第1話 代替わりの朝
ロベールという街の端にポツンと佇む大きな屋敷の2階の一室。白い壁と大きな窓がカーテンで完全に塞がれている部屋の中、大きなベッドの中で1人の青年は目を覚ました
俺の名前はエイデラント・ルーマン。このキョーリン帝国の辺境に住んでいる小位貴族の1人息子だ!
今日は俺のモーニングルーティンを紹介しよう!
まずこの広いベッドから!出ない!
ドンドンドン!
その時部屋の扉が強く何度も何度も叩かれる
「エイデ!いい加減に出てこい!」
このいかにも威厳のある声をしているのは俺の親父だ。
なぜこんなことになっているのかって?
実は今日は…
「今日はお前の当主就任の日だぞ!」
そう、この父親が言う通り、15歳になった俺はなぜかこの若さで親父から当主の座を譲り受けることになった。親父だってまだ50歳ほどなのであと数年はいけると思う。
はっきり言ってそんなめんどうなことしたくない…
だってまず俺は外に出たくない!
俺の部屋のカーテンはいつも閉まっている。メイドにも部屋のカーテンだけは絶対に開けるなと言い聞かせてある
太陽という日差しが嫌いなんだ。理由なんてない…なんとなくだ…
俺は貴族だけの学校で寮生活をしていたが、とある一件から家に帰ってきて3年間家の敷地外に出たことはない
そんなことだから世の中のことなんて知らないし知りたくもない、家の人間以外と話す気はないし外に出るような話をしようものなら音も出さずにその場から一瞬で消える
「だから俺はここから出ないし出るつもりもない…」
家の名誉?跡取りとしての責任?知ったことじゃない…
これは俺の、俺だけの人生なんだから…
「フゥン!!」
力強い雄叫びと共に部屋の扉が外れてベッドの目の前を通り過ぎて壁へと木製の扉がめり込んで止まった
「行くぞ!エイデ!」
部屋の中に入ってきたこと白髪混じりの黒髪をオールバックに整えた渋い男こそ俺の親父だ
「だからぁ、俺を呼ぶたびに部屋の扉壊すなぁ!!」
俺はベッドから飛び起きて寝巻きのままベッドの上に立って親父に怒鳴り声をあげる
いつもならメイドの優しいノックが俺を起こしていたはずだった、しかし月に一回はいつもと音が違う、いや、重さが違う
「俺は当主になんてならねぇって…!」
全てを言い終わる前に親父は俺の軽い体をひょいと持ち上げて地面へ投げつけた
「いってぇな!親父まだ元気じゃねぇか!」
俺は床に尻もちをつきながら屈強な体つきをしている親父を見上げる
「着替えさせろ」
「了解いたしました」
親父は後ろに待機していたメイドにそう言うと俺の方を見向きもしないで部屋から出ていった
「チッ!」
「クソが!どうして…」
俺は強く床を叩いた
すると待機していたメイドが近づいてくる
「まぁまぁ。当主様がなにを考えているのかは分かりませんが、あの方はいつもあなたのことを気にしていますよ」
そんな甘い言葉を言ってくれるこの金髪の頭に2つの犬のような耳を生やした水色の目をした獣族のメイドは遠い分家の娘らしい。彼女の名前はルーナ・グルジア、16歳俺が引きこもってから雇われたからかれこれ2年半の付き合いだ
「いや、アイツは家のことしか考えてねぇ、俺のことなんか…」
そう親父は母さんを5年前に亡くしてから家の名前をあげることに熱中していた
「それでもごく稀にですが…いや、」
「なんだよ?早く言えよ」
途中で話を止めるので気になって何だ?と問いかけると
「やっぱり言えません!」
彼女は笑いながらそう言った、だが俺のモヤは晴れることはなかった
「なんだよそれ!1番気持ち悪いやつだぞ!?」
俺がそう言ってもこのメイドは耳を貸さずにきちんとした衣装をクローゼットから取り出した
「はいはい。着替えましょうね〜。次期当主様〜。」
「お前なぁ、俺が当主になったら真っ先にお前はクビにしてやるからな!」
「はは!それは困りますね〜。」
そう言うとルーナは俺の服を脱がそうとしてくる
「いや!自分で着替えるからいいよ!」
「そうですか?」
「それでは終わるまで部屋の外で待機してるのでお着替になにかございましたらお呼びください」
そうしてルーナは扉のない部屋から出ていき、俺は彼女を制止してようやく落ち着いてきた
【いつかはこんな日が来るってわかってた…だけど、どうすればいいんだ!?貴族ってなにやればいいんだよ!?】
着替えながら俺はそんなことを考えていた、貴族のノウハウなんて知らない、学校だって基礎的な学力を身につけただけで終わったから今の貴族のことについてなにも知らない
この国の貴族は大きく3つの階級で分かれている
まず小位貴族。名前の通りの小さな貴族、大した権限も持ってないがそれでも貴族の端くれ、ある程度の屋敷と資産は持ってる。
次に中位貴族。この位に登り詰めると帝国議会への参加権が与えられる。帝国議会とはこの国の方針を決める大事な会議だ。
そして上位貴族。貴族の最上位である彼らは王への謁見を許され、国の大きな事項にも関わることができる。国の中心にいると言っても過言ではない。
「っと。着替え終わった。」
俺は目の前にある全身鏡で自分の姿を見る
黒い頭はボサボサでこの豪華な衣装には似合わない。
「髪、整えないと…」
そうして俺は机の上に置かれてある櫛とブラシで髪をとかしていく
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「よし。終わった!」
バッチリ決まってる。4:6で分けた前髪を少し立たせて清潔感を出してみた。昔からヘアセットは得意で小さい頃は母さんの髪を整えてあげてた
「行くか!ここまで来たらどうしようもない!なんとかなるさ!」
後ろを振り向くとこっそり部屋に入ってきたルーナが俺の似てない声真似をしながら立っていた
「俺のマネやめろ。似てないから」
俺はそう一蹴するもルーナは笑いかけながら俺の背中を押してきた
「ほらほら!いきますよ!ただでさえ少し遅刻してるんですから!」
「ちょ!押すなって!」
「え〜?エイデ様って軽いから頑張れば私でも無理矢理連れて行けますよ?」
確かにルーナは運動してない俺と比べてメイドの仕事で働いている訳だからそこらの女性よりも力は強い
「ははは…」
それから俺はもう無理なのだと悟ってもうどうにでもなれと思いながらその場で仰向けに寝転がった
「俺はもう知らない!勝手に運べよ!」
「いや別にそんな格好で言われてもただ子供が駄々をこねてるようにしか見えませんよ」
ルーナは少し呆れた様子で渋々、エイデラントを軽々と持ち上げ、そのまま両腕に抱えて部屋を出ていき歩き始めた
「え…マジで?」
「やれと言ったのはエイデラント様ですよ?ワガママな次期当主様ですねー。」
本当に持ち運ばれるとは思っていなかったエイデラントは頭の中にいろんな感情が入り乱れながら虚無へと化した
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それから数分後・・・
いつの間にかショックで気を失って再び気がついたら俺はすでに屋敷の正門へと連れ出されていた
「ちょ、ちょちょちょっと待て!」
「あら?起きてしまいましたか…」
目の前のこの正門。俺はこの門が嫌いで嫌いで仕方がない、なんせここから先の世界は思い出したくもない光景が広がってるからだ
そしてその門の先には馬車とその中には親父が乗ってるのが見えた
「やめろ…」
俺は抱えられながら震えて恐怖していた
心臓の鼓動がはやくなるのを感じる、息遣いにも異常が見えてきた。全身から汗が吹き出すようにも思えてきた。
「落ち着いてください!落ちちゃうじゃないですか!」
落ちてもいい、今はただここから離れられれば、あの場所に帰れさえすれば…!
エイデラントはルーナの腕の中で暴れ始めた
「離せ!」
「だから危ないって!言ってるでしょうが!」
ルーナはついにエイデラントを抑え込むことが出来なくなり、エイデラントは地面にお尻から落ちるも、獣のように屋敷の玄関に向かって立ち上がり、走り始めた
「無理なんだよ!外に出るだなんて!」
俺は全速力で走るもその速さはルーナが呆れるほど遅く、彼女はすぐに追いついて俺の服の襟を掴んだ
「いつまで逃げてるの!」
突然の怒鳴り声にエイデラントは身体を震わせた
いつもなんだかんだ言って優しいルーナがエイデラントを怒鳴るのはこれが初めてだった
「え…?」
そんなんだから俺はつい混乱してしまった
そしてその時、痺れを切らした親父が馬車の中から出てきてゆっくりとこちらに向かってきた
その顔は真顔だったが、だからこそ怒りのオーラが目に見えてわかった
「乗れ」
その威圧的な言葉にエイデラントはただ「はい…」としか答えることができなかった