第37話 お金を稼ぐのは難しい
鬼蜘蛛へと振り下ろした剣は、外骨格という鎧に守られた背中に触れ、若干の抵抗感を感じながらも大きな傷をつけた。まだ息はあるが、脚を一本失い、背中に大きな傷を負った鬼蜘蛛は脅威には見えないだろうな。
「おい、そいつの身柄を渡してもらおうか」
「なんでそんなことをしなきゃいけないんだよ。それにこいつはまだ息があるぞ?」
「これは辺境伯からの命令と同義である」
「お前が辺境伯に忠誠心を持つのは良いが、それを人に押し付けるのは止めろ。俺にとって辺境伯は他の貴族と変わらねえからな」
「……いや、貴族の命令は聞くだろ」
「確かにっす!」
「お前はどっちの味方だ!!」
確かに貴族というのは権力と自前の武力を持っているから、同じレベルの権力と武力を持っていない限り逆らうのは自殺行為になる。だが俺は貴族に屈するつもりはないし、もし不条理な被害を被るのなら、反抗を躊躇いはしない。まあこっちから逆らっていくつもりはないけどな。
俺がサイカの方を向いて、鬼蜘蛛から目を逸らした隙に、クロムは瀕死の鬼蜘蛛へと手を伸ばしていた。クロムの身を案じて止めようかとも思ったが、こいつの自業自得だし、鬼蜘蛛がクロムに対して致命傷になるような攻撃もできないだろうから、放っておくことにした。
「くっ!」
油断して鬼蜘蛛に手を伸ばしたクロムは、案の定、蜘蛛の糸によって巻き取られ、身動きが取れなくなり、こちらに助けを求めるような視線を送ってきた。
「“あれ”助けなくていいんすか?」
「“あれ”は助けなくてもいいだろ。俺は忠告したのに、油断して手を伸ばしたあいつの自業自得だ」
「流石に、身動き取れずに森の中に放置されたら死ぬっすよ」
「そういう運命なんだろ。それに俺たちからしたら、獲物を奪おうとする敵だしな」
こっちの意図を理解したサイカは話に乗ってきた。
「――そうっすね!! あれは私たちが狩った魔物を持っていこうとする敵っすもんね」
「私たちじゃなくて、俺だけどな」
「細かいことは気にしなくていいっすよ」
「それはお前が言うことじゃないぞ」
適当に話を伸ばしてやってるのに、クロムは全くと言って良いほどこちらの会話を理解しない。この雑談中も鬼蜘蛛はクロムのことを糸でグルグル巻きにしている。あと少しで声を発するのもままならなくなるぞ。
「私たちは敵には容赦しないっすもんね。中立には助けの手を伸ばすかもしれないっすけど」
「そうだな。《《俺が》》助けの手を伸ばすかもな」
「細かいことは気に――」
「それはお前が言うことじゃねえ!」
サイカが全く同じことを言いそうだったので、俺もほとんど同じことを食い気味で言ってしまった。だが、俺は少しだけ違う言葉だし、気にする必要はないよな。
そしてクロムよ。お前はバカだから話の意図を理解しないのか、忠誠バカだから話の意図を理解したうえで無視しているのか、それだけでも教えてくれ。そうしたらこっちの態度も変わるからよォ!!
「あっ、口元も覆われたっす」
「……あぁ、もう、仕方ねえな」
俺は自分のお人好し加減に呆れて、髪がボサボサになるくらい頭を搔き毟ってから、改めて剣を握りしめた。
そして蜘蛛の糸を吐き続ける鬼蜘蛛の額と思われる場所へと剣を突き立てた。これまでのダメージと脳が貫かれたことで、完全に生命活動を停止した。ただ本体の活動が停止したとはいえ、すでに吐き出された蜘蛛の糸の強度は変わらないため、クロムが自力で抜け出せることはないだろうな。
「その糸の塊はどうするんすか?」
「クロムのことは気付かなかったことにして、どこかに売り飛ばすか?」
「多分会話を聞かれているっすから、あれから辺境伯に告げ口をされて、私たちは仲良くお縄っすね。まあその時はルーダさんとカエデちゃんを連れて逃げるっすけどね」
「薄情な奴だ」
俺に何かがあった時にはそうしてくれた方が、こっちも気に病む必要がなくていいけどな。
「こいつは辺境伯に返す」
「貴族相手にアポを取れるんすか?」
「返すといっても直接渡すわけないだろ。書置き共に公舎にでも捨て置く」
「ひどいっすね」
「俺からしたら、お前の方がひどいと思うぞ」
「私のどこが酷いんすか!!」
「お前だって……ずっとクロムのことを“あれ”呼ばわりしてるだろ!!」
いくらメンタルの強い俺でも、顔見知り相手から永遠と“あれ”呼ばわりされていたら傷付く――いや、想像してみたが、そんなに傷付かなそうだな。
「てへっ」
サイカは拳を頭に持っていき、ウインクして、舌を少し出している。典型的なぶりっ子仕草に可愛いよりもムカつくという感情が先行して湧いてきた。
「なんでっすか! 今回こそは何も悪いことはしてないっすよ!! 痛ァァァァい!!!!!」
俺のグリグリを受けたサイカは、大量の魔物が居る森の中で大声をあげた。
「なんとなくムカついたからやったが、今悪いことをしたからいいだろ」
「最低っすよ!!」
ブーブーと文句を言うサイカを放置してクロムが入った糸の塊を担ぎ上げた。そしてサイカの声に引き寄せられた魔物たちには追いつけない速度で走る。
「なっ!? こんなところに置いて行かれたら死んじゃうっすよ!!」
そう言いながらもサイカは俺の走る速度と同等のペースで走っている。
俺たちは大事なことを忘れていた。思い出したの街まで半分を切った程度の場所だ。
「鬼蜘蛛の死体を解体するの忘れてた!!!」
「もう遅いっすよ」
「戻ればまだ」
「きっと魔物に荒らされて素材は採れないだろうっすから、諦めて帰るっすよ」
サイカは、未練がましい俺を引き摺って帰路を進んでいる。
俺とクロムという成人男性の平均より確実に重いであろう二人の男を引き摺れる力……お前は怪力属性もあったのかよ。
「ここはネタだからっす」
メタいし、心を読むな。
こうしてマサヨシの資金繰りは失敗しました。
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