第5話:暴かれる真実、混じり合う命運
翠燕の告白と、李桂の温かな言葉。あの夜の出来事は、二人の間に確かな絆を築いた。翠燕の瞳の奥には、以前よりもわずかながら感情の揺らぎが見えるようになり、李桂もまた、その冷徹な仮面の下に、翠燕への特別な感情を深く抱くようになっていた。しかし、宮中の闇は、その繋がりを嘲笑うかのように、さらに深く、暗く、蠢き始めていた。
老女官が回復した後も、宮中では小さな体調不良を訴える者が続出した。その症状は様々で、誰もが「気のせい」や「季節の変わり目」と片付けるようなものだった。しかし、翠燕の鋭い観察眼は、それらの症状の裏に、太子や老女官を蝕んだ毒と同じ、微かな痕跡を見逃さなかった。
「この毒は、特定の階級や立場を狙っているわけではありません。むしろ、宮中全体の士気を下げ、疑心暗鬼を招くことを目的としているようです」
翠燕は、李桂に報告した。彼女の言葉は、まるで宮中の見えない糸を辿るかのようだった。
「では、真の目的は、太子殿下の病とは別に、宮中全体を混乱させることか」
李桂が問うと、翠燕は静かに頷いた。
「ええ。そして、その混乱の先に、何か大きな企みがあるはずです」
二人は、これまで集めた情報と、翠燕の洞察力を合わせ、宮中に潜む影の正体を突き止めようとした。そして、一つの共通点に辿り着いた。体調を崩した者の多くが、定期的に利用する場所――それは、宮中にある小さな庭園だった。その庭園には、季節ごとに様々な花が植えられ、宮中の人々にとって憩いの場となっていた。
翠燕は、その庭園の土壌や植物を詳細に調べた。そして、ある特定の珍しい樹木の根に、異常な量の毒性を持つ成分が蓄積されていることを突き止めた。その樹木は、宮廷医官の間では「薬効がある」とされ、入浴剤や香料として利用されることもあった。
「この樹木の根を、時間をかけて土壌に混ぜ、さらに特定の薬草と組み合わせることで、毒性を増幅させていたのです」
翠燕は、李桂に説明した。その毒は、特定の者だけを狙うのではなく、庭園を利用する多くの人々に、時間をかけて微量ずつ摂取されるように仕組まれていたのだ。
「では、その樹木を植え、管理している者は……」
李桂の言葉に、翠燕は一人の人物の名を告げた。それは、宮中の園芸を司る、穏やかな老宦官だった。誰もが彼を温厚で誠実な人物だと信じていた。
「しかし、彼は太子殿下とも親しい間柄だ。まさか……」
李桂は信じがたい、という顔をした。
「彼自身は、毒を直接調合してはいないでしょう。おそらく、毒性を持つ樹木の存在を知らずに、あるいは、その樹木の毒性を増幅させる別の薬草を混ぜるよう指示されていたのかもしれません。彼の背後に、真の黒幕がいるはずです」
翠燕の冷静な分析は、李桂の疑念を確信に変えた。二人は、その老宦官を拘束し、徹底的な尋問を行った。最初は頑なに口を閉ざしていた老宦官だったが、翠燕が彼が使用していた薬草の痕跡と、その組み合わせによる毒性のメカニックを詳細に語ると、彼の顔は蒼白になった。そして、ついに彼は、全てを話し始めた。
老宦官の背後にいたのは、皇后の弟、つまり玄宗の叔父にあたる外戚の重臣だった。彼は、自身の息子を次期皇帝に据えようと画策し、玄宗の病を偽装し、宮中全体を混乱させることで、玄宗の評判を失墜させ、病弱な太子という印象を植え付けようとしていたのだ。老宦官は、その重臣から、無害だと偽られた指示を受け、知らず知らずのうちに毒を散布する片棒を担がされていた。
真実が暴かれた瞬間、宮中全体に激震が走った。李桂は、直ちにその重臣を捕らえ、尋問にかかった。重臣は、自分の計画が露呈したことに激しく動揺し、次第にその全貌を自白し始めた。彼の企みは、玄宗を失脚させ、自らの血縁を皇位に就かせるという、野心に満ちたものだった。
宮中の陰謀が、ついに白日の下に晒された。翠燕は、その光景を、やはり無表情なまま見つめていた。しかし、その瞳の奥には、どこか安堵と、そして微かな達成感が揺らめいているように見えた。李桂は、翠燕の隣に立ち、彼女の細い肩に、そっと手を置いた。この娘がいなければ、真実は闇に葬られ、帝都は混乱の渦に飲み込まれていたかもしれない。二人の命運は、もはや切り離せないほどに混じり合っていた。