プロローグ 執行
「剣聖アレーナ・チュレンヌ。貴様は剣聖の称号剥奪、そして抉目刑に処する!」
広く静かな裁判所の中、法廷で年配の裁判長が判決を言い渡した
「ふざけるな!私はなにも知らない!」
雪のような雪白色の長い髪と目をした白い装束を着た女は縄で縛られていた手で机を大きな音とともに叩いて粉々に粉砕した
「まぁ落ち着けよ。剣聖。」
そんな彼女の眼前に剣を突きつけたのはオレンジ髪と同じ色の目を持った屈強で顔つきのいい男性だった
その男の顔を見た時、アレーナは確信したこの男に嵌められたと・・・
口角を上げて見下すような目を私にしか見せないようにご丁寧に配慮して・・・
「ラルフ・ニーグル、!」
「そう怒るなよ、可愛らしい顔が台無しだぜ?」
鋭い目つきで返したアレーナに余裕を示すかのように彼は剣をしまって顔を近づけた
「さぁこい!刑の執行は別室だ!」
ラルフはそう言いながらアレーナの手に繋がっている縄を引っ張る
「ふざけるな!私がそんなことするわけ…!」
「おっといいのかよ剣聖!?あれ?もう剣聖じゃないんだっけか?笑」
「ここで妙な真似してみろ?この神聖な裁判所内で暴れたりしたら…どうなるか。判決は絶対だ!逆らうと言うのなら死刑もあり得るぞ?」
アレーナが抵抗を見せた途端、ラルフは彼女を脅して制止させた
「くそっ、!」
アレーナは唇を噛みながら大人しく法廷からラルフと共に退出して別室へと移動した
薄暗い別室に灯りが灯されアレーナは目の前の拘束具に固定された
その部屋の中には3人、1人はラルフ、ここで私が抗った時の制止役なのだろう。そして後の2人は知らない白衣を着た人物だった。1人はこれから私の目をくり抜く者、もう1人はそのアシスタント。
ラルフは確かに私の次くらいにはこの国で強いだろう、しかし私は剣聖として自由に活動していたのに対し、彼は国の騎士団で団長をする程の人徳と実力があった。人徳といってもそれは上っ面だけのものだったのだとあの瞬間に理解した
「16時28分。刑を執行します」
私は覚悟を決めた。両目を失う覚悟、そして必ず復讐してみせると…
痛い思いならこれまで幾度となくしてきた。しかし私にも流石にこれは怖かった。
無理矢理目を開かされて鉄製の器具が目の前にゆっくりと迫ってくる。
私の足は剣聖であることを忘れて震えていた、足だけではない、腕や身体、歯までもが、全身が恐怖で震えていた
怖い、怖い、何も見えなくなる…
これまでの当たり前がこれから当たり前では無くなるのだと理解してようやく私は心にヒビが入ったような気がした
「やめろ…やめろ…」
永遠にも感じるこの時間、私はついに折れてしまった
「お願いだ、やめてくれ…私の…」
「嫌だ、嫌だ…」
「助けて…」
無理矢理開けられている目からは涙が溢れ出てきた
「はっはっはっ!笑」
「コイツは滑稽だ!あの剣聖が助けてだって!?」
ラルフの笑い声が部屋中に響く中、遂に器具が私の目と接触した、そこからは地獄だった
「ぐぅ゛ぁ゛ぁっーーー!!」
悲痛な叫び声が部屋中に響き渡った
「左目切除完了」
黙々と作業を行う目の前の白衣の男にアレーナは左の目があったところから生温く滴り落ちる血とともに恐怖を覚えた
「ハァハァ、痛い、痛いっ、!」
抉り取られた左目がもう1人の男が容器に入れて回収した、私はその痛みに耐えながら、暗闇への恐怖に苛まれながらその目を残された右目で見続けていた
「続いて右目の切除を行います」
「ハァ、待って、本当に、見えなくなるっ…」
目の前の男の一言にアレーナは声を震わせながらそれと共に身体を震わせる、拘束具も一緒に音を奏でるほどに…
「や、めて、本当に、お願いだから…」
その泣いている声に一瞬手を止めた執行人だったが…
「規則に従うのが執行人じゃないのか?」
ラルフの彼の執行人としてのプライドを煽るような一言によって再び彼の手は勢いよく彼女の残った右目へと伸びていった
「や、やめ…」
「やめろ゛ーーー!!!!」
そして再びその部屋に叫び声が上がり、彼女の目はなくなってしまった
暗かった。自分が瞼を開けているのかもわからない、頬に流れる血を感じるだけ…
しかしただ1つだけ見えるものがあった
それはとても気持ちの悪く思える光、決して希望だとかポジティブなものじゃない、暗闇の世界に見えた光、それは彼女への'悪意'だった。
それは人の形を成していてその正体もすぐにわかった
痛みに耐えて息切れを起こしているとその光の人物がこちらに近づいてきた
「執行は終わったな。お前はもう剣聖じゃない。そのなにも見えない恐怖に堕ちながら野垂れ死んでくれ。笑」
表情まではわからないがきっと下卑た笑みをしているに違いない
その時肌に布が巻かれる感覚がした、どうやら執行人に目があった所を中心に包帯を巻かれているようだった
そしてラルフは一つ一つアレーナに付けられていた拘束具を外していった
「いいんだぜ?俺の奴隷になるというなら一生養ってやる。ただし対価はきちんと頂くがな!笑」
そして全てを外し終えた瞬間
「ふぅっん!!」
アレーナはその光の左目であろう部分を完璧に突いて見せた
「、だっ!」
「イッテェな!」
目が見えないからと完全に油断していた所への正確無比な一撃、それを避けることは誰でも、そして彼もできなかった
ラルフは後ろに飛んで突かれた目に手をやる
「は、?」
彼の目元からは血が流れ出ており、彼は左目の瞼を開けたが、その先に光は無かった
「お、お、お、!お前ぇーー!!!」
男は怒り狂い、剣を抜いてその場に立ちすくむアレーナに剣を振るう
【見える、いや、感じる、私への殺意を悪意を、!】
素早く振るわれたその一撃を彼女は軽く横に逸れるだけでかわしてみせた
「はぁ!?お前、見えてないはずだろ!?」
「今の一振りはマグレなんかでかわせるもんじゃないだろ!?」
事実を認めることのできかった彼はそれから幾度となくその剣をアレーナに振ったがそれは全て空を舞った
「ば、化け物だ、!」
その場にいた2人の執行人は部屋からそう叫びながら飛び出して行った
「いいぜ!お前を認めてやるよ。」
「見えなくても俺の剣を避けるなんて人間技じゃねぇ」
「お前は正真正銘の'鬼'だ…」
そう言いながら彼はその部屋から急いで出て行った
「まだ治るはず、潰されてから時間は経ってない…」
そんな声を聞きながらアレーナは手探りでその部屋の扉を見つけ出し、記憶にある裁判所の設計を思い出しながら出口へとゆっくりと壁伝いに進んで行った