第55話 ずっと警戒し続けるのは無理な話だ
「あいつを斬ったみたいに俺のことを斬るのか?」
それで煽ったつもりか?
「……ここで俺たちが撤退したところで、俺たちについて来られる奴なんていない。それなら俺たちでやった方がルナの生存確率も上がって効率的だろ」
「それもそうだな」
思っていたよりも簡単に引き下がったな。
こいつがわざわざ依頼主を切り捨ててでも、引き下がる提案をしたからには、何か考えがあると思っていたんだが、考えすぎだったか?
「あの戦場を経験したお前があの程度で冷静さを欠くなんて、本当に温くなったんだな。俺もお前も」
「戦場の記憶なんて忘れたくとも忘れられねえよ」
少し過去を思い出して心が痛んだが、今はルナを助けるために全てを注ぐ必要がある。だから過去に対する思いに蓋をして、後回しにする。いつか吐き出さなければ爆発するだろうが、今ではないことだけは確かだ。
「暴食の女王蜘蛛について何か知っていることはあるのか?」
「女夢魔族の血が流れているとかは知ってるぞ」
「いや、聞いてるのは出自とかじゃなくて、戦闘方法に決まってるだろ!」
「言われなきゃ、分からねえよ!」
「分かれよ! お前は仮にもギルドを纏める立場に居るんだから、人の言葉の意図くらいは読み取れよ!!」
「仮ってなんだ!? 俺は正式に認められたギルド長だぞ!!」
面倒くさいな、こいつ。
「いま面倒くさいって思ったな!」
「はいはい、面倒くさくない、面倒くさくない」
できるだけ早くこいつの調子を戻してルナを助けに行かないと、いつ殺されるか分からない。
「なんで適当なんだ!」
いや面倒くせえなー! 〇みたいな面倒くささをお前みたいな奴がやっても誰も得しねえんだよ!!
あー、今の時代はコンプラで「〇みたい」って言うのはダメなのか。
「こんな茶番は終わりでいいだろ」
「そうだな」
ルナの命が懸かっているが、俺たちは茶番をやっていた。もちろん意味なくやっていた訳ではない。人の命が懸かっていて茶番をやるアホなんている訳な――いや、身内にやりそうな奴がいるから何とも言えないが、俺はやらない。
俺たちはあからさまな隙を作っていた。普通は怪しんで攻撃してこないだろうが、相手は人を見下している魔族の中でもエリートである四天王だ。作り出された隙ごと喰らってやると考えてもおかしくない。そして俺たちが作った隙という餌に蜘蛛が掛かった。
「ガルム!!」
「ああ、分かってる」
俺たちは絶え間なく降り注ぐ蜘蛛の糸を光属性の魔法で防ぎ続ける。蜘蛛の糸の強度は他の蜘蛛系魔物とは比べ物にならないほどの物だが、光魔法の中級と上級を使える俺たちならば苦戦せず斬れる程度の物だ。
「【闇糸鳴】」
何処からか女王蜘蛛の声が聞こえたが、何処かは分からない。しかし魔法を発動したことは確かで、警戒心を一段階高めた。
「……どんな魔法なんだ」
「俺にも分からないな」
ガルムに聞いたつもりはなく、ただの独り言だったが、あいつは勘違いして答えたきた。
しかし闇属性の上級魔法を使えたであろう四天王の討伐経験があるガルムでも知らないとなると、女王蜘蛛が使った魔法はオリジナル魔法か……一度受けてみないと対処できないな。
「魔法が来る気配すらないな……不発か?」
「安易に警戒心を解くなよガルム!」
ガルムは一瞬だけだが警戒心を解いていた。
戦場を経験してきたガルムにとってあり得ないミスだ。
「まずった――」
地面から糸の束が空へと昇った。ガルムも糸で呑み込みやがった。
遠距離でここまでの出力を出せるなんて……奴を少し甘く見過ぎていたな。だがどうする? あの二人がほぼ何もできずに持っていかれたのに、俺一人でどうにかできるのか?
「ほら、早く来ないと手遅れになるぞ」
「どこだ!!」
まただ。声だけ聞こえて発している場所は一切分からない。
しかし俺ができるのはこの声を頼りに女王蜘蛛を探すことだけだ。
「邪魔するな!!」
女王蜘蛛を探すために森を進むが、進むにつれて襲ってくる蜘蛛系の魔物たちが増えている。
いくら格下の魔物とはいえ、魔法を使わずに倒すと剣の切れ味が損なわれる。そのため魔物を倒す際に魔法を使わざるを得ず、膨大な魔力を少しずつ削られていく。
ただでさえ女王蜘蛛の力は強大なんだ。こんな雑魚どもに削られるわけにはいかないんだよ!!
「あら、そんなに私に会いたかったのか?」
「闇魔法か!!」
背後から聞き覚えのある艶っぽい声が聞こえた。
俺は一切の気配なく背後に立たれることをペシムス商会の刺客相手に経験しているため、剣を躊躇なく背後へと振り払った。
ついにマサヨシ一人になってしまいました。
この作戦に参加している者たちの命は彼に懸かっています。
次回は捕まったルナが出てきます。女夢魔族の血が流れる蜘蛛の糸に捕らわれたヒロイン……これ以上は次回までお待ちください。
皆様に☆やブックマークを押していただけると、捕らわれたルナの描写が細かくなります。




