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帝都の奇妙な薬師  作者: 朝陽 澄
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第1話:宮中の毒、無感情な診断

李桂に連れられ、翠燕は初めて紫禁城の門をくぐった。朱色の巨大な門は、裏路地の薬屋とは比べ物にならないほど荘厳で、その威容に圧倒されそうになる。しかし、翠燕の顔は相変わらず無表情で、その瞳に驚きや畏怖の色は一切宿っていなかった。


宮中の廊下は、磨き上げられた大理石が光を反射し、壁には緻密な彫刻が施されている。すれ違う女官や宦官たちは、翠燕の簡素な衣装と、李桂の隣を歩くという異質な組み合わせに、好奇の視線を向けてくる。しかし、翠燕はそれら全てを無視するかのように、ただ前を見据えて歩いていた。


太子・玄宗が病に伏しているという寝殿に到着すると、そこにはすでに数人の医官たちが集まっていた。彼らは皆、高名な者ばかりで、翠燕のような若輩の娘がこの場にいることに、明らかに不快そうな視線を向ける。


「李桂殿、この娘は一体……?」


医官の一人が、訝しげな声で李桂に尋ねた。李桂は、その問いに答えることなく、ただ冷徹な視線で医官たちを一瞥した。その威圧感に、医官たちはそれ以上口を開くことができなかった。


翠燕は、玄宗の寝台へと近づいた。豪華な寝具に横たわる玄宗の顔は青白く、呼吸は浅い。医官たちが口々に「原因不明」「治療法なし」と告げていた病状は、見たところ重篤だった。


翠燕は、玄宗の脈を取り、その瞳をじっと見つめた。そして、彼の舌の状態を確認し、皮膚のわずかな変化も見逃さない。その一連の動作は、淀みなく、まるで機械のように正確だった。医官たちは、その翠燕の診断方法に、戸惑いを隠せないでいる。


数刻後、翠燕はゆっくりと玄宗から手を離した。その顔には、やはり何の感情も読み取れない。


「診断は終わったか」


李桂が、静かに翠燕に問いかけた。医官たちが固唾を飲んで、翠燕の言葉を待っている。


「ええ」


翠燕は、淡々と答えた。そして、その口から放たれた言葉は、医官たちを驚愕させた。


「太子殿下の病は、毒によるものです」


医官たちは、ざわめき立った。「毒だと?」「まさか!」「我々が見抜けなかったというのか!」


「何の毒だ!?」


李桂の声が、張り詰めた空気を切り裂いた。その瞳は、翠燕の言葉の真偽を確かめるように、鋭く光っている。


「特定の毒ではありません。複数の薬草が、ある特定の組み合わせで摂取されたことにより、体内で毒性を発揮しています。長期にわたり、少量ずつ摂取されていたようです」


翠燕の言葉は、まるで教科書を読み上げるかのように冷静だった。しかし、その内容は、医官たちにとっては衝撃的だった。複数の薬草の組み合わせで毒性を発揮する、などという知識は、彼らの常識にはなかったのだ。


「そんな馬鹿な! 我々が毎日、殿下の食事を管理しておるのだぞ!」


医官の一人が、怒りを露わにして叫んだ。


「食事に混入されたとは限りません。太子殿下が日常的に使用しているもの、例えば香料、入浴剤、あるいは衣類に染み込ませたものなど、あらゆる可能性が考えられます」


翠燕は、医官の反論にも動じることなく、淡々と持論を述べた。その言葉は、医官たちの誇りを傷つけるものだったが、彼女の瞳には、ただ真実だけが映っているようだった。


李桂は、翠燕の言葉に深く頷いた。彼の冷徹な表情に、わずかながら納得の色が浮かんでいる。


「そなたの言うことは、理に適っている。では、治療法は?」


「解毒薬の調合は可能です。しかし、毒の組み合わせが複雑なため、時間を要します。また、この毒は、太子殿下の体質に合わせて調合されている可能性が高いです。つまり、太子殿下の体質を熟知している者が、この毒を調合したということです」


翠燕の言葉は、単なる病の診断に留まらなかった。それは、宮中に潜む、恐ろしい陰謀の存在を示唆していた。医官たちは、その言葉に顔色を変えた。


李桂の視線が、翠燕の無表情な顔に注がれる。この娘は、ただの薬師ではない。その鋭い洞察力は、宮中の闇を暴き出すことができるかもしれない。そして、彼の心の中に、翠燕という存在が、深く刻み込まれた瞬間だった。

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