心の整理
119話目です。
妖精は、オリバー達を見渡してから静かに言った。
「二階を使うといい。
まだ出会ったばかりだが……
だからこそ疲れただろう?」
その言葉に誰も反論しなかった。
小屋の中は外見以上に広く、階段を上がった先には、
それぞれが横になれるだけの簡素な寝台が並んでいた。
木の香りが強く、どこか懐かしい空気が漂っている。
「……今日は、色々ありすぎたわね」
ヒルダはそう言って、寝台に腰を下ろすと、深く息を吐いた。
「正直、頭が追いついてないわ。
森だの、古代だの、滅びただの……」
そう言いながらも、
その声にはいつもの棘はなく、どこか疲労が滲んでいた。
ネフィアは窓際に立ち、外の森を静かに見つめている。
「でも……不思議と、怖さはありません」
その言葉にヒルダが顔を向ける。
「怖くない?」
「はい。ここは、拒絶する場所ではないと感じます」
ネフィアは理屈ではなく、感覚でそう言っているようだった。
ガッツは既に床に胡座をかき、後頭部を掻いている。
「俺はもう……よくわかんねぇや」
そう言いながらも、どこか吹っ切れたような顔だった。
「でもよ、オリバーがオリバーなのは変わんねぇだろ?
それなら、考えるのは後でいい」
その言葉に、オリバーは小さく笑った。
「ありがとう、ガッツ」
だが、笑顔の裏で自分の中に生まれた違和感が、
消えたわけではなかった。
――自分が、自分でなくなるかもしれない。
そんな不安が、胸の奥で静かに揺れている。
オリバーは寝台に腰を下ろし、両手を見つめた。
(僕が……古代森族……)
言葉にした瞬間、何かが壊れてしまいそうで、
まだそれを受け止めきれずにいた。
ジラトは、低く息を吐いた。
「……一つだけ、気になることがある」
壁に背を預けたまま、視線を落とす。
「古代森族ほどの魔法を極めた種が、自然に滅びるとは思えぬ」
ヒルダが眉をひそめた。
「どういう意味?」
「何者かに……狙われたのかもしれんな」
その言葉は、仮説に過ぎない。
だが、ジラトの声には確かな重みがあった。
「そしてもし――
その“滅びたはずの存在”が、
今の時代に生きていると知れたらどうなる?」
短くて長い沈黙に満ちる。
そしてジラトは、ゆっくりとオリバーを見た。
「お主が狙われる可能性は、否定できぬ」
オリバーは息を呑んだ。
「だからだ」
ジラトは一歩も動かず、しかしはっきりと言った。
「このことは軽々しく語るな。
誰彼構わず知られてよい話でもない」
そして、少しだけ声を和らげる。
「無論――
我らが付いている限り、
お主を一人で背負わせるつもりはないがな」
ガッツが、ぐっと歯を食いしばった。
「……当たり前だろ」
ネフィアも静かに頷く。
ヒルダは腕を組み、短く言った。
「守るに決まってるじゃない」
オリバーはさっきまでの不安を忘れてしまったかのような、
力の抜けた柔らかい笑みを浮かべて一言だけ言った。
「ありがとう、みんな」
皆が眠りについた後、オリバーは静かに小屋を出た。
外では、あの妖精が一人、森を眺めていた。
「起こしてしまったかな」
「いいや。まだ起きていた。何か用か?」
オリバーは一歩近づく。
「一つだけ聞きたいんだ。
“悪魔の策略”へ行くには、ここからどう向かえばいい?」
妖精は少し考え、首を振った。
「森の中のことしか分からぬ。
我らが知るのは、せいぜい外縁までだ」
「それでいいよ」
妖精は、森の奥とは逆の方向を示した。
「この森を抜ければ、乾いた土地が続く。
そこを越えた先に、人の往来があると聞いている」
「それってどれくらいの時間かかる?」
「急げば月一つ。 だが、休みながらならもっとかかる」
オリバーは短く頷いた。
「うん、十分だ」
「……遠いぞ」
「遠い方がいい。冒険だからね」
妖精は、それ以上何も言わなかった。
森の奥で、枝が小さく鳴った。
オリバーは一礼し、踵を返す。
――長い道になる。
それだけは、はっきりしていた。
オリバーは一歩引き返しかけて、
ふと思い出したように振り返った。
「ちなみにさ」
妖精が視線を向ける。
「『悪魔の策略』っていう古代迷宮について、 何か知ってる?」
妖精は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「名くらいはな。それ以外のことはほとんど知らない」
それ以上でも、それ以下でもない声音だった。
「森の外、ずっと向こうにあると聞くが…」
「どんな場所?」
「広大な密林……あとは、厄介だという話ばかりだ」
妖精は森の闇を見つめたまま続ける。
「心を削られる。 道が定まらぬ。 多くが戻らぬ――
それくらいだ」
「中のことは?」
「知らない。 誰も語って帰らないからな」
オリバーは、少しだけ口角を上げた。
「そっか。ありがとう」
妖精は何か言いかけて、やめた。
「無事で行くんだぞ」
「うん」
長い旅になる。
だが、進む先はもう定まっていた。
小屋に戻ると1階でネフィアが座っていた。
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