第54話 慣れというのは無意識のうちに油断を孕ませている
俺たちの前に姿を現したのは四対の脚を持ち、強固な外骨格で身を守る蜘蛛の魔物。この魔物は水属性の中級魔法を使う水蜘蛛だ。
「ここは私がやろう」
ルナは俺たちの先頭に立ち、掌に魔力を溜めていった。その魔力は今の俺が扱える魔力量を優に超え、その全てが高熱を放つ炎へと変化していく。やっぱりルナの魔力量は俺よりもかなり多いんだな。
意味のないことを思いつつ、ルナの掌を見る。その掌に溜められた炎の塊が、目の前で歯を鳴らして威嚇している水蜘蛛へと放たれた。
水蜘蛛は火属性に対して相性がいい水属性の【水壁】で防ごうとしていた。
しかし俺からしたら諦めが悪いなとしか思えない。基本的に魔法は、いくら相性が良くとも中級魔法と上級魔法には隔絶した差があるし、ルナの放つ魔法は火属性上級魔法の中でも最上位に位置するものだ。そんな魔法を目の前にして防ごうと考えるのは愚策でしかない。
もし俺が同じ立場に陥ったのだとしたら、魔法が完成するよりも前に逃げ出しているだろうな。まあルナの場合は、こいつ自身の身体能力が高いから、逃げ切る前に追いつかれて、やられちまうだろうから、最終的には同じ結末を辿るだろうがな。
結果は俺の予想通りだ。ルナの掌から離れた炎は、水蜘蛛のことを灰も残さず焼き尽くしていた。そして水蜘蛛がいたであろう場所を中心に巨大なクレーターとガラス化した土地が円形に広がっている。
「ほら早く進むぞ」
ルナの実力を始めて見たであろう者は、皆口を開けっ放しで、現実を受け入れられていない様子であった。まあ上級魔法なんてものは希少で、滅多に見ることのできないものだから仕方ないんだろうが、こんなところで気が抜けてるのは良くねえよな……。
「おい! ルナの言う通り早く進め」
俺の張り上げた声はギルドの奴らに届いたらしく、ハッとした表情を見せながら、慌てて警戒心を強めていた。やっぱりこんな奴らが所属しているギルドなんて信頼できないな。そしてこんな醜態に対して、一切反応を見せなかったガルムもまた信頼に値しない。
「流石の勇者だ。やっぱりギルドに入った方がいいんじゃないか?」
「入るつもりはないし、ここで勧誘するべきではないだろ」
「それもそうだな」
いくら四天王の討伐経験あるとはいえ、流石に油断しすぎじゃないか? 倒した魔族とここにいるであろう暴食の女王蜘蛛は別もので、同じように倒せるとは限らないだろ。
その後も何度か蜘蛛系魔物との接敵があったが、各個撃破で簡単に終わったため、俺たち全員が纏まって進んでいた。少しだけ懸念点があるが、まあ気にするほどのものではないだろ。
だが俺の懸念は天災として降りかかった。
集団行動で密集状態になっている俺たちは、魔物の急襲に対して適切な動きができなかった。そう、「できなかった」である。複数体の蜘蛛系魔物による奇襲によってギルドの奴らは混乱していたが、俺とルナ、ガルムの力で無理矢理倒し切ったため、犠牲なく危機を抜けることはできた。
だが、これ以上対魔物班であるギルドの奴らと俺たち対四天王班が行動を一緒にしていたら、不要な消耗を強いられることになるということで、この奇襲を以て別れることになった。
「作戦は決めているのか?」
「正面から勝つ」
「……まあこの三人なら作戦なんていらないだろ」
ルナはバカだから仕方ないこととして、ガルムは別の者とはいえ、四天王の討伐経験があるのに、この気楽さはあり得ないだろ。こいつの怪しさは前からのことだが、今日のこいつは群を抜いて怪しい。
「蜘蛛の巣だ。近づいているだろうから気を付けろ」
ルナは注意とともに掌に少量の魔力を纏わせ、炎に変換することで蜘蛛の糸を焼き切って進んでいる。蜘蛛の糸を燃やしたら暴食の女王蜘蛛にバレると思ったが、別の蜘蛛と接敵している以上、すでにバレているかと言葉に出すのを止めた。
「かなり蜘蛛の糸が多くなっているな。ルナ、あまり魔力を使いすぎるなよ」
「私の魔力量ならこの程度余裕だ」
これは拙いな。自身の力を過信する奴から戦場で死ぬ。なぜあまたの戦場を経験してきたこいつが過信をしているんだ……俺のところに居たせいで、これまでの経験が鈍ったのか?
「俺たちは光属性なんだ。蜘蛛の糸に対して相性がいい火属性に任せた方がいいだろ」
ガルム、お前はなぜ過信を助長するんだ。お前もお役所仕事のやり過ぎで鈍ってんのか?
「危な――!」
俺の身体が思いっきり押された。何が起きたのか把握するためにルナが居たであろう場所に目をやると、空から降り注ぐ大量の蜘蛛の糸がルナが居たであろう場所を呑み込んでいた。
ちくしょー、油断していたのは俺の方じゃないか、もし俺が油断していなかったら、ルナも逃げられたはずだ。
「男は捕らえられなかったか。まあよい、一番厄介そうなやつは捕まえられたから、あとはゆっくり男どもを嬲ればよいだけじゃ」
蜘蛛の糸を伝って艶っぽい声が聞こえる。
チッ、蜘蛛の糸を斬ろうとしたが、俺の行動に合わせて蜘蛛系の魔物が絶え間なく襲ってきたため、蜘蛛の糸が森の奥へと引きずるのを止めることができなかった。
「ガルム! 早く追いかけるぞ!」
「……いや、戦力が減った以上、無理に進めるべきではない」
俺は無意識のうちにガルムへと剣を突きつけていた。
マサヨシは仲間思いなんでしょうね
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