【一章/一話】 始めての回生
リビングとダイニングが繋がって、一室になった部屋。初めて入る、女の子の部屋。
願わくば、両足で、しっかり床を踏みしめたかった。
僕が今居るのなんて、ダイニングテーブルの上だぞ。行儀が悪い、と僕でも思う。しかし残念ながら、やむを得ない事情というのも、やはり在るものだ。
例えば――首以外何も残ってないから、とか。
そんな首だけの僕は今、部屋の主の女の子と、顔を見つめ合っている。僕はテーブルの上で。彼女は椅子に座って。それでも、目線は同じ。あんまり長く見つめ合うと、恋に落ちちまう、なんて言うけれど、それは生首でも、適用範囲内の現象なのだろうか。
まだ制服姿の彼女は、何処か無邪気な雰囲気で、朱色の瞳が綺麗で、鼻筋が通っていて、微笑む口元が可愛らしくて、茶髪のショートカットが、良く似合っている。
可憐で、幼気で、麗しく――怖い程、心を惹かれる。
「ねぇねぇ、君って、本当に生きてるのかな? 目に映るものを信じるなら、十中八九、間違いなく君は死んでいないのだけれど、でもやっぱり、生首でも死んでいない、なんてのは馬鹿げてると思うし、もしかすると、私って、人間の頭部を殺人現場から持ち帰って、それをテーブルの上でお皿に盛り付ける、頭のおかしい娘なんじゃないか、とか思っちゃうわけだ」
え、僕の下って、お皿だったの? と、やはり口には出来ない。
彼女は反応のない僕に溜息を吐いてから、そっと、僕を撫でるように、僕の頭上に手を置いた。
「【ベール】」
緑がかった光が、彼女の手から漏れ出す。
これは、魔法という物なのだろうか? きっと、恐らく、信じ難くも、ここは――〝異世界〟なんだろうから、やはり、そういう事も、ある、んだろう。
「……あれ、ダメか」
何も起きぬまま、彼女は僕から腕を除けてしまった。
魔法は、失敗したと思われる。何の魔法かも、分からないが。
少し頭を悩ませてから、再度決意したように、彼女は僕の頭部に手を置き、
「【べーディウ】」
今度彼女がそう唱えた瞬間、僕の身体から――痛みが消えた。そして、視界が高くなった。
僕は――椅子の上に屈んでいた。
さっきまで同じ目線だった彼女は、随分下に居る。そして、その彼女の目の前には、僕の僕が、存在している。
全裸だった。
「あららららら、顔の得点は平均だったけど、こっちも総合したら、ちょっと平均以下かな?」
「恐らく君は今、凄く失礼な事を言っているんだと思う。でも、それを差し引いても、僕の感謝は揺るがない。 本当に――ありがとう。この恩は、何らかの形で、絶対に返そう」
「じゃあまず、服でも着てくれる?」
「……あ、はい」
思いの外彼女は冷静で、恥ずかしくなった。
彼女が部屋の一室から着替えを持って来てくれたので、その紺色一色の寝間着に着替えて、僕は彼女と共に、向かい合って座り直した。
「単刀直入に聞くけど、なんで君は生きてるの? いや、生きてはいなかったから、なんで死んでいなかったの、と聞くべきなのかな」
「……悪いが、それは僕にも分からない。 それと、君が僕を生き返らせたのって――魔法、だよね?」
「いやいや、魔法で人が――生き返る訳ないじゃない」
魔法の、限界という意味だろうか。
それでも僕が生きているのはつまり、
「僕は、死んでいないから、生き返れたのか?」
「だからその、生き返った、ていう言い回し自体が、相応しくないんだって。 死に踏み込まず、それで生に返るって――どういう状況だよ」
それは、そうだ。
「君は生き返っていないし、どころか治療もされてない。治療の魔法は、そもそも発動もしなかったからね。私が行使したのは――修理の魔法。治すのではなく、直した。 君はどちらかというなら、人より、よっぽど――物に近いみたいだ」
「一回目の、べーる? ってのが、回復の魔法だったのか」
「え、それも、知らなかったの?」
「ああ、知らなかったよ」
「それすらも?」
「それすらも。というか、何もかも」
彼女は、首を傾げた。
「……まぁいいや。 それじゃあ、私は一体、君から、どんな情報なら、得られるのかな?」
「言ったろう? 何もかも、分からないって。だから、何も教えれないよ。悪いが、本当に、何も」
今は、全て伏せる事にした。
それに、嘘ではない。僕はこの世界に生きて、まだ数時間だから。
「何も? 何一つ? 身分すら? だとしたら、君は今その歳に至るまで、何処に居て、何を見て、何をしてきたのかな? 何も成し遂げない人間は居るけど、何もしていない人間なんて、居ないと思うけれど」
「記憶喪失、だとでも思ってくれ。 あぁ、でも、名前――とかなら」
「ふーん、じゃあそれ教えてよ」
「西月一朗太だ」
「……本当にそれ、名前なの?」
「失礼だな、名前だよ」
でも、ここじゃあ、名前の文化も違うかも知れない。
おかしいのは、僕の名前なのかも、知れない。
「逆に、君の名前は? 恩人の名前ぐらい、知っておきたい」
「――シフ・ハスカー・フューズ。 シフで良いよ!」
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