第21話 最悪な出来事は忘れようにも忘れられないので、いい思い出で上書きするしかない。
最近、睡眠が浅い。寝られたとしても悪夢を見ていることが多くて、なかなか疲れが取れない。理由は分かっている。
「毎朝、毎朝ベッドに潜り込んできやがって、どういうつもりだ!!」
毎日のように俺のベッドに潜り込んでくるルナが原因だ。
こいつは寝相が悪くて、眠りに入ったと同時に俺相手に関節技を仕掛けてくる。勇者である以上俺も力に自信があるが、戦争で活躍し続けているこいつには勝てず、関節技を決められたまま、こいつが起きるのを待つしかない状況が続いている。
そもそもなぜこいつが俺の布団に潜り込んでくるのかという疑問が浮かんでくるだろうが、いくら注意しても止めない。それが一週間も続けば、誰だろうと慣れと諦めから考えるのを止めてしまうはずだ。
「ぐがぁぁ」
「……今日という今日は退いてもらうからな!!」
俺は睡眠中のルナの関節技から逃れるために手足をバタバタと動かす。うっ……俺が抵抗の意思を見せると、さらに関節技を強く決めてくるのかよ。
一時間にも渡る格闘の末、ルナの関節技から抜け出すことに成功した。一時間動き続けた俺は、大量の汗をかいてしまったため、風呂場へと直行した。
なんでベッドから出る前に疲れなきゃならないんだよ! 俺は風呂キャン界隈には所属していないが、別に風呂を好んでいるわけでもない! だから風呂は一日一回でいいと思っているのに、こいつが来てからは朝風呂が毎朝の日課になって、一日二回風呂に入らないといけなくなっちまっている。
「やっぱり貴族令嬢なんてロクなもんじゃない」
「ご主人様ぁ?」
たまたま起きていたであろうカエデに独り言を聞かれてしまった。特に問題になるような発言はしていないので、気にしなくてもいいと思うが、貴族に対して思うことがあるカエデは、貴族に対して悪口を吐くなんて考えは一切ないんだろうな。
カエデ小さな身体がさらに小さく見えた。中途半端な時間に起こされて強い眠気に襲われている俺は、口が勝手に動いていた。
「俺は今から風呂に入るが、一緒に入るか?」
「えっ……あっ……は……ります」
「そうか……」
カエデはどこか覚悟したような顔で、聞こえるか聞こえないかの境目の音量で返事をしてきた。
俺は何を言ったのだろう。そんな朧気な意識のまま、風呂場へと向かっていく。後ろに着いてくるカエデのことは考えないようにすることで、平常心を保っていた。
「風呂場だな」
「……あっ……うぅ」
脱衣所まで来てしまった。元々か弱い雰囲気が醸し出されていたカエデからは、瞳から流れる一滴の涙という形で悲しさが醸し出される。
いや、こんな悲しそうなカエデを見ていたら眠気が覚めてくる!! だが、今更一緒に風呂入るの止めようと言い出したら、俺がヘタレみたいになる。俺はどうすればいいんだァァ!!!
「とりあえず湯船でも入れる――か?」
「きゃああああ!!」
事態の先延ばしを選んだ俺は、風呂場の扉を開いて湯船にお湯を入れようとした。しかし扉の先にあったのは、女性の悲鳴とタレ乳、そして鋭いグーパンだ。
パンチは俺の頬にクリーンヒット。風呂場に一歩踏み込んでいたため、殴られた勢いのまま滑って転び、頭から倒れた。ブラックアウトしていく俺の意識に焼き付けられたのは、ババアのタレ乳だった。
……このまま記憶飛んでくれた方がいいな。
「……うっ」
目が覚めたたて身体を起こしたが、頭に激痛が走った。この頭痛は物理的な痛みではなく、思い出したくない記憶を消すための防衛本能だ。
俺はババアのタレ乳など一切見ていない。
「……なんでてめぇがウチに居るんだよ、マードル!」
「ここの風呂はそこらの公衆浴場よりも整っているからって誘われて来たんだよ」
「……誰にだ?」
そんなことをする奴は一人しかいないと分かっていたが、念の為聞いた。汗をダラダラと流してあからさまなのだが、元諜報員がそんな分かりやすい反応を見せるわけない……と信じたいなぁ。
薬屋のマードルが指を差した先には、顔を真っ青にしたサイカが居た。
「そもそも私が文句言われる筋合いはない!」
「なんでだ?」
「お金を払っているから」
その言葉を聞いた瞬間、反射的にサイカの方へ顔を向けたが、俺が見たのはアイツが部屋を出るところだった。
「人の風呂で金儲けしようとするなァァ!!!」
せっかく汗を流すために風呂場へ来たのに、更なる汗をかくはめになるとは……最悪な一日の始まりだ。
「ごめんなさいっす!!」
ご褒美シーンは来ませんでした。
お風呂はマードルのタレ乳で我慢してください。
ヒロインズのお風呂シーンは、できたらやりますので期待せず待っていてください。
皆さんが☆やブックマークを押しますとマートルのハリが良くなりますのでお願いします。




