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帝都の奇妙な薬師  作者: 朝陽 澄
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エピローグ:杏の木の下で

季節は巡り、杏の木は、春には淡い桃色の花を咲かせ、夏には青い実をつけ、秋には葉を色づかせ、そして冬には、静かに雪をかぶった。その移ろいゆく季節の中で、『杏林堂』の小さな薬屋には、変わらぬ営みが続いていた。


翠燕は、相変わらず無表情に見えることもあるけれど、その瞳の奥には、柔らかな光が宿っている。そして、李桂が訪れるたびに、彼女の口元には、ごくわずかな、けれど確かな微笑みが浮かぶようになった。それは、李桂だけが見ることのできる、翠燕の特別な笑顔だった。


李桂は、多忙な宮廷の務めを終えると、足繁く『杏林堂』に通った。時には、宮中の些細な相談事を持ちかけることもあったが、ほとんどは、翠燕の隣で、ただ静かに時間を過ごすためだった。彼が薬材の知識を尋ねれば、翠燕は丁寧に教え、彼が宮中の話に耳を傾ければ、翠燕は静かに聞いてくれる。二人の間には、言葉以上の、温かい信頼と理解が築かれていた。


ある春の日、杏の木が満開の花を咲かせた頃。李桂は、翠燕と共に、店先の縁側に座っていた。風が吹くたびに、淡い桃色の花びらがひらひらと舞い落ち、二人の肩に積もる。


「翠燕殿は、この杏の木が、お好きか」


李桂が尋ねた。翠燕は、舞い落ちる花びらを掌で受け止めながら、静かに頷いた。


「ええ。杏の花は、希望の象徴です。そして、薬の効能も、多岐にわたります」


彼女の言葉に、李桂は微笑んだ。彼女は、どんな時も、全てを薬学と結びつけて語る。その一途な姿勢が、李桂には愛おしかった。


「翠燕殿の心も、あの花のように、満開になったように見える」


李桂がそう言うと、翠燕の頬が、わずかに赤く染まった。そして、彼女は李桂の隣に、そっと体を寄せた。


「はい。あなたと出会ってから、私の世界は、まるで色を取り戻したかのようです。悲しみも、喜びも、全てが私にとって、新しい薬になっています」


翠燕の声は、杏の花のように柔らかく、春の風のように心地よかった。李桂は、翠燕の肩を優しく抱き寄せた。その温もりは、互いの存在が、もはやかけがえのないものになったことを示している。


帝都の片隅、『杏林堂』の杏の木の下で、奇妙な薬師と冷徹な宦官は、互いの孤独を癒し、共に生きる道を見つけた。彼らの物語は、華やかな宮中の歴史には刻まれないかもしれない。しかし、杏の花が咲き、実を結ぶように、二人の心の中には、確かな愛と、無限の未来が、静かに、そして豊かに育まれていくのだった。

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