫ぶより早く、ティナが跳び退き、逆にオリバーが飛び込み、闇に姿を消した。
その瞬間、裂け目から影が湧いた。
まるで墨をこぼしたように地面を這い、やがて人型を成す。
―――影の従者。
顔のない人影が五体一組で何組も徒党を組んで迫ってくる。
ティナの短剣が一閃し、最前の影を切り裂いた。
しかし手応えもなく消え去ってしまう。
ティナ「さっきまでとは違って大元を叩かないとダメみたいね」
飛び込んだオリバーの両掌が輝く。
(―――《閃光》!)
とてつもない白光が洞窟を照らした。
影の従者たちは光を嫌うように悲鳴を上げ、身をよじらせる。
ティナがその隙に駆け、リーダーと思しき影の従者の核を正確に突き刺した。
今度こそ、黒煙は消えた。
グラフ「俺らの目まで潰す気かァ!やるなら一言言え!!」
だが―――
天井を這うように現れたのは、巨岩の獣の群れ。
目の代わりに魔結晶を宿し、口から赤い光を漏らす。
魔岩獣。
グラフ「おいおい……まだ来んのかよォ!」
「来るぞ、構えろ!」カイムが盾を構え、前に出る。
獣が咆哮した。
重い衝撃波が洞窟の壁を震わせる。
瓦礫が崩れ、光石が散った。
リードが素早く杖を振る。
「《結界陣・第七式!》」
薄青の膜が展開し、衝撃を受け止める。
「オリバー、今だ!」
「言われなくてもわかってる」と言いたげに敵陣に飛び込む。
ティナが獣の背後へ回り、短剣を突き立てた瞬間、
オリバーの手から白炎が奔る。
(―――《閃火連槍》…!)
光の槍が数本、魔岩獣を貫いた。
岩の身体が砕け、結晶が音を立てて砕け散る。
その中心から、黒い霧が噴き出したが――すぐに消えた。
静寂。
ただ、魔石灯の光が淡く揺れている。
ティナ「……やった!?」
カイム「いや、倒したのか?これ」
オリバーは砕け散った結晶の欠片を拾い上げる。
それは、淡く青い光を放ちながら、微かに脈打っていた。
(この魔力……まだ、生きてる)
結晶の欠片を見た三人は顔を見合わせた。
洞窟の奥――さらに深く、闇の底から、誘うように低い唸り声が聞こえた。
それは、今の魔岩獣よりも遥かに巨大で、遠く、深く。
「異界の喉笛」――その名の通り、
この場所は、まだ"喉元"にすぎないのかもしれない。
全ての魔物がこのダンジョンと共に呼吸をしている。
倒しても倒しても…ただ体力を消耗していくだけ…。
そして、帰れなかった者は影の従者として冒険者を迎え入れ、
仲間に引き入れる。ダンジョンの命に従うように…。
そして、一行は再び、異界の奥へと歩み出した。
ここから先はリードのマッピングが行き届いていない未界域だ。
リード「ん?誰かが来ているのか…?」
リードの杖が異常を察知した。
ティナ「やっぱりそうなんだ。発動済みの罠があったわ。恐らくこの先に冒険者が…しかも手負いかも知れないわ」
異界の喉笛はいかがでしたか?
まだまだ先の長いダンジョンです。
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